第18話

「銘は『ティルヴィング』。ただただ切れ味の良い宝剣だが、今の其方には相応しいであろう」


 ティルヴィングって……明らかに地球の神話がベースになってるよな。

 まあそれを言ったらモンスターとかもそうなんだが。


「……ち、ちなみにお値段は?」


「値段? DPなら1000万と少しだな」


「いっせっ……!?」


 やべぇ、RPGの序盤で最強装備を渡されたような気分だ。

 あまりの事態に呆けていると、オリヴィアは聞き分けの悪い子供を見るように眉を寄せる。


「ほれ、早く取らんか」


「あ、はい」


 思わず敬語になりながら、慌てて目の前に浮かぶ剣を手に取る。

 重さや大きさは折れてしまった俺の旧愛剣と変わらないが、存在感が比べ物にならない。鞘から抜いたら喋り出してもおかしくない。……流石にないよな?


「その剣をどうするかは、其方自身が決めてよい。この者の知恵を頼るのもよかろうな」


 そう言って、抱いたままのディアの頭を撫でる。


 ……なるほどな。つまり、別にこの剣をDPにしてしまってもいいと。

 強い剣で戦うというのも男心がくすぐられるが、DPに還元したら1000万というのはデカすぎる。欲しかったスキルも獲得できるし、何よりDP切れで死ぬ心配もほぼなくなる。


 喋り出したりしたらちょっと考え直すかもしれんが、とりあえずはDPに還元する方向で行きたい。


「……感謝する」


 殺されかけて礼を言うのも変な話だが、モノがモノなので流石に感謝しておく。聖女様は「よいよい」と大仰に手を振った。


 話はそこでひと段落したように思えたが、


「……ちょっといいですか?」


 背後で控えていたヴァンパイアの少女が口を出してきた。


 問われたオリヴィアは「許す」と答え、少女が俺の前に歩み出てきて、


「……ねえあんた、数年前にレア個体のゴブリン倒したわよね?」


 と、急に全く関係のないことを尋ねてくる。


 レア個体のゴブリン……ぶっちゃけ心当たりしかない。たぶん俺の特殊称号欄を見て訊いてきたんだろうし、ここは素直に頷いておこう。


「……ああ、倒した」


「やっぱり! あの子――ゴブゴブはあたしのお気に入りのペットで、ゴブリンとしての限界いっぱいまで育てた子だったんだけど……」


 ゴブゴブ……つーかこれって、もしかして言わない方がよかったやつ?

 あの子の仇! とか言われて刺される展開とかあるか?


 などと考えながら身構えていると、少女の方から「あー違う違う」と否定してくれた。


「別に逆恨みなんかしないわよ。……他のダンジョンのモンスターは知らないけど、あたしたちはオリヴィア様の望みを叶えるために生きてるの。だから、あの子がその役目を果たして死んだなら、誇りこそすれ、憎むことはないわ」


 そう語るヴァンパイアの少女の目には、俺には理解できない、モンスターとしての挟持のようなものが垣間見えた。しかし、少女は僅かに顔を伏せ、「でも……」と続ける。


「たまには思い出して上げないと可哀想じゃない? あんただったら、あの子の身に着けてたものとか、ドロップアイテムとか持ってるかなって」


「残念ながら、そういったものは何も――」


 ……いや、そうでもないか。


「……あることにはある。ただ、あくまでDPで生成したもので、言ってしまえば複製品なんだが……それでもいいか?」


「問題ないわ。じゃあ出して!」


 …………あ。


「……いや、えっと」


「なによ?」


「……足りない」


「はあ?」


「…………手持ちのDPが、足りない」


「…………」


 二人の間に気まずい沈黙が流れる。

 例えるなら、ドヤ顔で夕飯奢るぜと言った瞬間、財布の中身が空だったことに気付いた時、みたいな。


 聖女とモンスターたち(デュラハン除く)は「マジかよこいつ」みたいな顔で見てるし、ディアはムカつく顔で笑いを堪えている。あんにゃろう。主人の恥を笑うなよ。


「……いくら足んないのよ?」


「…………2万DPほどです。はい」


「はあ~……」


 くそデカい溜め息を吐きながら、少女は小指に付けた指輪を手渡してくる。


「これをDPにすれば20万くらいにはなるはずよ。余った分は好きにしなさい」


「マジで?」


 流石、二百年来のベテランダンジョンマスターに仕えるモンスターだ。俺と比べれば、金銭感覚が貧民と王侯貴族くらいに違う。


「早くしなさい貧乏人」


「あ、はい」


 貰った指輪を握り込み、「取り込む」と念じると、いつも通り光の粒子になって俺の中に取り込まれていく。

 その様子を、オリヴィアは「ほう」と声を漏らしながら感心したように見ていた。


 ……俺が物を取り込むことができるのは知ってたっぽいが、実際に見たのは初めてってところか。


 指輪を取り込み、メニュー画面を起動。指輪の収支は24(-12)万の+12万で、残高は12万8120DPになった。

 オリヴィアのものは本として見えていたから、俺のメニュー画面も視認されてしまうかもしれないと思ったが……どうやら彼女らの目には見えていないようだ。理由は不明だが……まあダンジョンマスター同士が出会うこと自体が想定外だろうし、バグみたいなもんだと思おう。


