配信探偵トレーニー~筋肉は犯行を語る~

水武九朗

第1話


「エーコ君、そこのプロテインを取ってくれないか?そろそろ上腕二頭筋が空腹のようだ」


 ここ、立山探偵事務所で2時間おきにされる会話である。

 そして、そこでアルバイト助手をしている私こと、腿田ももたエーコは、プロテイン容器を取って、ここの所長である立山たてやま に渡す。


 もうずっと持ってればいいのに、と思ったが立山の右手にはダンベルが握られており、この筋肉バカに何を言っても仕方がない、とあきらめている。


 依頼者はほとんどがネット経由で月1件くらいで、しかもクライアントも同じ人物からしか来ないのに、なぜこの探偵事務所が成り立っているかというと、所長のトレーニングに関する動画配信により、この事務所の収入が賄われていた。


 この事務所は配信スタジオも兼ねており、大半がトレーニング器具が置かれていて、プライベートジムと化している。

 最近不釣り合いなのは看板の方じゃないかと思終えてきたが、それは家族に言えないので忘れることにした。。


 所長はたまに、コスプレイベントやスタジオ撮影での筋肉キャラのモデルなども引き受けているようだが、それは事務所の仕事としてカウントしてない。


 以前、所長になぜ探偵事務所をしているのか尋ねると


「私の筋肉が欲しているからだ」


 と言われ筋肉に人格が乗っ取られているんじゃないかと疑ったが、せっかく家から近いバイト先が無くなるのも嫌なので、そっとしておくことにした。


 いつも通り所長がトレーニングをしていると、悲鳴が聞こえた。

 どうやら事務所の隣にある、弁護士事務所から聞こえてきたようだ。


 悲鳴を聞くや、所長が入り口に駆け出し、無人の廊下を駆けていき、弁護士事務所の入り口から飛び込んだ。


 そこには、受付件ロビーから3つの部屋に繋がっていて、そのうちの一部屋の扉が開いており、人影が見えた。


「失礼、なにかありましたか?」


 と言いながら、遠慮なく中の人をサイドチェストで掻き分けながら部屋に入ると、そこには天井の梁に紐が掛けられて、そこには男がぶら下がっていた。


 その場にいた人達に現場保存のために、部屋の物を触らないよう、ロビーに出るように促し、警察に通報した。

 警察が来るまで、ロビーで待機している間、皆一様に落ち着かない様子だった。


 そして警察が到着すると、その中の一人が立山に声をかける。


「おぉ、立山君じゃないか。すでに現場に来ているとは」


 うちの事務所のただ一人のクライアントである警部だった。


「どうも、宇佐宜うさぎ警部。いやね、うちの事務所の隣だったんで、悲鳴を聞いてからすぐに駆けつけましたよ」


 警部が所長を肘で突いて小声で話す。


「ちょうどよかった、今回も頼むよ~。早く帰らないと、フランのごはんに間に合わないんだよ~」

「任せてください警部、私もトレーニングがありますので」


 そして二人で笑いあっていた。

 ちなみに警部のいうフランとは、彼が飼っているウサギである。


 警察が、その場で状況を整理していく。


 ます、被害者は法尾のりおウラミチ、ここの弁護士とのことだ。

 そして、入り口も一つだけのようで、入り口には人感センサーがあり、人が通るとセンサーが反応する。

 センサーの反応回数の証言から、被害者が確認された昼から事務所に出入りしていたのは以下の4人が容疑者となった。


 法尾のりお マモル この事務所の所長で弁護士。被害者でるウラミチの父親。この先事務所を息子に譲る予定だった。

 佐藤さとう カケル この事務所の弁護助手。

 木村きむら マサヨ この事務所の事務員。翌年に高齢を理由で退職予定。

 蓮宮はすみや レイジ この事務所の新人事務員。木村 マサヨの後釜にとここ最近雇われた。


 どうやら、午前中は人の出入りが頻繁にあったが、昼に全員が顔を会わせて昼食を終えた後、今日の午後からは書類整理や調査でそれぞれの部屋で作業していたようだ。



 3部屋の分担と、その際の行動は以下ようだった。


 1部屋目:法尾 マモル、佐藤 カケル

 翌日の裁判資料の確認と予行演習をしていた

 昼からはトイレには行ってなかった。


 2部屋目:法尾 ウラミチ

 午前中は依頼人と打ち合わせで外出していた。

 昼に帰ってきてそのまま昼食を取り、食後は次の裁判に向けた証拠請求の書類作成をしていた

 木村 マサヨが3時になって休憩の声をかけに行った所で発見。


 3部屋目:木村 マサヨ、蓮宮 レイジ

 普段は佐藤 カケル が使用する部屋で、事務所での仕事の引継ぎをしていた

 途中、トイレでそれぞれ1回ずつ離籍。



 トイレ休憩も、それぞれ5分程度で、昼からの時間、それぞれ話し声はしていたが、大きな怒鳴り声や物音はしなかった、との証言があった。


 マモルの証言:

「ウラミチは死ぬような奴じゃない。今も事務所も順調で、しばらくしたら私も引退してこの事務所を任せようとしていたんだ。それにウラミチはもうすぐ子供も生まれるんだ。私の孫だ。そんな男が死ぬ理由があるか!!」



 カケルの証言:

「ウラミチさんは、ちょっと強引な所がありまして。たまに依頼ともめたりしていたんですよ。でも今日の午後は依頼人も来てませんでしたし。関係無いとは思うんですけどね」


 マサヨの証言:

