削除代行人

グカルチ

第一話

 2034年、近未来。ある少女がヘッドギアをつけて、メタバース内に侵入していた。仮想現実内部にて、まるで書庫のような場所でメモをとっている。メモの内容はこうだ。

 

 私はミケロ、《アバター削除代行》が私の仕事。アバターというのは、自分の望むがままの身なりと姿かたちをした自己の複製だ。メタバース上の自分の好きな形をしたもう一人の自分と考えてもらえればいい。そのアバターを使い、昨今では人々がメタバース内でゲームやコミュニケーションを楽しむようになった。だがそのアバターは多機能すぎたせいで問題を引き起こすことも多かった。問題がおきたとき、それを依頼に基づきを消し去ることが私の仕事。アバターの暗殺?それほど冷淡だったら、どんなによかっただろう。この仕事はそんな単純じゃない。私の仕事の残酷さをひとつ紹介しよう。


 前回の仕事について、私たちは入念に打ち合わせをして《アバター》を説得した上、理解してもらったうえで削除することにした。依頼者は相談の当初こういっていた。

  (私のアバターを、もうひとつの記憶と人格を許容する器が私にあればよかったのだけれど、あれは暴走た、だからあなた―“削除代行”―に依頼したのよ)


 依頼者はレイラという名の大学生。彼女は類にたがわず《アバターシステム》を使って自分の端末に保存していた。そのアバターを彼女はなんと二体も保持していた。ややこしいことだが、アバターの複数所持。2034年のこの近未来ではよく行われていることで《アバターシステム》はそれほどに便利だ。説明すると、人間すでにはその大半がサイボーグ化していた。人間の首筋と後頭部につけられた端末とコンピューター《ヒューマン・カラー》に《アバターシステム》を使い《アバター》が保存されていた。ヒューマンカラーはこの時代では最もポピュラーなサイボーグ化で、ほとんどの人間がこれでサイボーグ化している。これらは人間の脳の記憶や計算処理能力をカバーするのだ。この時代、すでに知的なAIやアンドロイドたちも普及しはじめ、AIが人間の仕事を多く奪ったので、それを克服すべく、人間もまたこうしたサイボーグ化を平然と導入しはじめていた。《アバターシステム》それはAIが学習し、メタヴァースにアクセスするたびにアバターの記憶や“個性”を再現し、もう一つの自我を呼び覚ます手助けをする。これらは、メタバースを提供する企業が、メタバースを利用している間だけ、ヒューマンカラーを有効利用するべく開発されたアプリケーション。メタヴァース上での記憶や出来事や感覚はいつでも、アバターを通しアクセスするたびにユーザーの脳内にライブラリのようにデータとして展示され、呼び覚ませるのだ。この機能はとても優れたものだったが、それゆえにバグがおこり、自我の制御をはばれたアバターがAI敵に自律し、自我が宿り、時としてその“第二の自我”とも呼ぶべきものが暴走することがあった。


 白い都市のはざま、黒い影がふたつ走る。彼らのほかにまったく人気がない。ただ彼らの視線の先には何かが“いる”ようだった。目の端から目の端まで、すばしっこく何かがとびまわる。ビルの間、屋上、地上、空中を難なく飛び回る。

 『トリネコ!そっちいったわよ』

 『あいさ!!』

 不気味なまでに白く綺麗な街並みを、“何か”を追う二つの影が走っていく、追われているものがその目先数メートルのところにときたま姿を見せるが、その全体像は見ることができない。ただ、少女の格好をしているらしいことだけがわかった。やがて袋小路にさしかかり、二つの影はそれをおいつめたようだった。おいつめていた少女の姿の“何か”が息切れをしている。

 『はあ、はあ』

 ようやくおちついた後、おいかけていた二つの影はその姿をあらわにした。一人はフードをかぶった少女、もうひとつは、奇妙な動物だった。

 『おいつめたわよ』

“何か”はコスプレらしきゴスロリータ衣装に身を包む少女の姿だった。追い詰められて壁際にズリズリとよりかかる。裏路地の袋小路だったがゴミひとつない景色はやはり不気味だった。

