第8話

 それ以降は適正階層外のモンスターに出会うこともなく、探索は順調に進んだ。

 粘性生物のスライムを倒しては、かさ張るスライムボールをDPに変え、魔石はギルドの買い取りに出す用に鞄にしまっておいた。


 贅沢な話だが、DPにするか持ち帰るかの二択というのも少々不便に感じてしまう。『空間収納』も早めに獲得した方がよさそうだ。ディアは『念話』をやたら押してくるが、こちらの方が優先度は高い。


 都度休憩を挟みながらだったが、体感二時間ほどで6階層へ続く階段を見つけた。

 空が見えないので時間感覚はないが、ダンジョンに入ったのは朝なので、今ちょうど正午を回ったところだろう。


 6階層へと降り、少し歩いたところで休めそうな広間があった。人がいた痕跡があるので、少し前まで誰かがここで休んでいたのかもしれない。

 ちょうどいいので、ここで昼休憩をとることにする。


「飯にするか」


「んにゃ! 待ってました!」


 何が、んにゃ! だ。

 飯のこととなるとディアのIQが下がるのは相変わらずだな。


 じゃあ今回は何にしようか……。


 ディアには前回と味違いの猫缶を出しておくとして、俺の方は、そろそろ異国の味を確かめてみたい。まあ日本も異国といえば異国だが、Z氏の記憶があるからか、どこか慣れ親しんだ感じがあるのだ。


 ……よし、今回はハンバーガーにしよう。日本でもポピュラーな食い物だが、実家暮らしで引きこもりのZ氏はあまり食ってなかったみたいだしな。

 カレーも気になったが、匂いが強すぎるのでダンジョンで出すのはやめた方がいいだろう。


 200DPでスタンダードなハンバーガーを生成すると、手のひらほどの大きさで、そこそこ厚みのある円形の食い物が出てきた。

 柔らかいバンズに、パティと呼ばれる平たい肉が二枚と、トマトやレタスといった野菜が挟まれている。トマトもレタスもこの世界にはないが、似たような野菜はあるので再現しようとすればできそうな感じだ。


 香ばしい匂いが鼻腔を刺激し、腹が間抜けな音を鳴らしたので、俺は辛抱たまらずハンバーガーにかぶりついた。


「うんめぇ」


 バンズはほんのりと小麦の甘さを主張し、パティは噛み締めるたびに肉汁が溢れてくるほどジューシーだ。トマトやピクルスの酸味は良いアクセントになっているし、レタスの食感も非常に心地良い。


