音楽家になった転生者~カラオケ経験もないのに転生ボーナスを音楽スキルに全振り。相手を説得して世界を救うことにしました~

ホークピーク

第1部 歌と演奏スキルをもらって転生。サーカス団で暮らしています

第1話 今ここで歌うの?(村人たちの切実な心の声)

 緩やかな傾斜の丘に小麦や様々な野菜の実る畑が広がっている。日差しもちょうどよくて涼やかで、丘の間を縫うように流れる川の水がきらめいている。

 のどかで実り豊かな田舎のとある村。

 しかし、平和そのものの風景に似つかわしくない光景が村の中にあった。


 手に武器代わりの農具を持った村人たちが足を震わせて立っている。村中の住民が集まっているのだろう。男衆しかいないのは女性や子どもはどこかに隠れさせているからだろう。

 その前には剣や斧をもった盗賊団が迫っていた。

 ぱっと見には村人と大差ない風体だが、武器を持っていること、薄汚れていることが違いだろうか。

「お、お前たち。こっちへくるな! む、村から出て行け!」

 村人の必死の警告に盗賊たちは薄笑いを浮かべる。

「馬鹿いうなよ。その馬鹿げた農具を捨てな。そんなもので俺たちにかなうはずもない。それはわかっているだろ? 差し出すものを差し出せば、命はとらないでやるぜ」

 そういって盗賊たちは剣や斧を構えた。さびついた、大して価値もなさそうではあるがれっきとした武器だ。農具とは違う。むしろ手入れがろくにされていない分、危険かも知れない。

 だが村人たちもここでひくわけにはいかない。こういった盗賊が村を襲撃する場合、徹底的に収奪し、最後には全員を殺す。この世界ではそれが常識だった。弱者に救済などないのだ。後で盗賊が討伐されたところで何の役にも立たないわけだし。

 村人たちが決死の覚悟で農具を振り上げようとしたそのとき。


「🎵誰が追い出されてすべて作るか

この村の平和で癒やしに来てください🎵」


 と、不意に聞き慣れない弦楽器の音と共に若い男性の歌声が聞こえてきた。

 村人たちだけでなくこの世界の住人には誰にもわからないことだったが、その音色はアコースティックギターだった。ついでにいえば曲調はカントリーだ。


「🎵そして、この村の平和で休む

ギターの音色に耳を傾け、再び平和をもたらしましょう🎵」


 村人たちと盗賊たちの間にどこからともなく一人の男性が現れた。

 手に持った弦楽器=アコースティックギターをかき鳴らしながら、山賊たちに向かって歌っている。


「🎵ああ、俺の最愛の人、俺はほとんど説明できません、でも俺はこの村が大好きです

世界が変わりつつある間、我々は働いてきました🎵」


 村人たちは一瞬、誰かが助けに来てくれたんだと期待した。武器を持った兵隊か、腕の立つ冒険者グループか。なにかしらの盗賊たちを一掃できる武装集団が。

 だが現れたのはたった一人。しかも武器も持ってない。そもそも戦闘態勢にすらない。それらの代わりに楽器をかき鳴らしながら歌っていた。


 <今、ここで歌うの?> 村人たちは愕然とそう思った。いや、それをいうなら盗賊たちも同じ気持ちだった。


 その男性は農作業で鍛えられている同世代の男性村人よりもすらりとしているから都会育ちなのかも知れない。飾り気のある帽子を被っていた。

 顔立ちは整っていると言うよりも笑顔の似合う感じだ。

 今その顔に浮かぶ表情は盗賊たちをまったく恐れておらず、むしろ演奏と歌を楽しんでいるようだった。


「🎵畑への平和

毎日無駄に思える労働

ええ、俺は平和を歌います

ええ、俺は平和を歌います🎵」


「何だ、お前は!」

 盗賊の先頭に立っていた、頭らしい男が叫んだ。

「なんでもいい、あのいかれた奴ともどもやっちまえ!」

 盗賊の頭が剣を振り上げると、他の盗賊たちも武器を構え直して突進してきた。

「まずはあの変な奴から血祭りに上げてやれ!」


 その後に起こったことに村人たちは自分たちの目を疑った。

 演奏しながら歌う男性に盗賊たちが一斉に襲いかかった。

 だが気のせいだろうか。

 盗賊たちはまるでスローモーションのように動きが遅かった。

 歌う男性は演奏も歌も中断することなく、易々と盗賊たちの攻撃を避ける。それはそうだろう。盗賊たちの動きはものすごく遅いのだ。あれなら誰でも避けられそうだ。

 どんなに盗賊たちが攻撃しても避けられてしまう。

 徐々に盗賊たちに疲れが見え始め、最後には疲れ切って、地面に手をついてしまうほどだった。

「はぁ、はぁ、はぁ。なぁ、んだ、よ」盗賊の頭が言う。

 歌う男性は楽しそうに演奏と歌を続けた。

 ついにはすべての盗賊が武器を投げ捨て、地面に倒れ込んだ。

「もぉ、うぉ、わぁかったよぉ」

 その隙に村人たちが武器を急いで回収して下がる。


 すべての武器が回収されてから、やっと男性は演奏と歌を止めた。

「いいコンサートだったよね?」

 しばらくして息が整ってきた盗賊たちだったが、村人たちの危惧とは逆におとなしい様子だ。

「俺たちの負けだ。お前さんの言うとおりだ」

 盗賊の頭らしき男が言った。

 <なにがだよ! そいつはただ歌ってただけじゃないか!> 村人たちはそう思ったが恐ろしくて声には出せなかった。

「そうか、そうだろう」

 歌っていた男性は満足そうだった。

「俺の歌でわかったんだろう? 盗賊なんて無駄なことをしていては駄目だ。何も生み出さないじゃないか。せいぜいが売れない惨劇だけだろう。それにここの村人も元を正せばお前さんたちと同じじゃないか」

