第20話 変わりゆく日常
隼人が行方不明になって1か月が経過した。担任から発せられたクラスメイトの行方不明という悲報は皆の心には少なからず喪失感を生み出した。
だが、それも2,3日を過ぎるとそんな空気はどこ吹く風かとクラスの雰囲気は日常を取り戻していた。
それから、数日を経て今度はエイリアンが襲ってきたとテレビで大々的に報道されていた。友人の想い人の行方不明で気落ちしている時に、何訳の分からないことを言っているのだと腹がたった。もちろんこのニュースは学校中で持ちきりで自分のクラスでは今も手持ちのスマホ映像を見ながらその話題で盛り上がっていた。
いつも通りスマホをいじりながら、昼休みを過ごす。
明恵は野菜ジュースを飲みながら前に出された映像を興味なさげに見た。そこには例のエイリアンと言われる漆黒のロボットが写っていた。横ろから顔を見せるように現れたのは、同じギャルの
「それってCGじゃないの~?」
「知らない。でもこれマジもんのやつらしいよ。それで........」
情報が右から左に流れていく。真昼間から暗い話をされるのはあまり好ましいものではない。単純に興味ないし、そんなのは昼ドラだけで十分だとでも思った。
「ほい」
「きゃあ!」
後ろからヌルっと腕が伸びて明恵の豊満な胸を鷲頭神にした。危うくパックを握り潰してしまうところだった。
「ウリウリ~」
「ちょっと///いきなり!?///」
「だって、ボーっとしてるのが悪い」
手の動きが激しさを増して思うように引き剥がせない。
「それにしても大きいよね。この感じだと前よりも大きくなってる?」
「そんなことないから!」
調子に乗る真由に悶える明恵。眼福たる様に思春期真っ盛りな男子の視線が及ばないはずがない。現に一部始終を見られていることは、分かっている。
「ちょっと、男子!見せもんじゃないわよ!」
耐えながら睨みつけると男子は明後日の方向に視線を逸らした。
「このブラのサイズだと多分エ....」
「ふん!」
明恵の渾身の肘打ちが真由の溝内に入った。
「ぐは!」
真由は腹を抑えながらうずくまる。
「で。言うことは?」
「ゴメンナサイ」
「で、これ撮ったユーチ○ーバー、この後連絡取れてないんだって」
「マジか」
「どうしたん?なんか不機嫌じゃん」
「そんなことないよ~」
「この後さ皆とカラオケ行くんだけど行くでしょ?」
彼女は手を合わせ、申し訳なさそうに答えた。
「めんご!今日は行けんわ」
「なんかある感じ~?」
「ちょっとこの後に用事出来ちゃって」
「まぁ~このご時世だと仕方がないし、下手に出かけるのはしなよね~」
今現在、通学には保護者の送迎が多く、今も昇降口や駐車場には我が子を迎えに車で溢れている。特に今日は車の数が多い。
真由は何か察したのか、それ以上は聞かなかった。
「うん、だからゴメン。後で時間作るからその時でよろしい?」
「オッケ~」
「真由行くよ~」
廊下から他クラスの友達が待っているのが見える。
「ちょい待ち!」
じゃね!と手を振ると真由は他の友達と一緒に行ってしまった。
明恵も立ち上がるとスタスタと教室を後にした。
明恵は、廊下を一人歩く。廊下は人で埋まっていた世界がとんでもない状態なっているのは承知していた。だが、実際学校ではいつも通りの日常が続いていたのだ。それが帰って謎の安心感を演出させているのかもしれない。
人だかりの中に目の前に見知った顔が見えた。良く隼人とつるんでいた長浜と言う男子だ。見たところ元気がない。それも当然だろう。友達が安否不明の状態を心配できないはずがない。横を通り過ぎると視線を前に向けて目的地まで足を運んだ。
たどり着いたのは、歩美とお昼をとった空き教室だ。たまにであるが二人で過ごす何気ない空間である。いつもの椅子に腰深く座る。一人でいる事が好きではない明恵もこの時は一人でいる事がなぜか落ち着いていた。
ガララララ
後ろからドアの開く音に目を向けると、そこには歩美がいた。
「明恵ちゃん来たよ~」
「よっぴ~」
明恵はギュッと歩美に抱きついた。歩美のフローラルな甘い香りが舞い上がり、鼻が幸せだ。
「体は大丈夫なん?」
「前よりだいぶ良くなったよ」
嘘だ、目が生きていない。見つめ合った時直ぐに分かった。
「いやマジで、なんかあったら言ってね」
「うん、ありがとう」
歩美はあの後のショックで2,3日学校を休んでいたのだ。今朝は会いに行こうとクラスに行くも姿が見えずにいたので当然心配にもなる。見た感じ体は、大丈夫そうに見える。
今日は学校側の日程上で午後の授業はすべてキャンセルになった。その為午後は時間が空いて暇なのである。
「今日迎えは?」
「まだだよ。15時には来る予定」
確認を取ると2人は席に座り、片手にお菓子をつまみながらいつもの様にたわいもない会話が続いた。それは日常会話からプライベートまで時間を忘れて語り合った。
途中から歩美がある話を切り出した。
「私ね、事件の後直ぐに隼人君の家に行ったんだ」
「?!」
「自分でもあの時は全てが嘘だと思った。ニュースが言ってることも何もかね。それで、家に行ってインターホンを押したんだけど..........誰も出なかったんだ」
歩美は俯きスカートをギュッと握った。
「何回も押したんだ、それでも誰も出なくて」
明恵は俯いた彼女の顔から、雫が落ちるのを見た。
「ああ、本当にいないんだって思ったんだ」
隼人がいないことを芯で自覚した時、今にも崩れ落ちそうな衝撃が降りかかったのだ。 両目からは触れた涙がスカートを濡らしていた。
「わ...わだし......どう......したら.....いい?」
....いや、ダメだろ...
