8/11〜8/20

11日


ここらまで来ると、だいぶ空気が薄い。着込んでいる服、背負った大量の荷物。それらが僕のことをジワジワと追い詰めてくる。来るんじゃなかったな、舌打ち混じりにそう思った。

いよいよ終盤に差し掛かる。僕は最後の力を振り絞り、上まで駆け上った。

そこから見える景色に息を呑む。来て良かった。


「登山」




12日


ピアノを指でなぞる。今日も発表会に向けて、練習をしなくちゃ!

弾こうとして、気づく。端っこの鍵盤、使わないから、埃が溜まっているの。

それを見て私は、申し訳ないと思った。私がもっと音域の広い曲を、自在に弾けたら。


「それが貴方がピアニストになろうと思ったきっかけですか?」

「ええ」


「端から端まで」




13日


嘘でもいいから頷いてほしかった。頷いた次の瞬間、首を横に振っていいから、淡い希望に溺れていたかった。

貴方としたいことが沢山あった。行きたい場所が沢山あった。でも全部君は同じように思ってくれないから、決して頷いてくれない。

私は笑顔で手を振る。君の素直なところが、私は大好きだった。


「強がり」




14日


光の尾が糸を引く。僕をからかう様に、翻弄させるように、ちらちら、ちらちら。掴みそうで掴めない場所で、瞬いて。

あの光さえ掴めれば。きっといつでも夢が叶えられる。だけどそれは塵に過ぎないものだとも知っている。きっとつまらないものなのだろう。

届かなくて、つまらない。僕の夢みたいだ。


「流れ星」




15日


夏休みも終盤に差し掛かってきた。宿題、早くやらなくちゃね。君のその一声で、僕たちは勉強をすることになった。

5個も氷を入れた麦茶も、しばらくしたら温くなってしまった。扇風機だけの、クーラーの無い部屋は、やはりとても暑くて。

シャーペン片手に君が髪を耳にかける。宿題どころじゃない。


「早くやろうよ」




16日


絵の具を手に取る。

パレットに様々な色をぶちまけて。乱雑に筆の先をその色で染める。色が伝染したら、今度はキャンパス。そっちにも伝染させる。汚い色。でもそれが私の全てだ。

偉い大人たちは笑う。駄作だ。もっといいものを描け。だけど知るもんか。私はお前らのために描いていない。

私の絵だ。


「私のため」




17日


僕の特技は、台風の目になること。

と言っても、上手くやれば誰にだってできるんだ。コツさえ掴めばね。そのコツっていうのは、なるべく周りを巻き込んで回転させること!これで君も、立派な台風の目だ!

最後に……その作った台風を、一口で!飲み込む!


「パスタでイキるな」

「別にいいじゃん」


「台風の目」




18日


この世界には、僕だけがいない。

誰にも言わず、僕はこの場を去ってしまった。突然僕は姿を消した。でも僕がいないところで、きっと日常は何の変化もない。相変わらず地球は回るし、日は沈んでまた昇る。

それでも君だけは、偶に僕のことを思い出してくれるだろうか?


この世界には、僕だけがいない。


「僕だけ、君だけ」




19日


気づけば、私に糸が纏わりついていた。

君が近くにいるだけで、私の体は勝手にそっちに出向く。だけど目は合わせられない。少し恥ずかしいから。だけど君の視線が他を向けば、自然と私の視線は君に結び付く。そして思うの。私を見てよ。

赤い糸に引き寄せられる。この糸は、君と繋がっているだろうか。


「糸の行方は」




20日


あの日、君と約束したんだ。この日、この場所で、10年後また会おうって。

君は忘れているかもしれないと思いつつも、小さな望みを捨てることは出来なかった。僕は日時を守り、その場に向かう。


──君は居なかった。当たり前だ。何を期待していたんだろう。笑っちゃうね。


その時、肩を叩かれた。


「10年後の約束」

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