第7話 誠意

 フィノは大きくため息をついた。


「まだ言うよ、高慢さが身分を証明しているね」


「ぽ、ポットリドもそう言ったのだろう?一種の誉め言葉なのだ」


 剣を突きつけられてもなお言葉を続けるシャンベル。

 その姿から本心の発言だという事がフィノに伝わり、フィノは呆れて剣を収める。


「その間違った認識のせいであのハゲ頭も同じ目にあってるよ。

 私達にとってそれが本当に利がある取引だと思っているの?町娘じゃないんだ」


「そ、それは確かに…」


「シャンベルさん。

 嘘と非礼を重ねた上で私達にどのような誠意を見せて貰えますか?」


「ヒヒーン‼」


 シャンベルは二人と一頭からの言葉でやっと交渉している相手を理解した。

 そしてこれまでの行いが無礼で恥ずべきものだと自身に向けられる視線で気付く。

 これまでの人生で雇ってきた傭兵達とはまるで違う気高さを。

 

「あ、悪意は無かったのだ!

 選択を誤った事や、数々の非礼も詫びさせて欲しい。

 それを証明するために我の武装を全て譲るという事でどうだろうか?

 魔法付与されたミスリル装備一式。

 この鎧には『軽量』が付与されていて布の服くらいの重量しかない。

 我の人生の集大成と言っても過言では無い最高級品だ、これに勝る商品は古今東西でもそう無いだろう」


 シャンベルは計算抜きの本心で訴えはじめる。


「なるほど、商人なのにプレートアーマーで素早く動けてたのは『軽量』の効果ですか。剣にも魔法付与されていますか?」


「も、もちろん、一式だ。

 街に置いてきた兜は成功報酬で渡すという事でどうだうか?」


 シェリーはシャンベルの提案に応えずに呟いた。


「魔法付与された装備は装備者の体格にあわせて形状を変える。

 それに付与魔法が『軽量』…偶然とはいえ面白いね、これほど嘘がつけない取引は無いもの。フィノ、剣を持ってみて」


「了解」


 しっかり聞き耳をたてていたシャンベルは素早くフィノに手渡す。

 

「柄を握ると刀身の長さが変化する、注意したまえ」


 シャンベルから剣を受け取るフィノ。

 柄を握ると体格にあわせて使いやすい長さに剣の長さが変わっていった。

 フィノは続けて剣を振るう。


「これは凄い、確かに本物だね。まるで何も持ってないみたいに軽いよ」


「ど、どうだろう。我の誠意は伝わるだろうか?何としても街を救って欲しいのだ」


 シャンベルはそう言うと深く頭を下げる。土下座よりも誠意が伝わってくるのは気持ちが入っているからだろう。


「フィノ、その剣はどうですか?」


「そうだね、さすが魔法付与の武器、ミスリルだしこれは良いものだよ。

 刀身の輝きも綺麗だし」


「で、では!」


 フィノの反応にシャンベルは安堵し、自然と笑顔に変わった。

 自信のある逸品が理解された喜びもその姿には見られた気がする。


「あぁ、シャンベルさん。

 ごめんね、いらないよ。

 剣は重くないと攻撃力が乗らないから」


「な、ななな、そんな!」


「そういう事ですので、ミスリル装備一式は遠慮します」


 シャンベルは力無くフィノから剣を受け取るが、剣をシェリーに見せながら食い下がる。


「し、しかし!

 使わぬにしても売れば良いではないか!?

 不自由なく過ごせる金額にはなるのだぞ?!受け取ってくれ!!」


「私達は既に依頼を受けていますので」


「は?」


「ですから、当初依頼された金額は受け取っています。前金ですけど」


 シェリーは冷たくシャンベルを攻めていた時と同じ温度差でシャンベルに告げた。


「つ、つまり、助けて、くれるのか?」


「もちろんです」


 シャンベルは気が抜けたように尻もちをついた。


「り、理解できん。売れば金になるというのに。

で、ではそもそも今までのやりとりは何だったのだ?」


「信頼できる情報を得るためのやりとりです。

信頼できる情報は何よりも価値がありますから」


「は、はは、我は最初から試されていたのか」


 苦笑いするシャンベルにシェリーが微笑みながら応える。


「それでミスリル装備の変わりと言っては何ですが、ひとつお願いがあるのですが」


「あ、ああ!何でもする!

 街を救ってくれるならどんな事でも聞こう!」


「では、私達に嘘をつかないで下さい」


「そ、そんな事で良いのか?」


「1つ聞きたい事があるのです。

 勇者という言葉に心当たりはありませんか?」


「異世界から来たとかいうやつか?」


「そうです、ご存知ですか?」


「何度か取引している」


 シェリーは満足そうに両手を打ち合わせた。


「わかりました、ではマーチャンを救った後で詳しくお話しを聞かせて下さい」


「嘘ついたらミスリル装備一式は貰うから、おじさん顔に出るタイプだし」


 シャンベルはあわてて立ち上がると頭を下げた。


「あ、ああ!大丈夫だ、宜しく頼む!」


「さて、大分時間を費やしましたから先を急ぎたいと思います、ペドロ!」


「ヒヒーン!!」


 シェリーは刺突剣スティレットを両手に魔法陣を踊るように描いていく。


「妖精さん、妖精さん、ペドロに自由の翼を与えてて」


「な、な、な」


「マーチャンでまた会いましょう。

 ……ちょ、ちょっと!

 フィノどこ触ってるのよ!?」


「え?振り落とされないようにしないと」


「ヒヒーーーン!!!!!」


 ペガサスナイト。

 シャンベルは凄まじい早さで彼方へ消えていく伝説の一端を目にした。

 

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