感情任せにやっているだろうが、普通に考えてそれは世間的に見て大丈夫なのかと思っていしまう。その歩美らしからぬ行動に内心驚いたが、彼女の新しい一面を見れたことに嬉しく思った。
「・・・」
明恵は席を立ち歩美の隣に立った。歩美を抱き寄せると背中をポンポン軽く叩いた。
「前も言ったでしょ、私達には信じることしかできないって」
「う、うん.....」
今にも力を失いそうな瞳が目に映った。その瞳は震えており、不安と罪悪感がにじみ出ていた。
「絶対生きてるよね?」
好きな人だからこそ心配で仕方がなくて、それがどれだけ心が病みそうになるか。
「生きてるよ」
明恵は歩美の顔を再度見て話した。
「うちのばあちゃんが言ってた、思えばその通りに行くって」
明恵がまだ小学生の時、実家に住むおばあちゃんが明恵に言っていた言葉だ。
「歩美が信じてなかったら、その可能性もないものになっちゃうんよ」
歩美は身を預けるようにして、明恵の胸に顔をうずめた。頭を優しく撫でて少しでも落ち着く様に。
数分後
歩美は、明恵から体を離した。
涙を拭いゆっくり表情が緩ん出行くのを見た。目は兎みたいに充血しているが、その小さい笑顔から今まで張り詰めた表情がほぐされた感じがして、ホッとした。
「そうだよね信じていれば必ず、ね」
「そう、今は受け止めきれなくても大丈夫。少しづつでいいから」
「ありがとう」
「グミ食べる?」
「食べる~」
渡されたブドウ味のグミを歩美はおいしそうに頬張った。
「明恵ちゃんのそんなところ、好き」
「あたしも、あんたのそういうところ好きだよ」
教室の外から二人を覗く人影があった。青年の眼差からは、どこかもどかしさが感じられる。
「稜、なにしてるの?」
後ろからの声に振り向くと、手を振る青葉と正嗣がいた。
「二人とも、いや....なんでもない」
視線をそらして何事もなかったようにふるまう。
だが、青葉は不思議そうに覗き込んだ。
「そういう風にも見えないんだけどな~」
声にからかいの響きががある。稜からすれば動揺するほどではない。
青葉は何かを察したのかいじわるそうにニヤけながら稜に近づいた。
「で、ほんとのところは?」
「あの中に交じっていいか迷ってな」
2人はドアの隙間から、中の様子を見た。
「なるほど。嫉妬ですか」
「ちょ、ド直球すぎ」
だが、様子を伺うとどこか幸せそうで安心した。それは3人とも同じだった。
「2人ともどうしてここに?」
「今日は、4人で帰る約束だったはずですが」
思い出した。今日は臨時で午後から休みになるから遊ぶ約束していたのだ。
「忘れてた。ごめんごめん」
「ならいいです。ですが、抜け駆けとは感心しませんね」
眼鏡を人差し指でクイっと調整して、飽きられたかのように言った。
「そうだそうだ~」
「していないだろ。そんな協定は結んだ覚えなはいよ」
2人の講義に対し軽くあしらうと稜はドアに手をかけた。
ガラララ
「歩美!」
「あ、稜君だ」
「どうも....」
突然の来訪者に二人は驚きの顔を見せるが、直ぐに落ち着きを取り戻した。歩美は笑顔でこちらに答えるのに対し、明恵は少し嫌そうに返答した。また、歩美は奥から二人の人影に気づくと手を振った。
「正嗣君と青葉君。こんにちは~」
「ああ、身体は大丈夫なのですか?」
表情には出ていなくとも、その声は不安に満ちていた。
「もう大丈夫。ごめんね、心配かけちゃって」
「そうかですか。いや、それならよかったです」
歩美に一声に正嗣は安堵した表情を見せた。
青葉は背負っていたリュックからレジ袋取り出すと歩美に手渡した。
中身は今にも溢れそうな、大量のお菓子がギッチリと詰め込まれていた。
「ハイこれ、差し入れ」
「あ...ありがとう。嬉しい、後でゆっくり食べるね」
「でしょ~、こう見えても僕人に気を使えるんだよ」
鼻高々に青葉は告げるが、大量のお菓子を渡す時点で本当に気を使っているのか疑念を抱くが、これも彼なりのやりかたなのだろう。
