未帰還部隊

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 ──未帰還部隊



「第201騎兵中隊が帰還していない?」


 ドラゴニア帝国軍東部征伐軍司令官ヴァルカ・ツー・ダコタ大将は眉をゆがめる。


「第2親衛突撃師団だったな。まだ掃討が終わらないばかりか部隊が未帰還ときたか」


「はっ。師団長のウルイザ・ツー・リッグス中将は部隊の未帰還を以てして、スターライン王国が未だに大規模な戦力を保有してる可能性があることを報告しております」


「ふむ。確かに連中の王都テルスはあまりにもあっさりと落ちた。部隊を温存して、他国と外交交渉を行う時間を稼ぎ、それを以てして反攻に転じる可能性は無きにしも非ず」


 そう言ってヴァルカは地図を眺める。


 スターライン王国のほぼ全土をドラゴニア帝国が占領している。彼らが前線としてるのは南東部の森林地帯で、そこで粘り強くスターライン王国残党は抵抗を続けている。


 ドラゴニア帝国としては戦争はもう終わったも同然であり、帝国が侵略してきた多くの属領の反乱を抑止するために兵力は最小限にしておきたかった。そのためスターライン王国残党の対処に当たっているのだ第2親衛突撃師団、第10歩兵師団、第35歩兵師団、第601飛竜騎兵師団だけだった。


「だが、第201騎兵中隊には過去に民間人を相手に暴行や略奪を行ったと聞いている」


「は、はっ。野戦憲兵が確認しております。戦果を挙げたためにその場では不問にされましたが、リッグス中将が閣下に謝罪されております」


「また今回もその手の行為にうつつを抜かしてのではあるまいな? スターライン王国は民間人も同様に避難させている。そういう力を持たぬ非戦闘員を相手に、軍規に反する行為を行っていたのではあるまいか?」


「わ、分かりません。今は未帰還としか」


「軍紀の乱れは誇り高きドラゴニア帝国陸軍の名誉を汚すばかりか、指揮系統の乱れ、風紀の乱れを呼び込み、敗北に繋がる。これからは民間人に対する犯罪行為、軍規違反は厳しく取り締まるように野戦憲兵に命令せよ。軍規に違反したものは懲罰部隊送りだ」


「畏まりました、閣下」


 上に上げた4つの師団の他に東部征伐軍司令部直属の指揮系統にある懲罰歩兵大隊というものが存在した。彼らの仕事は危険な戦場に援護もなく放り込まれて、後から投入される正規部隊の露払いをすることだった。


 戦死率は極めて高く、1回の戦闘で1個小隊36名につき10名が戦死すると言われている。この部隊に所属しているのは敵前逃亡やその他の軍規違反を行った兵士たちであり、将校は降格の上で配属され、兵卒は装備を没収されて配属される。


 魔術攻撃や飛竜騎兵による援護もなく投入されるので屍の山を作りながら前進するしかない。彼らの後方には野戦憲兵が控えており、逃亡を試みるものはクロスボウで撃ち殺されることになる。


「しかし、ダコタ大将閣下。サダム・ツー・ベルニサール執政官閣下は同化政策を進めようと、混血を作ることを推奨しておりますが……」


「言語や宗教の統一ならまだしも、混血とは。現地住民の反発を招くだけだ。愚かしい。いつから属領省はそこまで愚かになったのか……。軍としては協力は拒否する。我々に協力を求めるならば軍務省と陸軍総司令部を説得してからにしてもらおう」


「畏まりました。では、兵士が属領省の命令に従ったという言い訳も却下してよろしいでしょうか?」


「当然だ。この東部征伐軍の指揮官は私だ。ベルニサール執政官ではない。私の命令が軍の命令であり、ひいては皇帝陛下の命令である」


 副官の言葉にヴァルカはそう返す。


「しかし、いつまでもこの小国に4個師団も張り付けておくわけにもいかん。敵が予想以上に強固な可能性があることは分かった。ではどう潰すかだ。第2親衛突撃師団に対処を命令せよ。第601飛竜騎兵師団の投入も許可する」


