猫探偵キジトラ

卯月

黒猫は動画を推理する

 ソファの上でうずくまる黒猫。

 元は近所の野良猫だったのだが、いつの間にやらちゃっかり居ついてしまっている。


 名前はない。

 というかどんな名前で呼んでもなぜかコイツは受け付けない。

 聞こえているはずなのにわざとらしく無視をするのだ。

 そのくせ「おいそこの黒いの」とか呼ぶと反応してこっちを向く。

 なぜか日本語が通じるんだよコイツ。

 ひょっとしたらコイツ転生した元人間なんじゃないかと、たまに思う時がある。

 本当の名前があるからそれ以外では呼ばれたくない、みたいな。


 そんな変った雌猫めすねこを飼っている俺の名は、大雉おおきじ寅之助とらのすけ

 この『キジトラ探偵社』の社長である。

 ペットの捜索や浮気調査、行方不明の人探しまで、探偵がやりそうな仕事はなんでもこなせる凄腕すごうでの名探偵さ。


 ……あん? 殺人事件の解決?

 そんなの探偵に頼むやつなんていないさ。警察が無料でやってくれるんだからな。

 だが例外もある。

 警察が『事件性なし』と判断しちまった場合だ。


 今回はそんな例外について、ちょっと語ってみよう。





「ちわーっす!」


 明るく元気な女子高生の声。

 俺の姉貴の娘、玉水たまみけいだ。

 友達からはミケちゃんとか呼ばれているらしい。

 名は体を表すという言葉の通り性格もネコみたいに気まぐれで、こうして連絡もなしにウチの事務所に突撃してくる。


「ネコちゃんもこんにちわーっ」


 言いながら恵は黒猫の乗っているソファに飛び乗った。


 ドスン!


 振動で黒猫の身体がグラグラとゆれて、黒いのは迷惑そうに恵をにらんだ。


「キジトラさん、今日はおじさんのためにお客様を連れてきてあげたんだ!」

「ああ?」

「ほらキンカちゃん入って!」


 勝手にドンドン話を進めていくミケ。

 入口のほうを見ればギャル系の女子高生がそこに立っていた。


 金に近い茶髪、ゴテゴテしたネイル、ジャラジャラしたアクセサリー。

 メイクも濃くて元の顔がどんなだかわかりゃしない。


「……っす」


 キンカちゃんとやらはボソボソ何かをつぶやきながら事務所に入ってきた。

 たぶん挨拶あいさつだったと思う。まあいいや。


「ま、どうぞ座ってくださいな。

 ようこそキジトラ探偵社へ」


 キンカちゃんは少し緊張きんちょうした顔でソファに座った。


「で、どんな用事で来たの?

 社会科見学?」

「ちがうよー! 

 仕事の依頼いらいだもん!」


 ミケが横でムダな大声を出す。

 うるさいんだよこいつの声。高音で耳にキンキン響きやがるんだ。


「わかったわかった、いちいち騒ぐな。

 じゃあどんなご依頼でしょう」

「…………」


 キンカちゃんは暗い表情でうつむいたまま、なにも言わない。


「ペットの捜索とか?」

「…………」

「大事なものをどこかに落としちゃったとか?」

「…………」

「彼氏がなんか悪いことでもしちゃっているとかかな~?」

「…………」


 やべえ、なんにも言ってくんねえぞこのギャル。

 こんな見た目してるくせに陰キャかよ……。


 助けをもとめてミケを見る。

 ミケはミケで実に頭の悪いセリフをはいた。


「キンカちゃんとってもヤバいの!

 早くなんとかして!」


 だから「どうヤバいのか」を説明しろってんだよ!

 俺が怒りのオーラを無言で燃え上がらせると、キンカちゃんはようやく口を開いた。

 だがしかし。


「……金はあるんです」

「はい?」

「百万でも二百万でも払いますから、アイツを逮捕たいほしてください!」

「いやいやいや報酬そっちの話よりまず、依頼内容の話をしようか!」


 俺は頭をかかえたくなった。

 ムチャクチャだよ、どんだけテンパってんの、この子。

 しかし高校生のくせに二百万とは大きく出たもんだ、本当に払えるのかね?


