第7話

 翌日、俺とディアは予定通りダンジョンを訪れていた。ダンジョンの入口に着くまでに何度か話しかけられたが、俺がテイマーになった噂が広がったのか、一々説明をする必要はなかった。

 前々からの顔見知りには、「ずいぶんと遅咲きだな!」と笑われたりもしたが、本当にその通りだと思う。普通、この歳まで全く芽が出なければ、探索者を諦めるだろうからな。


 ……ちなみにギルドに立ち寄った際、エミリさんとディアに間にひと悶着あったがそれは割愛する。ディアがエミリさんをより警戒することになったとだけ言っておこう。


 さて、都合五度目となるダンジョンアタックだが、前回までの不安混じりの緊張感はない。浅層では問題なく戦えることが分かったからな。

 俺の剣とディアの魔法で、一体どこまで潜ることができるのか。本音を言うと結構ワクワクしている自分がいた。

 

「それじゃあ、行くぞ」


「あいあいさー。大船に乗ったつもりでどうぞ」


 口笛でも吹きそうな調子で応えるディア。普段ならイラっとするところだが、この場に至っては頼もしいのが逆に腹立たしい。……結局イラっとしてるな。


 階段を降りていき、薄暗いダンジョンの1階層へ。

 ここで遭遇するモンスターはゴブリンだけだが、僅かながらレア個体が出現する可能性もあるし、油断は禁物だ。


 と、早速前方からゴブリンが三体ほどやってきた。


「ディア。戦闘準――」


「とりゃ!」


 と、俺が言うより先にディアは衰弱魔法を発動した。

 命令より先に先制攻撃とは、めちゃくちゃ好戦的だなこいつ。


 ディアの手の平から、 ハウンドドッグに食らわせたものより幾分小さく見える紫色の球体がゴブリン共に向かっていき、違いなく顔面に着弾すると……。


「……これって……あいつら、俺たちを見失ってるのか?」


「はい。身体能力を下げる魔法なので、顔面一点集中で視覚と聴覚と嗅覚を鈍らせれば、ゴブリン程度ならこうなります」


 ゴブリンは異変が起きたことには気づいたようだったが、キョロキョロと辺りを見渡すだけで、やがて何かを見間違えたのか明後日の方向に走り去っていった。


「ゴブリンは実入りが少ないので、わざわざ戦う必要もないでしょう」


「まあ、そうだが……思ったより汎用性があるんだな。その魔法」


「ふふーん!」


 つーか、こんなことができるなら事前に教えてくれ。昨日とかいくらでも話す機会はあっただろうが。


「まあこんな手が使えるのは浅層のゴブリンくらいだと思いますよ? スライム系は触覚しかないので効果は薄いですし、より深くなるとモンスターの魔法耐性も上がるはずなので」


「……わかった」


 少々想定外ではあるが、無用な戦闘が避けられるならそれに越したことはない。

 時折現れるゴブリンはスルーし、1階層を最短ルートで移動する。すると、三十分もしないうちに2階層の階段に着いてしまった。前回の半分以下の時間だな。


「サクサク行きましょ~」


 続いて2、3、4階層と、スライムと数回戦った程度で足早に駆け抜けた。スライム程度なら俺一人で十分なので、ディアは戦闘には参加させずに魔力を温存させた。

 それにしても、もう前回オークと戦った5階層まで到着してしまった。浅層は直線距離でいえば然程広くないとはいえ、驚異的な進行速度だな。前回と歩幅は変わらないはずだが、無駄な戦闘をしないだけでこんなに違ってくるのか……。


「えっへん。褒めてくれてもいいんですよ?」


 と、見慣れたドヤ顔を披露してくるディア。頭を突き出しているのは撫でろって意味か?