 『どうして追いかけてくるの!!』

 『あちゃー、やっぱり“忘れてる”か』

 と奇妙な動物が口にする。

 『うーん、“レイナ”との打ち合わせ通りにうまくいかないね~、まずは彼女を味方につけて懐柔し、そして“暴走”について知ってもらうのが手はずなんだけど』

 影の片方、一人のゴーグルをつけてフードを被った少女がそう口にする、その傍らに奇妙な、羽をつけた猫のようなものがおりたった。さきほど《トリネコ》とよばれたものらしかった。

 『ああ、“メタヴァース”に入ると“没入”のあまり接続してることを忘れる人間がたまにいる、そういう人間は特にアバターが暴走しやすいからなあ、アバターに逃げられるのも無理はなかろう』

 フード少女はそのトリネコの声をきいて、安心したようにあきれたように頭をかいた。

 『安心して、何もしないわ“依頼者のアバターさん”今は“依頼者さん”なんだから、だってまだ依頼者さんと意識がつながっているでしょう?アバターさん二つとも』

 『“今は”って、そういう言い方するなよ、だから色々噂されるんだぜ、“削除代行”はアバターのみならず人の人格を消すとか何とか』

 ロリータ衣装の少女は、まったく信用していないように鼻で笑う。

 『ふふん』

 『細かく説明しなければならないわね、あなたには助けてもらわなければならないの、そう“作戦”でははじめあなたに協力してもらって説明しなきゃ、“暴走”のことをね』

 『??あなたたちは何物なの?人のヒューマン・カラーに入ってくるなんて』

 ロリータ少女は首を傾げ、質問をした。

 フード少女 『AIの暴走によって、あなた方アバターは自我を手に入れてしまった、これから詳しく話すわ、それを説明して最後に……私たちはあなた方の片方を消さなければならない』

 トリネコ『 どうやら潜っていて、忘れちまったようだな、いま《メモリキューブ》をお前にやる』

 トリネコは奇妙な箱状のものを胸元からとりだし、おいつめられた少女にわたす、少女は顔をゆがめ、困惑してみせた。

『安心しろ、ウイルスとかじゃない、知っているだろう?サイバースペースで虹色に光るものは、《ヒューマンカラー》に搭載されているosのシステムを利用した正規のプログラムだって、でなきゃ虹色に光ることはない、これは“依頼者の記憶”を思い出す装置さ、シンクロ率を低下させるんだ』

 ロリータ少女は、トリネコから奇妙な手のひら大の虹色に光る箱を差し出されて、それをうけとった、少女は胸元にそれを受け取ると、記憶を思いだしたのだった。


 《私は、依頼者のレイラだわ、あまりにアバターに没入しすぎて意識をうしなっていた、シンクロ率が高すぎたのね》

 

フードの女性 『“それ”は暴走の最初の症状だから、きをつけてね……アバターふたつとも……その気配はある、まあいいわ……思い出したわね、私たちはいまから“あなたの半身”をみつけ、捕まえる、そして学習したすべてを持ち主であるレイラのもとに返すのよ、つまり《人格》を削除して《記憶》のみをアバターからとりだす、それが我々のしごと』

 ロリータ少女は、フードの女性のいう事をきくようにコクリとうなづいた。

 『それでいいわ』

 『私はミケロ、よろしくね、ラーラ』

 どうやらフードの女性はメタバースのミケロのアバターらしい、メタバースのミケロは頭をかいた。

 『暴走したあなたの分身に、伝えたいことはある?ラーラ』

 『やっぱり私の名前を知っているのね、そうね、ありがとう、そしてさよなら』


 

 その場で“ファーストコンタクト”を終えると、ロリータのラーラに現実の世界に戻ると言い渡し、フードとトリネコ、二つの影は瞬時に霧となってその場から退散した。ラーラもしばらくすると、ふっと煙のように消え去った。現実では二人の女性が椅子に腰かけ、端末に接続したゴーグルを目につけていたが、たったいま片方がそれをはずした。アバター世界でのやり取りをおえ、現実世界に戻ってきた瞬間だった。

『ぷ、ぷはあ!!やっぱ“コレ”疲れるわね!!フードを被り続けるのもつかれるあし』

その次に、別のゴーグル状のヘッドギアを向かい側の一人の女性がはずして、深く息を吸って、こう応じた。

『あなたって……アバター削除代行業については色々きいてたけれど、本当に人の端末の世界に入ることができるんですね“削除代行”ミケロさん』

『まあねえ……あなたの意識や記憶に直接私がアプローチするから、色々しんどいこともあるんだけど、お互いさまね、あ、そうだk、トリネコにあったのは初めてよね、あれが私の《アバター》よろしくね』

