眠り姫を救え 2022

美乃坂本家

眠り姫を救え 2022

そこは、大学病院の一室だった。家族が医師に尋ねた。

「もう、3年も眠ったままです。娘は助からないのでしょうか?」

「これは、原因不明の難病です。薬もありません」

家族は、悲嘆にくれた。事の始まりは、3年前、目覚めない娘に家族が、気づいた。ただし、なにかの病気ではない。そう、医師から診断された。いまは、人工生命維持装置により、命は保たれている。


研修医の葛城は、ある日、教授から、呼ばれた。

「この度、潜在意識に入り込める装置が開発された。君は、その実験に協力してくれないか?」

「なんの話しです?」

葛城は、ぽつんと考えた。潜在意識に入り込んで、何をするのか?それが医学となんの関係があるのか。


「今、3年間、目覚めない少女がいる。彼女の潜在意識に入り込み、治療してくれないか」教授は、平坦に話をした。

「それは、戻って来れるのですか」

「保証はない。なにしろ、過去に例がない。それでも」と言いかけて、教授は、カルテを葛城に手渡した。

カルテを見た葛城は、唸った。

「これは、ひどい話しですね。でも、なぜ私が選ばれたのですか?」

「君の論文を見て、私が決めた。」

「潜在意識に入り込めば、患者の心が回復するという論文ですね」葛城は、思い当たった。しかし、危険を伴う治療だ。下手すれば、両方とも戻って来れない。


葛城は、患者のナミコに、会いに行った。まるで、今にも目覚めそうな気配がしている。そもそも、自分も眠ることになる。そして、無意識の世界は、どうなっているのか、見当もつかない。

だから、迷うのか?しかし、救える命があるならば、医師として、本望だ。


「それでは、今から、実験を執り行う。」教授が、宣言した。場所は手術室。ベットに横たわった葛城は、装置をつけられた。チームがいるのは、なんとも心強い。麻酔科の医師、さまざまなモニターを監視する医師。これは、夢なのかと勘違いするほどの、大がかりな部屋だった。

「葛城さん、かならず、もどって来てください」と、同僚が声をかけた。葛城は、笑顔で答えた。


「これが、彼女の心の中か?」

殺伐として、光が当たらない世界。当然、無意識の世界は、無限だ。これでは、どこに彼女がいるのか、見当もつかない。しかし、麻酔が切れるまでの制限がある。ここは、声をかけてみた。

「ナミコさん」返答はない。しかたなく、周りを見渡す。すると、ナベと棒が、あったので、これを用いて、音を響かせた。

「誰、やかましい」

どこからか、声が聞こえた。それは、怒りに満ちている。

「ナミコさん、君を助けに来た」葛城は、できる限りの声をかけた。

「そんなことしないで」

葛城は、驚いた。潜在意識は、目覚めることを、嫌っている。なぜだろう?これは、彼女の心の闇なのか?なにかが、過去にあり、目覚めるのを、嫌っているとしか思えない。


言葉よりも、寄り添うことだ。だが、聞く耳は、持たないに違いない。

さらに、彼女は、姿さえ見せない。それならば、溜まった不満を、吐き出せたらいいと葛城は、考えた。


葛城は、また、ナベと棒で、音をたて続けた。

「これでもくらえ」とナミコは、衝撃波を、立て続けに、葛城に向け、放った。

これは、こたえると、葛城は後ずさりした。思ったよりも身体が重い。また、皮膚からは、血が流れた。


一方、手術室では、葛城の身体の変化に、気づいた。

「これは、実験を打ち切りましょう」と、同僚が教授に、言った。

「そう、何回も出来ない。葛城を信じよう」と教授は答えた。


葛城は、衝撃波が来る方向へ、歩き続けた。それは、時々後ずさりしながら。

「もう、やめて、来ないで」

「君を救いたい」

もはや、葛城は、息も絶え絶えになりながら、声を出している。

「もう、帰りたくない」とナミコは、言った。ナミコは、初めて姿を現した。ナミコもまた、疲れていた。

「君を待っている人たちが、いるんだ」

「うんざりなのよ、その人たちが」

「だから、逃げるのか?」

「こうしている方が、楽なの」

「向き合えとは、言わない。これまでがまずかったら、また、一から作り直せばいい」

「そんなことできるの」ナミコの声のトーンが変わった。

葛城は、このチャンスを、逃さなかった。

「まず、俺と話してみないか。一人でもいいから、始めてみよう」

ナミコは、泣きはじめた。葛城は、ナミコの心が、溶けていくのを、感じていた。


ナミコのナミダは、世界を覆い始めた。葛城は、意識への出口を、探していた。それは、天井にあった。ナミコを抱きながら、ナミダの海を、上がっていく。


「ほら、」と意識の出口に、ナミコを運んだ。でも、葛城は、もう上がる力がない。ナミダの海に沈んでいった。

「そんな」ナミコは言った。それから、ナミコは、目覚めた。


手術室では、歓声があがった。ナミコは、まだ、はっきりしない。でも、葛城のことは、覚えている。

「葛城さん」と、同僚が声掛けするが、反応がない。


「葛城さん、あなたがいなきゃ、戻ってきた意味が無い」とナミコは、葛城を抱きしめた。

そして、涙が葛城の頬に流れた。


「泣くなよ、俺が救った意味が無い」と葛城は、笑った。

歓声がまた、あがった。

「あなたが、私の一番の宝物」と言って、ナミコは、葛城に、キスをした。

歓声は、もはや、2人を祝福していた。

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