「キンカちゃんはチョー大金持ちだからヨユーヨユーだよ!」

「……さようでごぜえますかお嬢様がた」


 嫌だねえ。世の中には確かに大金持ちってのがいるんだこれが。


 何はともあれ俺はキンカちゃんをなだめすかし、どうにか依頼内容を確認することができた。

 仕事の内容を聞くだけで疲れるってどういうことだまったく。


 彼女の名前は北大路きたおおじ琴華きんか

 仕事内容は要約すると「殺された親友の無念を晴らしてくれ」って事だった。


 半年ほど前、彼女の親友・大楠おおくす紗夢しゃむさんがお亡くなりになった。

 死因は交通事故。

 歩行者だった紗夢さんが信号無視をして横断歩道に侵入したところ、乗用車にはねられたらしい。

 不幸中の幸いというか何というか、はねた乗用車には『ドライブレコーダー』が設置されており、事故の瞬間がはっきり録画されていた。


 紗夢さんは事故の瞬間、いわゆる「歩きスマホ」をしていた。

 歩く歩幅ほはばや速度になんのためらいもなく、自分の危険行為をまったく理解していない様子だったそうな。

 その動画を見た警察は、事故の原因が紗夢さんの前方不注意だと断定する。


 歩きスマホで交通事故ってそりゃ自業自得ってもんだ。

 迷惑させられたのは車のほうじゃないか。


 しかしキンカちゃんは激しく首を横にふる。


「車の話じゃないんだよ!

 シャムはあいつに突き飛ばされたんだ!」


 キンカちゃんの目からポロポロと大粒の涙があふれ出した。


「殺されたんだよ、絶対あいつが殺したんだ、ブチのやつが!」

「ブチ?」

「シャムのパシリだよ、あいつと同じ学校の。

 ブチのやつが逆ギレしてそれで!」


 キンカちゃんは恨みによる殺人事件だと主張したいらしい。


「ちなみに証拠とかは?」


 キンカちゃんは目に涙をたたえたまま、ムスっとした顔で俺をにらんだ。

 証拠があるならこんな所には来ない、ということか。


「ふーん」


 もう少し細かく話を聞いて、ブチの本名は三淵みつぶち那奈ななということを知った。

 しかしドライブレコーダーに記録が残っていて、それを見た警察が『事件性なし』と判断しちまったんだろう?

 そのブチって子は無関係なんじゃねえかな……?


「あいつは事故の瞬間もシャムと一緒にいたんだよ!