 そういって笑うミケロという少女は、姫カット低身長のまるで人形のような姿形をしていた。彼女が手にして握りしめたそのゴーグルの端末はもうひとり、今回の依頼者のゴーグルとコードでつながれていた。“強制接続”法律には抵触しないものの、ギリギリのグレーゾーンの、アバターをサーバーを介す事無く接続する方法である。向いのレイラ、今回の依頼者を見るとレイラは質素なワンピースを着た、ロングヘア―のごく普通の顔をしたおとなしそうな女性だった。

『さて、“味方”のアバターを見つけたところだし、次はどうやってアバターたちを説得させていくか、あなたの現実について、もう少し聞き出したいわね』


 今回の依頼内容……はじめは、ただアバターの削除だけが依頼だったのだが、恋愛相談に発展したともいえた。ある人を忘れたいために、アバターを削除してくれだなんて……。


 レイラは失恋したばかりだった。かつて友人と同じ人を好きになり、レイラが初めに告白をし、恋は実りしばらく、1年近く付き合っていたが最近別れ、友人がその後、その元恋人に接触しようとしているらしいことをきき、レイラは情緒不安定になった、そこで不安定になったころ、“もう一つの人格”を生んだ。その人格が暴走しているので消してほしいというのが依頼内容だ。


 アバターは二つあった。消したい人格と残したい人格があり、ラーラという少女は先ほど対面を果たして協力的だったので、今回の作戦に支障はなかったが、レーナが今回の問題だった。本来は協力的なのだが、ツンデレ気質なところがあり、なかなか姿を現さない。レイラは彼女たちを、作戦上、片方(ラーラ)と協力して説得してもらう役、もう片方(レーナ)を、消すつもりでいた。

 『あの子は、友人を模倣しているわ、あの子ツンケンしてるから、本当はいい子なのだけれど』

 そういってレイラは笑った。


 依頼者と打ち合わせを終えると、依頼者とミケロはまた仮想メタヴァースに潜る決意をする。仮想というのはあのゴーグルの中に搭載されたコンピューターをサーバーに見立てた接続を行うためだ。

 『さて、レーナを見つけるわよ』


 ゴーグルをつけて、メタヴァース空間に潜る、長いトンネルのような映像が続き、ゆるやかに映像が鮮明にうつしだされ、やがて現実と大差ない世界があらわれる。その世界に戻ると先ほどの路地裏に、ラーラが一人たたずんでいた。

ラーラ『戻ってきたのね』

トリネコ『ああ、少し“打ち合わせ”をしてきたところだ』

ラーラ『そう、どうやって“おびきだすの?”』

そこで話し合いをして、ラーラに同意を得ると、二人はある演技をすることをきめた。ラーラはとても協力的に話してくれた。

ラーラ『私の主人は優柔不断だから、消すと決めたあとも、あの人格をほっておいたから』

トリネコ『……』

ミケロ『そうね、あなたにも話をききたいわ』

そうよびかけると、ラーラはまるで力の抜けた操り人形のようになった。しばらくして、中の人とでもいうべきか、レイラが応答した。

『なあに?私が優柔不断?そうね、今も……友人と喧嘩をしているのを、アバターのせいにしているしね、あるいは彼と別れたことかしら』

それから、操り人形のような状態がとけると、ラーラという少女は、口元を隠してわらった。

『これだから、“私の主人”は、さあ、町の中央に移動しましょう、“あの話”をしているときっとすぐに姿を現すわ』



町の中央へと二人が移動する、その場所には公園があった。ミケロは耳につけたヘッドセットから自分のアバターに声をかける。

『トリネコ、監視は頼んだよ』

『おいさー』

トリネコは町の中央の公園を見渡せる高いビルの屋上から世界を見下ろしていた。

二人は公園のベンチのすぐそばにきて、こしかけようとした。その瞬間、ラーラが口にする。

『……一つの世界を潰すってどういう気持ちかしら』

おもむろにラーラという少女が口を開く。ぎくりとしたようにミケロが反応する。

『さあ、あなた詩人みたいね、アバターを“世界”と比喩するなんて』

『うふふ』

二人は話し合いをはじめ、それから、レーナを呼び出すために、“あの話”を始めたのだった。

『けれど、“消される”ことはつらいだろうから、どうか私が変わってあげたいわ、レーナの代わりに』

『……』

削除代行であるミケロはそのとき、この心優しい少女に何も言葉を返すことができなかった。その気持ちを打ち切るかのように、ミケロは大声でよんだ。アバターを消すという事は、それがどんな存在であれ、悲しいことだから。

