第9話 あなたのことが

 次の日

 

 いつも通り学校に登校し、歩美は席に着く。クラスメイトと他愛もない会話をして時間を消費するとチャイムが鳴った。皆それぞれ席に着くが隼人だけ登校していないことに気づいた。


 ...どうしたんだろ、休みかな...


 この際もっと話したいと心踊せて来たのだが少し心配になった。


 ホームルームになると担任の山代先生がとても深刻な顔をして教室に入ってきた。


「え~皆さんに大変悲しいお知らせがあります。心して聞いてください」


  山代先生の声がいつもより真剣になっている。クラスメイトの表情がすこし引き締まった。

 

「一昨日前、茨城県の旅館にて大規模な爆発がありました。その際に、クラスメイトである、篠崎隼人君とそのお母様の身分証が見つかりました。篠崎君のお母様は、この事故でお亡くなりになり、篠崎君に関しましては未だ行方不明とのことです。皆さん大変悲しい事ではありますが、篠崎君の無事を願いましょう」


 クラス中が緊迫した空気に包まれた。突然の知らせに誰しもが動揺したのだ。ある者は、目を見開き口を固く閉じる者、ある者は隣の人と目を合わせる者、反応は様々だった。

 

 「とにかく篠崎君への発言には十分注意して生活するようにしましょう」


 キーン コーン カーン コーン


 チャイムが鳴ると山代先生は、ササっと教室を出ていった。ホームルームが終わってもその重い空気は教室中を満たしていた。クラスメイトが一人、口を開いた。


 「ま、まぁ大丈夫だよ」


 「そうだよね、篠崎君だもんね」


 「体育でサッカーやってた時なんかフィジカル強すぎて太刀打ちできなかったし」

 

 「そうそう、意外と頑丈だし」


皆、隼人の安否を心配するような発言をする。


  

 ホームルームの知らせで歩美のことが心配になった明恵は教室に駆席まで駆け寄った。


 ...今まで全然相手にしなかったくせに...


 クラスメイトの反応に明恵は、嫌気がさした。


 「歩美、大丈夫?」


 覗き込むように顔を見た瞬間そんなこと言っている場合ではなかった。


 呆然として真っ赤な目を見開いたまま、大粒の涙が制服を染めていた。


 「歩美」


 目が明恵にゆっくりと動いた。


 「あ、明恵ちゃん、わたし」


 歩美の脳内は情報を処理しきれずにいた。情報が重過ぎたのだ。その影響で口が震えている。喋ろうとしても、口が思い通りに動かない。ただ、涙が零れてしまう。少しずつ、心が慣れていき状況を理解していく。同時に、呼吸がどんどん荒くなる。両手で口を押えて嗚咽間を堪えた。


 「歩美、大丈夫だからね」


 明恵はすぐに歩美を軽く抱き寄せた。背中を軽くさする。鼓動の強さがこちらまで響いている。先週の成功の連絡から一変して今目の前にはあるのは、それとは真逆の最悪の結果だった。


 小さな声が枯れるように弱々しく漏れだす。


 余りにも酷い状況に、授業を受けれる状態ではなかった。


 「保健室行こうか」


 「うん」


 明恵は、クラスの人に伝言を頼み保健室に連れて行った。


 ドアを開けると、先生は不在だった。二人ははゆっくりベッドに腰を下ろした。

未だに収まらない引くような動悸が続いている。顔をうずめる形で体はぐったりと明恵預けるように、手はしっかりと握っていた。


 明恵は優しく頭を撫でながら、歩美を慰める。


 「もっと、早くしていれば....」


 「ん?」


 「ひぐ、私が、勇気を出してもっと早く行動していれば」

 

 「歩美、それは違うよ。あんたは悪くない」


 「で、でも」


 「歩美は自分のできる限りのことをやっただけ。それとは関係ないよ」


 ゴホッゴホッ

  

 嗚咽と咳き込む背中を撫でながら明恵は続けた。

  

 「とにかく私達が今できるのは、篠崎の無事を祈る事ぐらいよ。大丈夫、彼は生きてるよ。それを信じよう」


 歩美はコクッと小さく頷いた。そして声を上げて泣いた。そんな彼女を優しく抱き寄せる。明恵は「もし自分が、こうなってしまったら」と頭をよぎった。もう立ち直れないのではないか、それほどのショックが彼女を襲っているはずだ。そう思った時、少しだけ視界がぼやけたように見えたのだった。


 ガラガラ


 ドアの開く音がした。


「歩美、大丈夫か」


阿久津とイケメンズ(以下略)がゾロゾロと保健室に入ってきた。


明恵は、片手の人差し指を突き出し静止のジェスチャーをとった。 


「どうしたの?」


「さっき、歩美が体調不良で保健室に行ったと聞いて急いで来たんだ」


 ...チッ、余計なことを...


 「歩美の容態は、どうなんだ」


 「良くないよ」


 「僕たちに何かできることはないかな?」


 「ない」


 「ほら、他には?」


「今は相当気分悪いから、会うのはまた後でいいかな?」


 明恵は微笑しながら返答した。だが、目だけは笑っていなかった。 阿久津はその底知れない圧に少しビクっと震えた。


 「おい、そこまでにしてそろそろ行くぞ」


 そう言ったのは、久我だった。


 「翔太、だけど」

 

 「どう見たって、俺達が入っていい理由にはならねぇよ。今回は歩美あいつ自身の問題だ」


 「そうよ美少年ズ。終わったんなら、早く教室に戻んなさい」


 彼らの後ろから、保健師の斎藤美奈子さいとうみなこ先生が入ってきた。齢40歳の黒髪セミロングの先生だ。


 「さあ、行くぞ」


 「ちょっ」


 「すまん。邪魔したな」


 「ええ」


 久我は、阿久津の首根っこを掴むとそのまま引っ張って保健室を出ていった。後の二人は歩美にねぎらいの言葉を一言添えて二人に付いていったのだった。


明美はやっと出ていったと胸を撫でおろした。


 「先生、有難うございます」


 「いいのよ。神薙ちゃんの事は、前から知ってたからね」


 「そうなんですか?」


 「ええ、時々昼休みに一人ここに来て、二人でだべってたからね」


 「ふ~ん」


 歩美は元々、学校と言う閉鎖的空間は苦手な環境だったため、時々人気の少ない斎藤先生のところで気を休めていたのだ。


「貴方もそろそろ授業でしょ。教室に戻りなさい」


「分かりました」


 明恵は渋々了解すると、体を起こした。

 歩美の顔は、赤く染まっていて力のない目は涙で真っ赤だった。


 「歩美、後でまた来るからね」

 

 「うん、有難う」


 そう言うと、明恵は手を放し斎藤先生に軽く会釈をすると、教室に戻っていった。


 その後歩美は斎藤先生と話し合い体調不良と言う形で学校を早退したのだった。


 ...隼人、早く貴方に会いたいよ...




 

 


 


 


 

 







 

 


 


 


 

 

 


 

 

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