 某自由の国で常食になっているだけあるな。


「主さま、早く猫缶くださいよ~」


 と、隣でディアが切なげな声を上げた。

 そういえば、ハンバーガーに夢中になっていて猫缶を出すのを忘れていた。


 すまんすまん、と詫びながら猫缶を生成する。


「おっ、前回とは違う味なんですね。プレミアムなやつではありませんが、よしとしましょう」


 ディアはそれを受け取り、小さい指で器用に蓋を開けたところで――


「むっ」


 少し離れた場所から足音が聞こえてきて、段々と近づいてくる。

 数は複数……モンスターではないようなので。おそらく他の探索者パーティだろうな。


 DPの無駄になってしまうが、見つかってしまう前に食いかけのハンバーガーを吸収して消す。

 もちろん、まだ手を付けていない猫缶もだ。


「あああ、主さまぁ!」


「しょうがないだろ。今回は諦めろ」


 ややあって、俺たちの前に現れたのはA、B級の探索者からなるA級パーティだった。

 正確にはパーティのランクというものは存在しないが、メンバーの平均値を指してパーティランクを称することが通例になっている。


「……テメェは、万年F級じゃねえか」


 先頭の男に見覚えがあるなと思ったら、ギルドで俺に絡んできた赤髪バンダナだった。

 周りのやつらはバンダナのパーティメンバーだろう。


「……なんでテメェがこんなところにいやがるんだ? それに、そのモンスターは……」


 バンダナたちは昨日以前からダンジョンに潜っていたのか、俺がテイマーになったという噂は聞いていないようだった。

 魔法使いっぽい小柄な少女が「かわいいー」とディアを見てに駆け寄ってこようとしたが、バンダナが前に手を広げて制止した。


「不用意に近づくんじゃねえ。そいつが何者かは分かってねえんだぞ」


「……むー、わかったよ。アディ」


 そう言って、少女は大人しく引き下がる。

 アディ――たしかアドルフという名前だったか。赤髪バンダナはこのパーティのリーダーらしいな。


「質問に答えろ。なんでテメェがここにいる? そのモンスターは何だ?」


 もちろん本当の事情は話せないので、ギルドにも伝えた表向きの理由を話す。


「……俺は『モンスターテイム』のスキルを習得してテイマーになったんだ。こいつは俺の従魔だ。ギルドからも認めてもらってる」


「……ハッ、その力を使ってダンジョンにリベンジしようと思ったってってわけか」


 赤髪バンダナは胡散臭そうに俺とディアを見ている。


「従魔ねぇ……それにしては、ずいぶんと俺に向かって敵意を向けてるじゃねえか」


 そりゃたぶん、お前のせいで猫缶を消す羽目になったからだと思うぞ。


「……まあいい」


 一応納得はしたのだろう。

 頷いて一歩下がり、ディアに歩み寄ろうとそわそわしている少女の首根っこを掴んでいる。


「……俺からも質問していいか?」


 ふと、気になったことがあるので訊いてみる。


「…………なんだ?」


「A級のパーティが、なんでこんな浅層にいるんだ?」


 A級パーティならこのダンジョンの最深部辺りを主戦場としているはずだ。見た感じ、帰還途中ってわけでもなさそうだからな。

 赤髪バンダナは説明するのも面倒そうに頭を掻き、大きく溜め息を吐いた。


「……ギルドから、オレら『赤狼の牙』に指名依頼があったんだよ。特殊個体のオークが出たから討伐してくれってな。オークなんざ特殊個体だろうがなんだろうが脅威にはなりゃしねえ。わりのいい依頼だと思って来てみたら……そのオークがどこにもいやしねえ。5層から10層まで隈なく探したんだけどな」


 お、おう。……何かと思えば、俺が倒したレアなオークをずっと探していたらしい。A級探索者に依頼したとは聞いていたが、こいつらが受けてたのか。

 ちなみに『赤狼の牙』はパーティ名らしい。赤髪はバンダナだけなので、リーダーの自己主張が強めのパーティだ。


「どっかの高位探索者が勝手に討伐しやがったのか……。なら報告くらいしろってんだよ。なあ?」


「そ、そうだな」


 正直すまん、と思いつつも、自分が倒したと話すわけにもいかない。ディアは……ざまあみろって顔してるな。いい性格してるよ、ほんと。


「んじゃ俺らは行くぜ。おっ死んじまわねえよう、せいぜい気をつけるんだな」


「ああ、そうする」


 口は悪いが、一応こちらの身を案じてくれてはいるのだろう。

 別れ際、少女がディアに手を伸ばしていたが、ディアはそっぽを向いていた。


 憐れ、魔法使い風の少女よ。



▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲



 バンダナたちと別れ、改めて猫缶を受け取って機嫌を戻したディアと共に6階層を進む。


 数十分ほどは敵にも会わずに歩いたが、次回層まで半分ほどの道のりを消化したあたりでようやくモンスターと遭遇した。


「…………」


 ヘルハウンドだ。それも二体。


 前回潜った時は、一体のヘルハウンドに少し苦戦してしまった。何かボタンを掛け違えれば、あそこで死んでしまったとしても不思議ではなかった。


「主さま」


 とディアが声をかけてくる。


「わかってる」


 俺は右目の眼帯を外し、右目を見開いた。

 視界は良好だ。前回のように死角を狙われることはない。


「……今回は手を出さないでくれ。こいつの使い心地を試したい」


「了解です~」


 こいつ、というのは、当然ながら右目に宿った『時制の魔眼』のことだ。

 右目を復活させる目的で取得した魔眼だが、動きの速いヘルハウンドはうってつけだろう。


 今回はこちらから仕掛けた方がいいか、と考えた瞬間、ヘルハウンドたちは俺に気づいて向かってきた。


「グアゥ!」


 先に飛び込んできた一体の下に潜り込み、寸分の狙い違わず下から心臓部分に突き刺す。言うまでもなく即死だ。


 剣を振り回してヘルハウンドの死体を投げ飛ばし、足元を狙っているもう一体を見る。右目に魔力を注ぐと同時に、ヘルハウンドの動きがスローモーションになる。

 どうやら足を狙っているのはフェイントらしく、飛び上がって胴体を狙いに来た一撃を余裕をもって避ける。がら空きになった胴体に剣を振り下ろし、ヘルハウンドを両断した。


 二体はあっさりと、光の粒子に変わり、二つの魔石がその場に残った。


「少しコツはいるが、戦闘でも十分使えるな」


 もっと持続時間を短くし、上手く切り替えながら戦えれば、一日に使える回数も多くなるかもしれないな。

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