 盗賊の頭は涙を浮かべた。「わかってるんだ、わかってたんだ。だが」

 <なにもわかりません> 村人たちはやはり心の中で思った。

「俺たちの村は凶作で人減らしするしかなかったんだ」

 やっと少しだけわかってきた。それはこの世界では珍しいことではなかった。

 地球でいえば中世ヨーロッパあるいは戦国時代におおよそ匹敵するこの時代。地方の小さな村で収穫が足りなければ人を減らす以外に生き延びる方法はない。近隣からの大規模な支援など期待できないのだ。それは白状とかそういう問題でなく、それほどの余裕があるところがほとんどない上に、情報網も整備されていないので、効率的な物流も期待できないからだ。そもそもその村が困っているという情報が十分に広まる頃では手遅れとも言える。

 こういった逼迫した状態では通常、労働力にならない高齢者が最初に追い出される。次に子どもが売り払われる。労働力を起点にしないと村は再起できないからだ。こんな働けそうな世代を村から出すようだとすると結局、その村も滅びているのかも知れない。

「お前たちがするべきことは襲撃じゃない。それじゃ収穫は増えないからだ。農場で働かせてもらうのが正解じゃないか?」

「俺たちみたいな流れ者を雇ってくれるところなんかないんだよっ!」

 頭は吐き出すようにいった。

「領主だって何もしちゃくれない。俺たちは行ったんだ。領主の屋敷にもな。だが……」

「そんなのはいい。働けよ」

 男性は遮った。

「事情があるのはわかるけどさ。同情もする。だけど今はそんな事情はどうでもいいんだよ。事情があったって今を生きなくちゃいけないんだからさ」

「だから……!」

 よくわからないところから始まって、徐々にわかるレベルになってきた会話を聞いていた村人が前に出てきた。「真面目にやるんなら考えんでもない」

 盗賊の頭は口をつぐんで、信じられないというような目をした。

「見てみろよ」

 歌っていた男性は周りを腕を振り回して示した。いつの間にか男性が手にしていたアコースティックギターが消えていることに誰も気づかなかった。

「ここは肥沃な土地にみえるぞ」

「その通りですよ。むしろ働き手が足りませんでな。せっかくですがこれ以上、農地を広げられんのです。むしろ一部の畑を放棄しているぐらいでして」

 村人も言った。

「人手が増えるんならありがたい」


「おーい」

 盗賊たちの受け入れについて村人たちが話し合っていたところに、馬車がやってきた。普通の馬車と少し違い、幌を片側だけ簡単に巻き上げられるようになっている。それは旅芸人、サーカス団の特徴だった。馬車がそのまま簡易的な舞台のようになるのだ。

「サーカスだ!」

 家の中に隠れていた子どもたちがついに我慢できなくなったのか、歓声を上げて飛び出してきた。

 慌てて母親たちが追いかけて捕まえる。だが山賊たちは抵抗する気力もないのか、もうおとなしくしていた。

「見たこともない、驚きの数々!」

「ここで見なくちゃ一生後悔!」

「サーカス団ウードですよぉ」

「楽しいよ!」

 馬車から出てきた団員――熊を連れた美女、年齢性別不詳のピエロ、双子の若い姉妹、二枚目の男性――が子どもたちに愛想よく手を振って声をかける。

「エイム! 勝手に一人で飛び出していくなっていつも言ってるだろうが!」

 馬車を操作していた初老の、しかし背筋の伸びてぴんとした男性が叱責した。

「お前だけでなくこっちまで危ないんだよ!」

「いやぁ」エイムと呼ばれた歌っていた男性は髪をかいた。「見てられなかったんだよ。すまなかった、団長。でもわかってくれるだろう?」

「そりゃわかるがな」

 その初老の男性――団長は溜息をつく。

「まぁいい。この村でサーカスはできそうか?」

 エイムは肩をすくめた。「それは聞いてみないと」

「勝手に飛び出していったんだから、せめてそれぐらい済ませてほしいものだな」

 団長は再度、溜息をつくと馬車から降りた。

「私はこのサーカス団の団長ウードと申します。この村の村長はどちらに?」

「私です」

 先ほど盗賊の受け入れの話をしてくれた村人が名乗り出た。

「こちらの若者、エイム殿ですか。エイム殿にこの村は助けられました。いや、その意味ではそちらの方々も一緒に助けられたのかも知れませんな。御礼申し上げます」

「それはどうも。見ての通り我々はサーカス団でしてね。この村でサーカスの営業はできますか?」

 母親たちに捕まえられていた子どもたちがどっと歓声を上げる。「サーカスが見れるぞ!」

 それを見て村長は微笑んだ。「これでできぬとなったら私が責められますな」

「ありがたい。それじゃあそこの空き地を使わせてもらっても?」

「いいですよ。それがいいでしょうな」


♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡


新シリーズを書き始めました。

それまでの作品と比べて前々作はPVが増えても☆や♡をいただけなかったのでめげつつ、何か足らなかったのだといろいろと反省して今作に至りました。

今度こそ☆をいただけるようにがんばります。

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