「ウラミチ坊っちゃんは子供のころから知ってますけど、ちょっと背伸びをしたがるような、自信家なところがありました。難しい弁護も俺なら大丈夫って言って受けて敗訴になったこともありました。でも、プリンが好きな、かわいい所もあるんですよ」


 レイジの証言:

「ここに来てからそんなにたってませんけど、ウラミチさんからはちょっと当たりが強く感じましたね。依頼人との打ち合わせでも、たまに怒鳴り声が聞こえたりもありましたから。この先続けて行けるのか、不安に感じてたとこなんです」



 それぞれの証言を聞いていた警部と所長だったが、そこで警部が唸る。


「証言からは、自殺する理由はなさそうだが、状況だけ見るとこれは自殺かな?」


 そこで所長はサイドチェストをしながら首を振った。


「いえいえ警部、だれかがウラミチさんに睡眠薬でも飲ませ、天井から吊り下げたんです。その証拠に、ウラミチさんの部屋のゴミ箱には、食べ終わったプリンの空のケースが捨ててありましたから。恐らく、このプリンの空のケースとウラミチさんの体内から、睡眠薬が見つかると思います」


 何か、そう決めつけるのはどうなんだろう、と私は思ったので所長にぶつけてみた。


「いや、なんかそう決めつけるのはどうなんですか?首を吊る時の痛みが怖くて、睡眠薬を飲んで紛らわそうとした、とかはないんですか?」


 というと、所長はフロントラットスプレッドで首を振った。


「いやいや、それだと説明がつかないことがあるんだよ。それは・・・」




 <<ここからは解決編です>>



「それは、レイジさんの上腕三頭筋と大腿四頭筋の異常なハリだよ!!」


 ポージングをサイドトライセプスに切り替えた。



「これほどのハリは、余程強い負荷を掛けないとおきない。そして、それらの筋肉は人を抱えて上に持ち上げる姿勢でも使う」


 まさか、と思いレイジさんを見ると、下を向いて震えていた。

 まさかなの?


 するとレイジさんが意を決したように顔を上げ、話し出した。



「そうだよ。俺がやったんだよ!」


 本当にレイジさんが犯人のようだ。

 どうやら、これが筋肉の声が聞こえるということらしい。


 すると、レイジさんにマモルさんが掴みかかった。


「お前が息子を?なぜだ?なぜなんだー」


 マモルさんは警察二人に静止される。離れたところでレイジさんが語りだした。



横貝よこかい レイイチ。この名前に覚えは無いか?」


 マモルは知らないと首を振った。



「お前たち親子は覚えてないだろうけどなぁ、俺の親父の名前だよ。今の蓮宮はすみやは母親の旧姓だ。俺の親は横領の疑いが掛けられて捕まって、その裁判でお前の息子の初めての弁護だったんだよ!!」


 マモルは思い出したように顔を上げたが、何か後ろめたいような表情になった。

 レイジがマモルを睨みながら叫んだ。


「親父はなぁ、本当にやってなかったんだよ。子供の頃だったけど、そのころは大したおもちも買ってもらえない、そこまで裕福じゃ無かったんだ。それを、あいつはなぁ、最初は調子の良いことばかり言っといて、途中から無理だ、あきらめてくれ、って言い出したんだよ。お前の息子の口車に乗ったせいで、おれたち家族の人生が狂っちまったんだよ。それを、子供ができるだぁ。ふざけんじゃねぇよ。人の家族を壊しておいて自分は幸せになるとか許すかよ!!」


 言いたいことを言い終えたのか、レイジは疲れ果てたような感じになっていた。


「そこでバックラットスプレッドしてる人が言ってたように、プリンに睡眠薬をいれてあいつのデスクの上に置いておいたんだ。そして、眠ったあいつを、トイレに良く振りをして入り口のセンサーを反応だけさえて、あいつの部屋にこっそり入って眠っているあいつを、梁に紐をかけて吊るしたんだ。そして、戻ってきた振りをしてセンサーを反応させて部屋に戻ったんだ」


 レイジさんは警部に両手を突き出した

 警部はその両手に手錠をかけた。


「あとは署で聞こうか。鑑識、梁やらゴミ箱の空ケースやらを頼む。あとご遺体の中の睡眠薬もな」


 と周りに指示をだし、レイジさんを連れ出してく。

 部屋を出る前に警部は、モストマスキュラーポーズの所長へ親指を上げてから去っていった。



 そこには、崩れ落ちたマモルさんと、泣き崩れたマサヨさんの姿があった。


 崩れ落ちているマモルさんに、所長が声をかけた。


「息子さんは、残念ですが自らの筋力を把握できていなかった。どんなトレーニングも自分の筋肉にあった負荷を掛けないと筋肉は応えてくれません。あなたは息子に六法全書よりトレーニングの基礎を教えるべきでしたね」


 と言ってアブドミナルアンドサイを決めた。


 その後、暴れるマモルさんをみんなで止めるのは大変だった。

 今度は警官4人がかりで何とか静止した。


 当の所長は「筋肉が空腹だ」と言って事務所に戻ってしまった。

 どうやら所長には、隣で起きた殺人事件の解決をしたことより、プロテインの時間を守る方が大切なようだ。


 この事務所で働いている私は大丈夫なんだろうかと思ったが、今月のバイト代が頭に浮かび、沸き上がった不安を消して事務所にもどった。

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