ビジネスの時間だ

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 ──ビジネスの時間だ



 さて、ここからが腕の見せ所だなと鮫浦は思う。


 こっちの商品は見せた。それを相手がどう評価し、どれほど欲しがるか、だ。


 そして、対価として何を支払うか。


 応接間に案内され、鮫浦とティノは同じ側の椅子に座り、女王が向かいに座る。天竜とサイードは何かあった時に即応でき態勢を取っている。


「まずは先ほどのことを謝罪しておきます。イーデンは悪い家臣ではないのですが、頭の固く、融通が聞かないところがあります。ですが、あなた方の行ったパフォーマンスによって誰もが気持ちを改めたでしょう」


「謝罪など結構です。それよりもビジネスのお話がしたい。そちらの状況を鑑みるに、武器はいくらあっても困らないという状況でしょう」


 鮫浦は恭しく頭を下げてそう言う。


「そうです。カリスト子爵の言うことに私は思い知らされました。我々がどれほど優秀な人材を見落としていたかを。私もこれまでは魔術の使えないものでは戦力にならないと考えていました。ですが、我々を悩ませる帝国の飛竜騎兵も同じ魔術を使わないものたち。肝心なのは道具なのですね」


 女王はそこでふと思い落していたことを思い出した顔をした。


「自己紹介が遅れました。私はシャリアーデ・デア・スターライン。スターライン王国女王です」


「私は鮫島才人と申します。以後、どうぞよろしくお願いします」


 ふたりが自己紹介する。


「あなた方は武器を商品として売ると仰られた。ですが、我々にはあれの価値がどれほどのものか分かりません。正直に申し上げましょう。言い値で買います」


 天竜もサイードも目を丸くしている。こんな客は初めてだ。


「あの銃は銃という武器の中では安価なものです。ですが、ですがです。あれを扱うには一応訓練を行わなければなりません。ただし、心配ご無用。我々は武器のプロフェッショナルです。12歳の子供であろうと兵士にしてご覧に入れましょう」


「子供を戦場に出すのは躊躇われます。16歳以上のものたちを対象にしていただきたい。それで値段はいかほどに?」


 さて、ここからが問題だ。


「恐らくは怪訝に思われるかもしれませんが、あなた方の国の通貨は我々の国では流通両替が一切できません。ここは金銀財宝の類か、あるいはそれに見合った価値のあるものをご提供願いたいと思います」


 にこりと微笑んで鮫浦はそう言った。


「分かりました。ここが王家の宝物庫であって助かりました」


 シャリアーデは侍女を呼ぶと何事かを告げ、侍女は大急ぎで出ていった。


 そして、侍女ではなく、老齢の使用人が兵士の警護を受けてそれを運んできた。


「王家の宝物庫の品ひとつ。“神の血”です」


「おお……」


 鮫浦は興奮した。『これはあの伝説的なピンクダイヤモンドだ。それも2000カラット近くある大きさ! これは、これは凄いぞ!』と。


「社長、社長。ダイヤモンドって産地煩いですよ?」


「大丈夫だ。裏のコネがある」


 天竜が思わず小声で囁くのに、鮫浦が余裕をもって返した。


「ごほん。失礼。部下が要らぬ心配をしまして。王家の宝物庫というのは素晴らしいですな。他にも品が?」


「ええ。ここで採掘されるものこそがその“神の血”。ここは“神の血”の鉱脈がある場所なのです。それ故に王家の宝物庫と呼ばれてきたのですよ」


 なんとまあ。大当たりだ。


「素晴らしい。素晴らしい。我々から提案があります。自動小銃は確かに強力な武器です。驚かれたでしょう。ですが、我々はもっと強力な武器を、それも大量に保有しているのです。それらを取引の項目に加えられてはいかがでしょうか?」


「……現状では銃という武器があればいいかと。その武器に勝てるものはドラゴニア帝国にも存在しません。恐らくはしないでしょう。それに我々には銃ですら異質過ぎて扱えるかどうか心配しております」


「そうですな。ですが、ですが覚えておいていただきたい。我々はあの空を飛び回っていた飛竜騎兵なるものも撃墜できる兵器を持っているのです。必要とあらば何なりと。ご期待にはいつでも沿いましょう」


「ありがとうございます。まずは銃を。銃をお願いします」


 全軍に行き渡るほど武器をとシャリアーデは念を押した。


「ええ。ええ。それから銃を使った戦い方についてもご教授しましょう」


「傭兵というわけですね」


「その通り。我々の国では法律がありまして民間軍事企業と呼んでおります。後ろのふたりもベテランの兵士です。彼らがまずは銃を使った戦い方についてお教えします」


 シャリアーデの呑み込みが早くて助かると鮫浦は思った。


 それと同時にどうやってでも銃以外の武器も買わせると決意していた。在庫一掃処分セールのいい機会だ。もちろん、戦闘機や戦車は流石に訓練しても扱えるようになるのは気の遠くなるような年月がかあるだろう。


 だが、鮫浦にはそういうところにもコネがある。民間軍事企業に、だ。


 鮫浦たちが仕入れている東側の武器を専門に扱う民間軍事企業と鮫浦は繋がりがある。彼らに依頼すれば、戦闘機だろうと、戦車だろうと、榴弾砲だろうと、ドローンだろうと、ヘリだろうと自由自在だ。


「では、代金はこの“神の血”でよろしいでしょうか?」


「銃だけでしたら、もっと小さなもので結構。それは我々からもっと武器を買い取る際にとっておいていただきたい。繰り返しますが、我々の有する武器は強力です。この世の地獄を作り出すことすらできます。敵にとっての、ですね」


「心強い。こうしてあなたと会えたのも星神様のおかげでしょう」


 シャリアーデは小さく頷く。


「カリスト子爵。あなたには武器を受け取る最初の部隊になってもらいます。我々が王都からの脱出に成功したような奇跡を、あなたならば、あなたとマース子爵ならばもう一度再現できるものを信じていますよ」


「光栄です、陛下。そのご期待には命を賭してでも応えます」


 ティノは起立し、シャリアーデに敬礼を送る。


「それからあなたの言う平民から人材を募るという話は私も賛成です。ですが、イーデンたち宮廷貴族たちが反発するのは必須。決して急がず、段階的に進めていってださい。急いではことを仕損じるといいます」


「心しておきます」


 あー。釘を刺されたなと鮫浦は思った。


「それでは鮫浦殿。今から小さな“神の血”を準備させます。まずは代金の半分を。もう半分は武器が届いてからということでよろしいでしょうか?」


「それがよろしいかと。我々は必ず武器を持って戻って来ましょう」


「期待しておりますが、どこに船を止めておられるのですか?」


「いえ。その、この近くに店を構えまして」


「そうなのですか」


 異世界に繋がるゲートがありまーすって馬鹿正直に言ったら信用されなくなる。このことを話すのは連中の臓腑に銃火器の恐ろしさを叩き込んでからだ。鮫浦はそう思い、ほくそ笑んだ。


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