 なんで信じてくんねーんだよ!」


 その場に居たっていうだけじゃ殺人の証拠にはならない。

 だが泣き叫ぶ少女にそんな事を言ってみても始まらないだろう。

 この子に必要なのは納得するまで寄り添ってあげることだ。

 もちろん仕事なので金はもらうけど。


「わかりました。とりあえずこちらでも調べてみましょう」

「ほ、本当!?」


 俺の言葉を聞いてキンカちゃんの目に希望の光がやどった。

 いやそんなに期待されても困るんだがな。


「ご希望通りの結果がえられるかどうかは分かりませんよ。

 あと報酬も百万以上ってことは無いはずです。

 足元見られちゃいますから、迂闊うかつにいくらでもはらうなんて言っちゃダメですよ」


 この業界、依頼料の相場そうばなんて有って無いようなもんだ。

 だからくれるって言うならもらっちまえ、という考え方もある。

 だが未成年の女の子から不当に搾取さくしゅするというのは男の美学に反した。

 金はきっちりもらう、ただし通常価格でだ。


「にゃー」

「……ん?」


 ここまでだまって話を聞いていた黒猫がソファの上をトテトテと歩き、前足をポンとキンカちゃんの太ももにのせた。


「え、な、なに、ネコちゃん」


 とまどうキンカちゃん。

 俺はネコの言葉を翻訳ほんやくしてやる。


「こいつもやる気になったようです」

「は?」


 キンカちゃんは目を白黒させた。





 俺はさっそく重要な資料を入手した。

 実際に事故があった瞬間を撮影した動画データのコピーである。

 不幸にもシャムさんをはねてしまった乗用車の持ち主に、直接会ってもらって来たのだ。


『事故死したお嬢さんの関係者にちょっとした権力者がいましてね、後々厄介やっかいなことにならないよう、ご協力願えませんか』


 ……と、かなりソフトにおどしてみたところアッサリ情報提供いただけたってわけ。

 んで、俺も事務所にもどってその動画を確認してみる。


 しかし断言できる、ブチとかいう少女はシャムを突き飛ばしていない。


 シャムは『スマホを見ながら自分の足で歩いて横断歩道に姿を見せ、クラクションの大音に驚き、そして自動車に衝突している』。

 シャムがはねられ、動かなくなる。

 そこでブチは画面内に登場する。すぐそばに彼女が居たというのは事実のようだ。

 事故後、ブチは驚きと恐怖の表情で倒れたシャムを見つめていた。


「これは無実シロだな」


 警察の判断は正しい。これは殺人ではない。

 しかし俺の相棒は「フーッ」とうなり、異をとなえた。

 机の上に乗って同じ動画を視ていた黒猫が俺の顔をジッと見つめる。


 ――この女はクロだ。


 金色の眼がそう言っている。 


「なんだよ、見たまんま無関係だろうが」


 こちらの言葉は通じるが、むこうの猫語はわからない。

 だから黒猫は会話をあきらめてマウスを前足でカシカシもてあそぶ。

 うちの猫はプラスチック製のネズミがお好みらしい。


「もう一度みるのか?」


 リクエストに応えてもう一度再生。

 あらためてよく視てみると、『最初にブチの身体が前側三分の一ほどの、ほんのわずかだけ画面のすみに映っている』ことが確認できた。

『シャムはそのあとで歩きはじめている』『画面内にあらわれたのはブチのほうが先だが、彼女はそれ以上前に進んではいない、彼女が全身像を見せたのはあくまでも事故後』。

 こんな感じの新情報を得た。


「……だが、だからどうしたってんだ?」


 フーッ。


 黒猫は俺の顔から目をそらしてあきれたように鼻をならした。

 ムカつくなこいつ。

 




 机上の空論ばかりを並べるのもよろしくない。

 翌日俺はブチこと三淵みつぶち那奈ななの事を調査してみた。

 彼女は事故があった日から学校を休みつづけているらしい。

 精神的ショックをうけての休学。不自然な話ではない。


 ちなみに彼女は事故死したシャムこと大楠おおくす紗夢しゃむをリーダーとするグループからイジメを受けていたことも調査でわかった。

 俺の依頼人・キンカちゃんもパシリって呼んでいたからな。可能性は感じていた。


 なるほどキンカちゃんの脳内では『いじめられっ子がいじめっ子に復讐ふくしゅうした』というイメージが出来あがっているわけだな。

 あり得なくもないが、証拠がない今はただの妄想にすぎない。


「フーム」


 まだよく分からない俺は、事故現場に行ってみる事にした。

 警察官のあいだでは「現場百遍ひゃっぺん」なんて言葉もあるらしい。

 それくらい注意深く現場を観察しろという言葉だ。


 俺は事故現場の横断歩道に立つ。

 真横には黒猫も一緒だ。

 現場はシャムとブチ、二人の女子高生が通う学校の近くである。

 事故があった時間帯から察するに、下校時に起こった事故なのだろう。


「ここでシャムはスマホを見る、と……」


 俺はポケットから自分のスマホを取り出し、SNSのチェックをする。

 めいのミケから『どう、なんかわかった?』という短文が送られてきていた。

 適当に文章を考えて返信しようとしていると、足元の黒猫が前に歩きだす。


 信号が青になったのだと思いこんだ俺は、スマホをいじりながら歩きだした。

 しかし!


 ――ブオオオオオン!!


 目の前を大型トラックが高速で通過していった!


「うわっ!」


 心臓が止まるかと思った。

 歩行者側の信号はまだ赤だ。

 黒猫がまぎらわしい動きをしたせいで危うく死にかけた……!


「お前だましやがったな!

 死ぬところだったじゃねえか!」

「にゃー」


 猫は何やらドヤ顔で俺の顔を見ている。

 こいつが前に歩いたのはほんのちょっとだけ、その『ほんのちょっと』を見て、俺は信号が変わったと『勝手に判断した』。


「……あっ、ああ! 