 そして、ヴァルカは地図上の駒を進める。


「第10歩兵師団は南西部の平定、第35歩兵師団は王都テルス周辺の守り。投入できるのは第2親衛突撃師団しかいない。それから航空戦力である第601飛竜騎兵師団」


 第2親衛突撃師団が南東部の森林地帯に置かれる。


「リッグス中将には万全を期して、ことに当たるように命じよ。相手をこれまで戦ってきたような蛮族だとは思うなと。少なくとも敵は1個騎兵中隊を撃破できる能力がある。確か第201騎兵中隊は重装騎兵だろう。森林部で騎兵の運用は難しかっただろうとは言えど、騎兵が完全に未帰還となるとやはり気にかかる」


 ヴァルカは考え込むようにして地図を眺める。


 地図と言っても正確なものではない。元々スターライン王国にあった地図は残党によって持ち去られたか、撤退の際に焼却されている。地図の重要性をちゃんと理解している辺りは蛮族ではないと思わせられた。蛮族には地図すら持たぬものもいる。


「地形か。軍略か。あるいは両方か。少なくとも蛮族として舐めてかかると痛い目をみることになる。リッグス中将に重々注意するように命じよ」


「はっ」


 それからヴァルカはもうひとつ駒を置いた。


「懲罰歩兵大隊も投入していい。露払いにせよ。敵は森林を活かして、罠など設置しているかもしれん。罠と言っても馬鹿にはできん。我々の士気を削ぎ、打撃を与えるものもある。そのようなものは懲罰歩兵大隊に撤去させよ」


 地雷処理のために後ろから機関銃を向けて行進を強いるようなものだ。


「私からは以上だ。上からあれこれ細かく命令されてもリッグス中将もやりにくかろう。私は現場の判断を信じる。少なくとも第601飛竜騎兵師団の投入を許可するのだ。そう簡単に負けはしまいよ」


「しかし、飛竜騎兵の攻撃は森林部では効果が限定的だとの報告もあります」


「ふむ。確かに。では、魔術攻撃で木々を薙ぎ払ってから航空支援を実施すればよかろう。繰り返すが、私がリッグス中将を信頼している。仮にも親衛の名の付く部隊を指揮しているのだ。それに彼の部隊は王都テルス陥落にも貢献した」


 子供のようにあれこれと上から指示するのは、そんな彼のプライドを傷つけるであろうとヴァルカは言う。


「必要な支援は可能な限り与える。ここぞという一撃を加え、スターライン王国残党を一掃せよ。私はまた未帰還だとか、失敗だとか、膠着状態だとかいう言葉は聞きたくないとだけ言っておく」


「はっ。お伝えします」


 ヴァルカの命令は第2親衛突撃師団のリッグス中将の下に届いた。リッグス中将は命令の意図から早急にスターライン王国残党を駆逐すべしとの意図を読み取り、隷下全軍及び、第601飛竜騎兵師団に全力出撃が可能なよう手配を始めた。


 大規模魔獣攻撃のための触媒を備蓄し、大規模な兵糧を集め、軍馬の引く馬車が兵站線を行き来する。その馬車の軍馬も飼い葉や水を消費するので、攻撃の準備はなかなか整わない。1個師団が宿営地を離れ、全力で出撃するというのは、手間がかかるのだ。


 ドラゴニア帝国において1個師団の人員は1万5000名。これだけの人間の衣食住を軍馬だけで確保するのはことだ。


 攻撃の準備はゆっくりと、ゆっくりと進む。


 だが、焦る必要はないとリッグス中将は考えていた。敵に増援が来るはずがない。敵の戦力は確かに大規模かもしれないが、これ以上増えることはあにのだ。ドラゴニア帝国はスターライン王国残党を国土の隅に追い込んでいるのだから。


 ヴァルカもリッグス中将もまさかスターライン王国の残党が現代地球と繋がっているなど思いもしていなかった。


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