「病み上がりの人にその量はキツいだろう」
「せめて、もう少し減らした方がいい」
「そうかな~?僕は大丈夫だと思うんだけど」
顔色も以前ほどは良くないのは見て分かった。
「でも、無理はしないでね。その様子だとまだ回復しきっていないみたいだし」
「何かあったら言ってくれ。俺、歩美の力になりたいんだ」
両手で歩美の手を取り膝をつくと、まっすぐな瞳で彼女を見た。その目に嘘偽りはなく、言葉通りの真意が溢れてた。
後ろの二人は、驚いた表情でこの状況を見ていた。
...うぅ、どうしよう...
困るほどでの事もないのだが、純粋でまっすぐな意思を向けられるのは、この人が誰からも信頼されていて、信用されているのだなと改めて思う。
正直嫌ではない。顔も性格もスタイルも能力も女性が求めている物が殆どそろっている人など滅多にいない。しかも、それを学校のイケメン達から言われようもんなら他の女性からしたら心打たれて、直ぐに了解してしまうだろう。
だが、歩美はそんなことには余り興味がなかった。自分の好きな人は、もう決まっている。
「うん、気遣ってくれてありがとう」
そう言うと彼から笑顔がパアッとが咲き誇った。
「じゃあ...!」
「ですが...」
その一言に満面の笑みが静止したように固まった。
「ですが私はもう立ち上がれます。だから、大丈夫です」
歩美は握られた手にまた手を重ねた。
「だから、その力はこれから困った人やあなたを頼りにしている人のために使てあげてください」
久々の女神モードがここに現れたのだった。
「歩美...」
太陽光を背にして、微笑む彼女の姿はまさに女神そのものだった。
その姿を呆然と見つめる稜は再度自分の心に火が付いた。
...これは運命だ。やはり彼女が僕の運命の人だ...
2年前、初めて彼女に会った時、脳天を突き抜けるような感覚が全身駆け巡ったのを今でも覚えている。そして、何故か視界に移ると目で追ってしまい、いつの間にか頭の中から歩美が離れなくなっていた。そして、これが一目ぼれだということに初めて気づいた。
そこからは恋愛に受け身だった思考がガラッと変わり積極的に行動するようになった。いつの間にか彼女に話しかけていた。そして軽く会話できる仲になり、最終的にはデートに誘えるようになったのだ。途中から他の野郎とを巡ってライバル関係になるがそれは気にしていないなかった。自分以外に彼女以上に仲が良い奴などいないと自負していたからだ。
だが、ここ数ヶ月彼女が藤田明恵と会うようになって、会話する機会も遊び機会も徐々に減ってきてしまい、自身をなくしかけていた。
それも今日で終わりだ。再確認できたのだ。自分は歩美が好きである、と。
あの、おしとやかで優しい歩美が好きなのだと。彼女をの笑顔をずっと横で見たいと思ったのだ。
「わかった。だけど、もし何かあった俺に行ってくれ直ぐに助けに行くから」
「はい、その時は」
そう答えると、彼女は再度眩い笑みを浮かべたのだった。
「おい、何やってんだ?」
突然の後ろからの声に振り向くと、ドアの端に寄りかかってこちらを見つめる翔太の姿があった。
「久我君じゃん」
「ふんっ、相変わらず群れるのが好きだな、お前ら」
相変わらず上から目線の態度は変わりないようで、中に入ると手に持っているプリントを明恵の前に出した。
「なにこれ?」
「委員会の資料と連絡事項だ」
「今更?!」
「知るか。あのセンコーに聞け。それと当分の活動は中止だ」
「そりゃあ、そうでしょ」
明恵は愚痴りながらプリントを取り上げた。
翔太は向きを変えると鋭い赤色の瞳をドラマチックな歩美と稜をに移した。
「それで、お前は一体何やっているんだ?」
二人は自分の姿勢を確認した。誰がどう見ても、告白シーンを連想させるような構図になっていた。お互い状況を確認すると歩美は直ぐに稜の手を離した。気まずそうにする歩美とは正反対に稜は何かが吹っ切れたかのように堂々と立ち上がった。