『レイラ!出てきて!恋人の話をしてちょうだい、おびき出すのよ』

 またもやラーラは、力のぬけた操り人形のようになり、中のレイラが彼女にとってかわった。

『きたわよ、私はいつでもみていた、私の恋人は付き合うまではいいひとだったんだけど、付き合ったらくずだった。八方美人の優柔不断、私より優柔不断だったわ、それをしっていれば、私は彼を友人から独り占めしようなんておもわなかったのに』

『ええ、そうね』

『私の事を残酷だと思う?』

『それは、あなたが決めることよ、アバターを消さなくたっていいのだもの』

ミケロは意味ありげにつぶやいた後、下をむいてしばし押し黙った。

『そんなことはできないわ、だって、あなたに仕事を頼んでしまったのだもの、悪いわ』

『アバターもそのあなたの人格の一部を取り込むのよ、厄介なことにならなければいいけれど』

『私は、私なんてほとんどないわ』

その言葉を傍目に、ミケロは空をみた。その上空のどこかで、何かの影が揺らめいた気がした。視線をもどし、話をつづける。どうやら“おびきだす”ことに成功しているようだった。

『あなたが気にしているのは、現実のあなたと同じことよね?メタヴァースに入ると、人が変わったようになることもあるのだけれど』

『同じよ、こういったでしょう?恋人の事が気になっているわけじゃないの、気になっているのは、友人とのこと』

『ええ』

二人はベンチに腰かけて話をしている。力の抜けた操り人形のようになったラーラは、半分透過して現実のレイラの姿を写しだしていた。世界が静かに歪み、記憶の中の映像が、公園いっぱいに満たされていく。


『彼女は、私の友人のナーラは、小さいころから面倒見がよくて、姉のような存在だった、いつもはりあっていて、でも、最後には私にすべてを譲ってくれるの、もしかしたら恋人のこともそうだったかもしれない』


 そこでレイラはミケラに小鳥の話をした。その話を聞くのは二度目だった、小さいころある小鳥が路地に倒れていた。それをひろって帰ったのがレイラだったが、友人はそれを捨てろと何度もいった。こういう理屈でそういったのだ。

 『自然の摂理に反するわ』

 けれど、レイラは同情して、結局小鳥が大人になるまで家で育てたのだった。

 

『ラーラは私によく似ている、いつも人のことを気に掛ける、まるで自分のことのように、だから守らなくちゃあね』

 ふと、公園の中心、噴水のほうをみる。ワンピースを着た人影があらわれた。現実よりも少し美形で、現実より少し背の高いレイラによくにた、しかしショートヘアの女性がそこにいた。ミケロがそのアバターに話しかけた。

『あなたが、レーナね“はじめまして”』

『わざとらしい』

そういってレーナはわらった。聞く通りに、確かに彼女はツンデレだった。

『私を消すの?、私を消せるものなら消してごらんなさい、けれど私はあなたなのよ

、消せるわけがないわ』

彼女がふりかえり、足に力をいれる、また逃げ出そうとする、空をとぶのも、天高くジャンプするのもなんだってできる。ここはレイラの意識の中と同じなのだから。

『まって!!』

『何?』

『手伝ってほしいことがあるの、あなたもラーラも“主人の性格”をどこか継承するものだから』

そういって話をはじめた。置き去りのラーラは、やはりきのぬけたあやつり人形のように、ベンチにたたずんでいるだけだった。


ミケラが大声で叫んだのは、それから10数分たった後だった。

『目を覚ましたわね、“ラーラ”』

ラーラが次に目を覚ました時には、拳銃がミケラの手に握られていた。二人は肩幅ほどの近さににらみ合っている。その銃口は正面のレーナの方へむいて。レーナはそれをうけとめるように、胸元の銃口をささえている。

ラーラ『……いったい何を……』

ミケロ『私は、削除代行、仕事をしているだけよ』

レーナ『けれど“作戦”では、もうすこし穏便に済ますつもりじゃ……これじゃあ、やっぱり唐突感があるし、私が逃げ続けた間にラーラに、自分の状態を知ってもらう話だったでしょう』

