第42話 追手。

油断があった訳ではない。

単純に運の問題だと思いたかった。


脱出して3日目の夜、交代で眠っていると夜中に馬の足音が聞こえてきた。


戦場 闘一郎と群馬 豪が飛び起きて皆を起こすとあっという間に追走隊に追いつかれた。


わざわざ歩きにくいが足跡が見えにくい草地を選んだのに追いつかれた事を訝しんだ戦場 闘一郎は追走隊の隊長をしていたのがあのストルトだと説明を受けるとストルトを呼んで貰い「何のようだ?」と話しかけた。


ストルトはエグス達を見つけた喜びに顔を真っ赤にして「ふふははは!追いついたぞ!さあ脱走は終わりだ!コルポファに戻るぞ!」と言った。


「断る。約束通りフェルタイは成した。俺たちは自由だ」

「そんな事が通じるか馬鹿者が!いいから戻るんだ!」


「断る。それに忠告をしてやる。俺達には交戦の意思がある。お前達には不血の誓いがあるのだろう?やりあえばタダでは済まないぞ?」

「そんなものは関係ないんだよ!お前達は逆らうなら半数は殺していいと姫に言われてるんだ!それに加護なら姫が授けてくれると言っている!」


ストルトの言葉に疑問を持った戦場 闘一郎がいくらストルトに問いかけてもストルトの返事は「いいから投降しろ」で話にならなかった。


戦場 闘一郎はストルトを無視すると「ダメだな。皆は荷造りを続けてくれ、人質のプリンツァとセオとワオは変な動きをせずに大人しくしているんだ」と言う。


戦場は一応設定を守りながら指示を出すとストルトの横にいた兵士に「コイツは話にならない。話を聞きたい。お互いに無傷ならそれが一番だ。加護の話にしてもこの男が自分だけが姫と約束を取り交わしていて貴方達が加護を失っても知らぬ存ぜぬと見捨てる可能性もある」と持ちかけると兵士達はどよめきながらストルトを見た。


ストルトには人望がとにかくない。


だからそこ兵士達は普段から相手がストルトの時はトラブルにならない範囲でしか仕事をしない。

ストルトは最低限の業務的な事しかして貰えない、そんな男だった。

戦場 闘一郎のいう事はもっともで兵士はストルトを見てから戦場 闘一郎を見て「話だけだぞ、見逃す事はしない」と言った。


「そこは平行線になるが会話ができることには感謝をする。まず一つ、3日かかってここまで来られたのはどうしてだ?」

「ユータレスの勇者が、お前達がコルポマを目指す事を言った。初めは錯乱していたが落ち着いてきて空腹を訴えたから食事と交換に情報を引き出した」


これには大塚 直人が「マジかよ…小台の奴」と悪態をつく。


「成る程。それでは勇者の錯乱について聞いてもいいか?何故勇者はユータレスの中で錯乱している?」

「お前達の仲間が、姫に勇者がユータレスを出るとユータレスが閉じる状態にある事を言った。…そもそもそれは本当の事なのか?」


ここでエグスが前に出ると「本当だ!エグスは嘘をつかない!」と言い、数人の兵士はエグスを見て手を合わせていた。


「それを聞いた姫はユータレスの出口で勇者を待った。勇者は意味不明な事を言って姫に迫り拒絶されると剣を抜いて兵士の1人を殺して姫を切りつけた。だから我々は勇者を拘束してユータレスに入れている。その際勇者は錯乱していて意味不明な事を呟いていた」


この説明に大塚 直人が「あー…、何となくわかった。俺は同じ中学だったけど小台の奴って少し優しくされると惚れるレベル…じゃなくて、話しかけた……じゃねぇや…目があっただけでもアウトなんだよ」と口を挟んだ。


「大塚?それは本当なのか?」

「多分、勇者だから姫さんとラブラブなんて思い込んだんだよ」


大塚 直人は困った顔で「それで…、ねえ兵士さん、アイツにあんまり言わない方がいい言葉ってあるんだけど姫さん言わなかった?」と聞く。


「私はわからないがそれはなんだ?」

「気持ち悪い。気持ち悪いって言うと暴れるよ。アイツその女は荒川さくら高校に来なかったけど荒川の奴がその女子にモテたくて小台の奴を虐めてたんだよ。女はすぐに関係無くなっても荒川だけがずっと言い続けてて、小台の奴も歯向かってもいい事ないってわかっているから大体何されても受け入れるけど気持ち悪いだけにはキレるんだよ」