 メニュー画面からアイテム生成を使い、俺がかつて取り込んだ『ゴブリンの爪の首飾り』を再生成する。

 それを少女に手渡すと、少女はそれをしばらく見つめて「ふん」と鼻を鳴らし、銀狼の首にかけた。


「……リルも、ゴブゴブの訓練によく付き合ってくれたもんね」


 リルと呼ばれた銀狼は「クゥ~ン」と甘えたような声で鳴いた。


 ……そのネーミング、もしかしてフェンリルから来てたりすんのか? ヴァンパイアと堕天使はともかく、ゴブリンやデュラハンの名前の安直さを考えるとあり得そうだ。もしそうだとしたら、あいつは伝説の魔獣フェンリルに鍛えられたゴブリンってことになる。……よく勝てたな、俺。


 俺への用事はそれが全てだったようで、少女は許可をくれたオリヴィアに深々と頭を下げる。


「ありがとうございました。オリヴィア様」


「よい」


「……あんたにも礼は言っとくわ。ありがと」


 目も合わせずに礼を言ってくる。これがツンデレってやつか。違うか。


「……てか、あんたはいつまでそこにいんのよ!」


「わわっ!」


 豊満な胸に収まっていたディアが鷲掴みにされ、俺の方に放り投げられる。

 ちょうど俺の頭の上らへんに飛んできたディアは、髪の毛を思いっきり引っ張りながら制止した。地味に痛いぞ。


「急になにするんですか!?」


「いつまでもオリヴィア様にくっついてんじゃないっての! このエロ猫!」


「わ、私は女ですよ!」


「オリヴィア様の魅力の前には性別なんて関係ないのよ!」


 と、やいのやいの言い合っている二人。


 わりと不敬な扱いを受けたオリヴィアはというと、特に気にした様子もなく笑っている。

 意外と懐が深い聖女様だ。……意外ではないか。聖女だし。


「……さて、最後に一つだけ、其方に伝えることがある」


 急に改まった口調で告げるオリヴィア。

 その目は先ほどまでよりも神秘的で、茫洋とした、捉えどころのない光を放っているように見えた。


 ……なんとなくだが、たぶん、そうだと思う。


「其方が更なる強さを求めるなら……」


 彼女は今、固有スキル『導きの天啓』を発動している。


「ここより北、亡者の溢れる迷宮に向かうがいい」


 亡者溢れる迷宮。十中八九、王国を出て北東に進んだゾルタイル帝国の『死者の迷宮』だろう。『彷徨いの迷宮』から一番近いダンジョンとはいえ、ここからひと月以上かかる長い道のりだ。


「……このダンジョンの探索はもう辞めた方がいいってことか?」


「それを決めるのは其方だ。妾はただ、道を示すのみ」


「…………」


 とは言うものの、無視してここに潜り続けたら、どんな目に遭うか分かったもんじゃないな。

 俺が今以上の強さを求めているのは、言ってしまえば他のダンジョンマスターから刺客を送られた時の保険だ。英雄を目指しているわけでもないし、ぶっちゃけそこまでのリスクを負ってまで強くなりたいわけじゃない。

 しかし、『彷徨いの迷宮』に潜れないとなると他にDPを稼ぐあてもないわけで……。


「…………わかった」


 長い沈黙の末に頷くと、オリヴィアは満足そうに微笑んだ。


「そうか、ではこれにて、さらばだ。……久方ぶりに、心躍る時間であったぞ」


 オリヴィアが隣に佇む堕天使の男に目を配ると、男は心得たとばかりに両手を広げる。

 男を中心にとんでもない量の魔力が渦巻き……視界は一瞬でホワイトアウトして消えた。



▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲



「……転移魔法」


「……ですね」


 視界が晴れると、俺たちはダンジョンの入り口――第1階層にいた。


 たしか、『転移魔法』のスキルオーブは超鑑定よりもさらに高額……5000万DPは下らない額だったはずだ。

 改めて、資金力の差を見せつけられた気分だな。


 まあ、今はそれよりも……。


「……生きて、帰ってこれたな」


「そう、ですね」


 今回ばかりは流石に死ぬかと思った。我ながら無茶をしたもんだ。


「なんか言うタイミング逃しちゃいましたが……」


 ディアは言いづらそうにしながら、しかし、しっかりと俺の目を見てから頭を下げた。


「改めて……ありがとうございました。私、生きててよかった。……あのまま終わらなくて、本当によかった」


 きっと、初めて聞けた、ディアの偽らざる本心だったと思う。


 言いたい言葉はいくつかあったが、どれもこれも、口にしてしまうと野暮になってしまいそうで……俺は何も言わずにディアの頭を撫でた。


「……あっ」


 ディアの毛並みは想像していたよりも柔らかく、昔仲の良かった近所の野良猫を思わせるものだった。

 しばらく撫でていると、ディアはくすぐったそうに俺の腕から抜け出して、正面の位置で改めて向かい合った。


 互いに頷き合って、拳と拳を打ち付ける。きっと、考えていることは同じだろう。


「私たちの戦いはこれからですよ」


「打ち切りエンドみたいなこと言うなコラ」


 どちらからともなく笑い出し、俺たちは『彷徨いの迷宮』を後にするのだった。

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