ミケロ『ラーラとはかなり話し込んだわ、アバターがなぜ暴走するかということについて、今回に関して、ラーラに対する裏切りは、必要なことなのよ、あなたの使用者が私たちをうらぎったように、そう、作戦は表向き、ラーラに協力してもらい、レーナを消すことだった、けれどそれ自体が打ち合わせと違うわ、現実では本当は逆、あべこべなのよ』

ラーラは、困ったように目をほそめた。ということは自分こそが標的という事になる、ラーラもレーナもアバターには変わりがないのだが、レイラは、二人を同時に、時折ラーラに、レーナに意識を接続して、一人二役を演じた。

『何を、何をいっているの?私は、そんな作戦』

『記憶が混濁しているのよ、あなたはラーラの事を考えすぎてしまって、メタヴァースに接続しているときは、作戦の記憶も、“小鳥”の話も逆になってた』

『え?』


どこか上空からトリネコが叫んだ。

『いるんだろう?レイラ、君のついた嘘について、俺たちは気づいているぜ、なぜなら、俺たちはラーラを騙すために、ラーラを“協力者”に仕立てたがお前は本当に、“ラーラ”こそが、守るべきものだと思い込んじまった、そしておまえのウソは“自分に近い人格”をラーラと思い込んでいることだ、その嘘はいつも“メタヴァース”でつくられた、ラーラ、それが“彼女”の暴走の原因さ、人格をもってしまったんだ、君以上に優柔不断で悲しい人格を、彼女というのは、本当に“自律”して暴走してうるのは、今君が感じるように“ラーラ”のほうだ』

そこへ、申し訳なさそうにレーナが話に割って入る。

『ラーラ、すまない、こんな風に私に銃を向けさせたのも君と君の主人を納得させるためだった、逃げ回るのも同じ、なぜなら作戦通りにことがはこばなかったから、彼女は、レイナは自分からアバターを消すつもりだったのに、消すつもりのアバターに同情をし始めたんだ』

そういってミケロに拳銃をおろさせた。

『本当の標的は、君だった、ラーラ』

ラーラは真実に打ちひしがれるように、その表情は暗い影を落とした。


ミケロが続ける。

『小鳥の話をするのは二度目、けれども二回ともラーラの体をかりてだった、あなた以上にそのラーラは、とても感情的で、優しい、本来のあなたより、ずいぶん、それで暴走したの、現実でのあなたは私たちにそういっていたわ』

公園の中心に降り立つトリネコ。

『思い出すんだ、あんたのアバター“レーナ”に力をかりなければ、消滅を承認できない、だから現実で打ち合わせた作戦は“レーナ”に力をかり“ラーラ”を抹消すること、だが君は、自己暗示のなかで、うらやんでいた友人になろうとして、この世界、メタバースでは作戦を、逆にとらえたんだ』

その時、唐突にレーナが叫んだ。

『まだ、まだ心の準備が!その子には、何がなんだかわからないまま……』

トリネコが冷静に分析をはじめた。

『……あんた、“レイラか”いまレーナの中にいるのか、やっぱりな、シンクロが強くなると、あんたはレーナと完全に同化できる、だがラーラは、意識が落ちないとレイナがでてこれなかった』

 レイナの人格が中にいるらしきレーナが答える。

『そうよ!!わかっているわ、私は、私は今のいままで、この子の、私そっくりの“レーナ”の中に逃げ込んだまま』

 トリネコが話を続ける。

『お前は小鳥を助けなかった、本当は助けたかったけれどは、この世界で友人と自分の記憶を反転させた、つまりその二人は“現実の友人とレイラの写し鏡”お前は子供の頃、小鳥を放置した、自然のなすがままにだまっていて、そして、現実でのおまえの印象は、どうみても、見かけ上人にツンケンした態度をとってる、つまりおまえは、“レーナ”のほうが、おまえに近しい人格だ、そして、ラーラは友人、だからこのメタバースでは、ラーラこそが自分であり、レイナを消すといいはった』

 すう、と息継ぎをするトリネコ。

『だが、“自分から遠い存在を消して”、初めの依頼はそうだった、そうなると消さなければならないのはラーラだ、しかしメタヴァース上では、あなたは分身である、ラーラに同情して、かばうようになった、そうだな?』