兵士が「キレる?」と聞き返すと戦場 闘一郎は「逆上すると思ってもらえればいい」と補足をし、納得をした兵士は「…そうなのかもしれないな」と言った。


「とりあえずわかった。感謝する。だが、だからこそ俺たちは帰還の望みをかけてコルポマを目指す。お互いに義理は果たした。

エグスの言う通り小台 空さえユータレスに居れば加護は残る。

エグス、加護の力は残っているのだったな」

「おう!無駄遣いせずにユータレスさえ残れば今まで通りだ」


「これでお互いにとって最良の結果になったと思う。加護の無駄遣いがよくわからないがそれは姫と相談をしてくれ」

「無駄遣いは加護を使わなければいい。怪我したり転移の力を使ったりすると減るぞー」


戦場 闘一郎とエグスの言葉で何となく方向性の見えた兵士は「…それもアリだと思う。姫様に言ってみよう」と言う。

そもそもコルポファは加護に依存してこの100年は戦闘らしい戦闘をしてこなかった。

訓練のみで実戦はない。


そこを持って小台 空のように殺意を向かってくるものを無傷で制圧できる自信がない。

下手をしてストルトのように加護が無くなるのもゴメンだったし、戦場 闘一郎の言った通り、加護が無くなって困った時にストルトに見捨てられる可能性もあって余計な身動きが取れない。



だが、この展開を喜べない者が1人いる。


ストルトは戦場 闘一郎や群馬 豪を飛び越してエグスに向かって「か…加護を渡すのはどうなる!?俺はお前達を連れ戻して加護を授かるんだ!」と声を張った。


ストルトの血走った目に身じろぐエグス。

怯えて何も言わない姿にストルトは「ほ…本当に神なのか?」と愕然としながら戦場 闘一郎を見て「ひ…人質はどうなる!大人しく戻れ!」と怒鳴った。


「人質?小台 空、三ノ輪教師、千代田か?そうか、三ノ輪教師も千代田も無事なのか…。お前達こそあの3人を殺せるのか?ユータレスが無くなるぞ?」


平然と言い返す戦場に飲まれるストルト。

高圧的なだけでキチンと人対人のやり取りのできない男。

それがストルトだった。


圧に飲まれたストルトを見て戦場闘一郎は攻勢に出る。


「一つ教えてやる。人質は無事だからこそ効力を持つ。そしてあの3人は自ら望み、我々の為に礎となってくれた。彼らの為にも俺達は帰還する」


もうストルトはこの言葉だけで後ずさってしまう。


「な……?くっ……、違う!今新たな召喚の用意を姫はしている!表世界の奴を呼びつけてやる!覚悟もなにもない者だ!良いのか!」

「お前こそ良いのか?それで力を使えばお前に回して貰える加護はなくなるぞ」


ストルトが何を言っても秒で反論をする戦場 闘一郎。

このやり取りで考えが追いつかないストルトは「え?」と聞き返してしまった。


「なんだ?わからないのか?姫を止めなかったのか?次の召喚者を呼んで俺達が戻る気になってもエグスがここから飛び立てばそれまでだ。お前は加護を貰う機会すら失う」


この言葉を聞いて段々とイメージができたのだろう。

ストルトは「え…あ…あ?」と言って震え始めた。


「お前の正解はここに俺達を連れ戻しにくることでは無い。姫にエグスの力を無駄遣いさせずに細々と使って生きる道を模索するように提案する事だった」


戦場 闘一郎の言葉に付き添いの兵士達が「ストルト様、至急お戻りになった方が…」と声をかけたがストルトはワナワナと震えると両手で頭を押さえて「ああぁぁぁっ!!」と叫んだ。


「壊れたか?」

「追い込み過ぎじゃ無いか?」


「いや、これくらいしないとしつこい」

「確かに」


ここで目を血走らせたストルトが横にいた兵士に「いいからコイツらを捕まえるんだよ!」と叫んだ。

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