 そういうことか!」


 全身に軽い電流が流れるような衝撃を感じた。

 俺はようやくトリックを理解する。

 いじめられっ子のブチがどうやってシャムを殺したのか。


 シャムはスマホを見ながら信号待ちをしていた。

 おそらく日常的に歩きスマホをする悪いくせもあったのだろう。

 そこでブチは隣に立って『ほんの数歩だけ』前に歩いて見せた。

 それを横目で見たシャムは『信号が青にかわった』と勘違いして横断歩道を歩きだし……。

 

「しかし、こいつはちょっと……」


 俺は相棒の顔を見た。

 相棒も俺の顔を見ている。


「会ってみるか、ブチに」

「ナーオ」


 トテトテと歩きだす相棒の後ろを追いかけて、俺は休学中のブチこと三淵那奈の家へむかう。





「そうですか、お引越しなさるんですね」

「はい……」


 ブチこと三淵那奈さんは、予想通りの陰気な少女だった。

 ほとんど外出もしていないのだろう、髪は伸ばし放題で手入れもろくにしていない。


 なんと三淵家は引っ越しの準備を進めているところだった。

 那奈さんが休学してすでに半年。

 そもそも学校でいじめ被害にあっていたという前提があり、さらに那奈さんは今も事故の精神的ショックに苦しんでいる。


 もうこの土地に住むのは那奈さんのためにならないというご両親の判断だった。

 確かに違う場所に移り住んだほうが良さそうに思える。


「……本当は、ちょっとした仕返しのつもりだったんですよね?」


 俺がおだやかに事件の事を語りはじめると、那奈さんはビクッと大げさな反応を見せた。


「ちょっと驚かしてやろうって、そんな程度のお気持ちだったはずだ。

 こんな大事になってしまった理由は相手が想像以上のバカだった、という一点につきる。

 まさかそのまま気づかず飛びだしちまうなんてね」

「うっ……!」


 那奈さんは声をあげて泣きだした。


「わたし、自首します……!」

「おやめなさい、警察は相手にしませんよ。

 基本的に彼らは自分たちがこうだと決めたことをひっくり返したりしない」


 俺は彼女を精神的に追い詰めないよう、極力おだやかに話を進める。

 自殺なんてされたら後味悪いからな。


「私もプロですからね、今回の件をしっかり調査しました」


 フッ! 

 横で黒猫が笑った。だまれ畜生。


「これは不幸な事故ですよ。

 原因は本人の前方不注意、それ以外の何物でもない」

「でも!」

「あなたは立っている場所を変えただけだ、それをさばく法律なんてありませんよ。

 これはただの事故です。

 あなたは新しい土地で新しい人生をはじめたほうがいい。

 ご両親の考え方に私も賛成ですよ」


 うつむきながら俺の言葉に耳をかたむける那奈さん。


「ニャア」


 黒猫がトトッと足音を立てて那奈さんのもとへ駆け寄る。

 そしてザラついた舌で彼女の涙をなめとった。


「ネコちゃんもなぐさめてくれるの?」

「ニャア」


 那奈さんは黒猫をギュッと抱きしめ、しばし泣きつづけるのだった。

  



 ……こうして仕事を終えた俺は自宅兼事務所に戻ってシャワーを浴びた。

 依頼人をどうやって納得させるか、それを考えると面倒だが今日はもう疲れた。

 ビールでも飲んで寝よう。

 バスタオルで頭をこすりながらバスルームを出ると、黒猫が俺のスマホにむかってブニブニ肉球を押しつけている。


「……なにやってんだお前?」

「ニャア」


 画面をみるとネット通販のサイトが開かれている。

 

「オイお前まさか!」


 ガッ、と乱暴にスマホを取り上げると、すでに「ご注文を受付しました」の文字が。


「高級キャットフード……二万四千円!?

 てめえよりにもよってこんなクソ高いものを!」


 ピョン、と黒猫はソファから飛んで逃げ出そうとする。

 

「待てコラ! てめえやっぱり人間だろオイ!」

「ウニャン?」


 黒猫はわざとらしく小首をかしげてから、サッと逃げてしまうのだった。

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猫探偵キジトラ 卯月 @hirouzu3889

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