しばしの沈黙がながれる。3人と一匹の間に微妙な空気がながれる。その間、ミケロは銃口をおろし、がくんと力をぬき、それを向ける相手を見定めようとしていた。

『さあ、決断するんだ』

ラーラがあきらめたような表情をみせて、両手をあげてみせた。

『なんとなく悟っていたわ』

そういってラーラは、ミケロに近づきミケロの手をとり、銃口を自分の胸元にむけて、言い放った。

『撃って』

『くっ』

苦しむのはミケロだった。

『さようなら、ありがとう』


その手を握るように、ミケロはレーナに呼びかけた。

『レーナ!!いい?承認のためにはあなたの協力が必要、銃を握るのはわたしと、あなたでなければいけない、早くこちらにきて、“決断”するのよ』


レーナがミケロにちかづき、後ろから彼女の手を握った。その拳銃のトリガーにゆっくりと力が入る。安全装置ははずしていた。スライドもひかれていた。準備は万端。ただ撃つだけでひとつのアバターのデータを消せる。この作業は、ただそれだけの事、グレーの、けれどこの近未来の世界に必要なこと。


 その瞬間、銃口はラーラにむいていた、だが弾丸が撃ち込まれる瞬間、その銃口はラーラの直ぐ傍らへずれ、ラーラはきき一発命をつなぎとめた。

『アバターの二つに、悪いことなんてない、けれど私は……私を殺したい、優柔不断な自分を許せない』

『あっ』

  瞬間、レーナは自分の首元に銃口をつきつけ、二発目の弾丸で自分の頭を撃ったのだった。


それからしばらくしてある現実の公園に、依頼者のレイナと削除代行のミケロだった。二人は、ある休日を利用して、また会う約束をして、少し遊んだあと、その公園にたちよった。

『あの時の事、どう思いますか?』

『うーん、よかったか悪かったかといえば、どちらともいえないわね、だってあなたはラーラをかばったともいえるけど、ただかっこつけただけのようにもみえるもの、だってあなたの一つの人格、アバターはひとつ死んだのだから』

『そう、そうですよね』

ハンカチを取り出して彼女は泣いた。泣くななんて言葉はふさわしくなかった。だがひとつわかっていたことは、彼女が口にした小鳥の寓話はたしかに、友人とレイラの中では、一つの教訓になっていたのだろう。

『私、結局心のうちの矛盾をかかえていて、ずっとそれを友人のせいにしてきて、

今度はアバターのせいにしてしまった』

彼女は泣きながらつづけた。

『あの時、優柔不断な私のために、彼女は、私の制御を奪い、自殺した、私は……』

『それ以上いわなくていい、私たちもあの瞬間あの子、“レーナ”に自我が芽生えたのを感じたわ』

 ミケロは依頼者の肩をさすってやった。彼女は、別れ際こういった。

『もう二度と人を悲しませることがないように、自分にうそをつかないで生きていきたい』



 帰り道、ミケロが手帳を開く、現実のミケロは姫カットに低身長に凡庸なかおだち。アバターよりも幾分か、器量が悪い。

 『こんな風に、矛盾することばかり、だからこの仕事は嫌いだけれど……いいこともある』

 『それは何だ?』

 彼女の首元で何者かがささやいた気がした。

 『人間は決意する生き物だって思い出せることかしら』


 ミケロは家に帰る。独立したサーバーのメタヴァースに接続する。その場所である人がまっていた。

『おまたせ、レーナ』

『あら、はやかったわね』

いつかみたような街並みと公園がひろがり、そこで二人は話をした。ベンチに腰掛け、二人のほかに人影はない。

『こんな楽園があるなんて、“消す”ばかりだとおもっていたけれど』

『本当はこれもグレーなんだけど、あなたの意識を私の端末にインストールして、このサーバーにうつしておいたの、これは私のエゴだけど、私が死ねば、このサーバーも維持できなくなって死ぬから、それまでの命、運命共同体ね』

『エゴ、そうね、あの子の話もそう、小さな頃の小鳥の話だなんて、あんな話気にして友人との関係を気にして、それでもあの子は、そう、あの子に、私の主人にいつかまたあったらこう伝えてほしい』

『あるかどうかわからないけど、何て?』

『自分を許せ、って』


 

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削除代行人 グカルチ @yumieimaru

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