第4話 姫ちゃんはやめて

「ええ、男じゃないか……、可愛いって聞いたから女の子だと思っていたのに」


レムール卿が口元に指を当てながら心底残念そうに呟いた。割と失礼だし可愛いって言ってたの誰よ。


「うーん…いやぁまあ顔は可愛いか…?」


彼は綺麗な顔を近づけてじっと俺の顔を見ている。

相手が男とはいえあまり近いと緊張してしまう。

固まっていると、シエラがレムール卿の顔を押し退けた。


「神子様が怖がっております」


「うん?怖い?怖いの?」


緊張していただけなんだけど、シエラにはそう見えたらしい。いや得体の知れない人間に近づかれて怖いっちゃ怖いけど。

レムール卿はうーん?と少し唸ると何かを思い付いたようでああ!と声を上げた。

そんな彼を不審な目で見ていると彼は指パッチンと共に蒸気の煙に包まれた。ポンという軽快な音がして俺はめちゃくちゃびびった。


「んぬぇ!?」


思わず声を上げて仰け反って危うく後ろに倒れるところをシエラが片手で支えてくれた。素早い。

しゅう…と音がして消えた煙の中から現れたのは長身のナイスバディ、金髪碧眼美女だった。


え、い、入れ替わってるー!???


金髪美女は俺の方を見るとニンマリ笑った。


「どうだい!?これなら怖くないだろう?美しい女が怖い男などいる訳がない」


「えっ、えっ…?」


謎の理論をかましながら自分を指さす美女に困惑していると、シエラがそっと俺の肩に手を置いて囁いた。


「レムール卿の女性体です。神子様」


女体化したってこと???嘘やん????

異世界なんでもアリか?????


「さて、神子ちゃん、改めて自己紹介しよう。私はアルマ・レパード卿と同じく君の専属護衛に就任したライナス・レムールだ。気軽にレムールと呼んでくれたまえ。種族は竜魔族さ、宜しく頼む」


「りゅ、竜魔族……?」


「人型を取れる竜の魔族さ。ちなみに魔族はほとんど性別がない。だから私は男でも女でもないのさ。性自認は男寄りだけどね、女の子大好きだし」


性別がないから女性にも男性にもなれるのですよとシエラが付け加えて説明してくれた。

なるほど、そういうことだったのかぁ…。


「ちなみ私も君の護衛だが基本レパード卿が君に付けない時役だ。休んでる時とかね。そんでもって男を護衛するのは何かやる気出ないから姫ちゃんって呼ぶね。護衛対象ってことは私の姫だからね」


「え、できればやめて欲しいです……」


「やだ♡」


断られたし語尾にハートが付いてた。最初に言ってた私の姫ちゃんってまさかだけど俺のことだったの…?

しかし、ライナスの格好はどうも目のやり場に困る。

来た時に着ていた胸元の開いた服が女性になってもそのままで谷間が見える。本当に困る。


「おやおやぁ、姫ちゃんまだ緊張してる?」


揶揄うような口調でライナスがニヤついた。

俺はぶんぶん頭を横に振るとライナスなら視線を逸らした。

ライナスはふーんと呟くと、俺にまた近づいてくる。


「え、あの…」


「分かった。姫ちゃん照れてるんだ?」


そう言うと彼、いや、彼女は俺の顔を片手でグイッと引き寄せた。

ライナスはもう片方の手をベッドについて、顔がもうだいぶ近くまで来ている。


「う、あ、ああああ、あの…!??」


未だかつてこんなに女子に顔を近づけられたことはあっただろうか。いや無い。

いや、正確には女子ではないんだっけ?

でもでも今は女子だし!女性だし!女の子だし!?

ライナスがクスッと笑いながら俺の顔を撫でた。

顔に熱が集中する。熱い。


「姫ちゃん可愛い♡」


「あ、あの、もも、もうやめて……」


何とか制止しようと手を出すも、手首をぎゅっと掴まれてしまった。

すると次の瞬間、ライナスがちゅっと俺の額にキスをした。

額にキス、つまり、おでこにちゅー!!???


「ひっ……!!」


悲鳴を上げるとライナスは満足そうに笑った。

綺麗な顔がまた近づいてきて、だんだんパニックになってくる。どうしたらいいんだこれ…!!


「も、もうやめ、たすけて…っ」


そう言った瞬間だった。


「貴様何をしている?」


一瞬の出来事だった。気付けば、アルマが横からライナスの首元に真剣をギリギリのところに当てていた。般若の形相で。

ライナスが来た後にシエラが閉めたのにいつのまにか開いている扉、一瞬鳴ったごうっという風のような音、瞬間移動のように現れたアルマ。

まさかとは思うが、俺のたすけてを聞いて秒で駆けつけたのだ。いや、めちゃくちゃ怖い。

ライナスの方も顔面蒼白で口をはくはくさせている。

そして言い訳しようと少し身を引いた。


「っ、や、やだなー、レパード卿…ちょっと姫ちゃん…神子様であそ…からか…、挨拶していただけだよ?」


遊んでた、揶揄ってたと確実に言いかけた。

ライナスは両手を挙げて降参のポーズを取っている。


「ほう…?貴様の挨拶は随分と破廉恥なようだな?」


アルマはギラリと鋭い目でライナスを睨んだ。

ライナスはひっと声を上げる。この関係性を見るに、アルマの方が強いのだろう。


「神子様をむやみに揶揄って怯えさせるほど暇なら訓練メニューを増やしてやろう」


「お、お、お邪魔しましたァ!!!」


訓練、という単語を聞くなりライナスはびっと背筋を伸ばして立ち上がり、そのまま素早く逃げていった。

アルマはため息を吐くとシャキンと音を立てて真剣を鞘に仕舞った。


「大丈夫かい?神子様、すまないふざけた奴で。実力の方はあるんだが」


「あ、だ、大丈夫です…」


俺を心配そうに見つめるアルマは優しい顔に戻っていた。

これは、普段穏やかだけど怒ると怖いタイプの人か…。


「全く、シエラも止めたらいいのに」


アルマがシエラをチラリと見ると、シエラは申し訳ありませんと感情なく呟いた。


「面白かったもので、つい…」


「君ねえ」


ぽそりと言ったシエラにアルマが呆れている。

俺が揶揄われて慌てているのを見て面白かったと。なるほどドSか?

しかし、怖かったけど結果的にはアルマのおかげで助かった。


「…、あ、アルマ、さん、ありがとうございます…助けに来てくれて…」


俺がそうお礼を伝えると、アルマは穏やかな顔でふっと笑った。


「たすけてと聞こえたもので頭に血が上ってしまった。僕には君の声がよく聞こえるからね。いつでも助けを呼んでくれ。いつでもどこでも駆けつけよう」


胸に手を当ててそう言うアルマさんはすごく頼もしかった。

頼もしい…、頼もしいんだけどよく考えるとそれもなんか怖いな…。


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