「大丈夫、なんでもない。少し話しこんでしまっただけだよ」
「それにしては近いように見えるんだがな」
「いや、これが普通だよ。ね、歩美」
「....え?」
歩美の歯切れの悪い反応に翔太は薄ら笑った。
「大した寝言だ。自分を押し付けるような奴がこいつに好かれるはずかがない」
「なんだと?」
二人が互いの距離をジリジリと詰める。今にも一触即発の状態だ。しかし、そこへ割って入るように軽い破裂音2度なった。
「はいはい、そこまで」
その張本人こそ明恵だった。2人の様子に呆れて手を叩いたのだ。2人とも熱くなれば、止まらなることはない。それ故の手段だ。
「あんたら、一体何しにここに来たの。喧嘩しに来たわけじゃないでしょ」
「た、確かにそうだ」
「・・・」
「なら、静かにするぐらいできるでしょ」
プルルルルル
「あ、電話」
突然歩美の電話がなった。
「はい、もしもし.....うん、今行くね」
「ごめんね、迎え来ちゃった」
時計を見るともう15時を回っていた。
歩美は荷物を直ぐにまとめると、席を立った
「それじゃあ、行くね」
その声はどこか疲れていて寂しさを感じさせた。今度会うのは、いつも通りではないのだから。
「最後に一つ聞きたいんだがいいか?」
翔太が歩美に質問を投げかけた。
「何かな?」
「お前は好きな奴はいるのか?」
「「今それ言う!?」」
歩美は何とも言えい表情を見せると、愛想笑うかのように答えた。
「それは秘密」
人差し指を口の前にだしてジェスチャーした。
「そうか。どうしても答えないか?」
「いったら、気まずくなっちゃうよ」
当然、ここまで好意を告げてくれている人たちには申し訳なさで、言えるはずもないし、彼女自身言うことはできない。
そんな彼女を見ていると明恵も荷物をまとめ始めた。
「私も一緒に行く、お身を繰りくらいさせて」
「僕達も行こう」
そう言うとイケメンズも加わり、ちょっと豪華なお見送りとなったのだった。
「よかったじゃない、見送りに来てくれるなんて」
「うん、とてもいい人たちだよ」
歩美は、恵の運転する車に揺られて一人形態を眺めていた、画面には見送り直前に撮影した写真が写っていた。
「お母さん、ちょっと買い物してから帰るからそれでもいい?」
「は~い」
車を降りると駐車場には、大量食糧品やトイレットペーパーを買い占めた人でいっぱいだった。
「やっぱり多いね」
「買うのはトイレットぺーパーと水だけね、他はお父さんが用意してくれたから」
「わかった」
2人は早歩きでスーパーに向かっていった。
無事に買い物を済ませスーパーを後にした。目測で半分も商品は消えていたのは予想していたもののさすがに驚かされた。
「ちょっと、ニュースつけて」
歩美は、車のナビを操作してテレビに切り替えた。
「緊急事態宣言ね」
テレビでは総理大臣が会見を開いていた。今日朝10時に日本全国に緊急事態宣言が発令された。これで小中学校及び高校、大学は全て休校になったのだ。学校が午前授業だったのもこれの影響である。発令後は原則自宅待機で緊急時にいつでも避難できるよう呼びかけが進んでいる。
だから今日から友達と直接会うことはできないのだ。
「お母さん、だけじゃ不安」
「そんなことないよ。まるちんもいるし」
「お父さんは?」
「どうかな~」
「あらあら、可哀そう」
別に好き嫌いはない。ただ苦手なだけだ。
「今日帰ったら、やってもらう事たくさんあるから。よろしくね」
「任せて」
歩美は外を見た。丁度橋を渡ると下の道路が見えた。バイパスは車で埋まっていて当分動きそうにないだろう。こう眺めると自分の知る世界が徐々に崩れ始めているように見えてならない。自分達がこれからどこに進んでいくかなど誰も今は知ることはないのだから。
エクスマキナ・クライシス 南方カシマ @norikazu
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