 ……それに乗るのも癪なため、焼かつおの猫用おやつを生成して口に放り込んでおいた。


「んおっ!? これは……猫缶とは違いますが、いいものですな~」


 ……まあ、満足しているようなのでいいだろう。


 しかし、ここから先は強いモンスターも現れ始める。そろそろ気を引き締めないとな。


 一応釘を刺しておこうと考えた時、ディアの耳がピクンと動いて、真剣な表情に切り替わった。


「…………来ます」


 果たして、曲がり角の向こうから現れたのは……一体のオークだった。

 見た目はレア個体と変わらないが、前回感じていた不可視の威圧感のようなものを全く感じない。直感だが、おそらくこいつは通常個体のオークだ。


「ブモオオオォ!」


 こちらに気付き、愚直に突進してくるオーク。


「――行くぞ! 援護してくれ!」


「がってん!」


 ディアは首肯し、衰弱魔法を魔法を発動する。紫の球は狙い違わずオークに着弾し、オークの動きが目に見えて遅くなった。


「ブッ、モオォ!」


 手に持っていた棍棒を振り下ろしてきたので、小さく横跳びで躱す。

 視覚もいくらか鈍っているようで、それだけでオークは俺の姿を見失ってしまったらしく、無防備に晒された首元に剣を一閃した。


「しっ!」


「ブッ――!?」


 首を両断されたオークが光の粒子となって消える。


 ……なるほど、今までずっとソロでやってきたが、支援役がいると驚くほど戦いやすい。


 オークが消えたあとに残ったのは、いつも通り魔石と、前回見た巨大豚バラブロック――よりも一回り小さく見える肉の塊だった。ドロップアイテムのオーク肉だな。

 オーク肉は味が良いので持ち帰れば高価で売れるが、保存方法が難しく、普通は手に入れても探索中に食べてしまうことが多いらしい。

 日帰りだと浅層までが限界のため、氷魔法を使えるような魔法使いか、仕舞った物の時間が止まる『空間収納』スキルを持ったメンバーがいないと、地上に持ち帰るのはかなり厳しいのだ。


 と、俺がそんなことを考えている間に、ディアも何やら考え事をしていたようで、顎に手を当てながら小さく唸っていた。


「う~ん……」


「どうした?」


「いや、え~と……」


 ディアが珍しく言い淀んでいる。


「オークって、そもそもこの階層ではあまり出てこないんですよね?」


「そう言われてるな」


 オークは基本的に、『彷徨いの迷宮』では10階層以降に現れるモンスターだ。モンスターが自分から階層を移動したという報告はないので、9階層以下で見かける時は各階層でスポーンしていると推測される。

 ダンジョンマスターが手動で生み出しているのか、俺の知らないモンスター召喚の仕様で何かランダム性を出しているのか、実際のところは分からない。そういうのはディアの方が詳しいだろうしな。


「オークがどうかしたのか?」


「え~と……主さまって、最初にダンジョンに入って、レア個体のゴブリンと三回連続で遭遇したんですよね?」


 ディアを召喚した直後に話した内容のため、もちろんディアも知っている。俺は「そうだな」と首肯した。


「……で、五年ぶりのダンジョンアタックでは、5階層に入った途端、遭遇確率の低いヘルハウンド、さらにはレア個体のオークに遭遇」


「…………」


「そして、今回も5階層に入って一発目でオークに遭遇しました」


「……俺のリアルラックが低いって話か?」


 そう訊くと、ディアは呆れたように首を横に振った。


「そうではなく……何か、意図的なものを感じませんか?」


「…………」


 ……たしかに、言われてみればそうだな。


 そして、俺が強敵とばかり遭遇するのが、何者かの意図によるものだとして……その何者かとは一体誰なのか。


「それは……」


 それは、ダンジョンのモンスターを自由に操れる存在――ダンジョンマスターしかいないだろう。


「ここのマスターが俺の正体に気付いて、俺を殺すためにモンスターを嗾けてる……とか?」


 俺は『ダンジョンマスターの命を狙うダンジョンマスターがいる』という前提で、殺されないために立ち回っている。『彷徨いの迷宮』に挑戦したのは、ここのダンジョンマスターがその犯人じゃないと信じ、決して小さくないリスクを飲んだだけだ。

 だがもし、このダンジョンが"ハズレ"だったとしたら……。


「……いえ、それでは主さまが普通の人間だった頃に、レア個体のゴブリンと連続遭遇した理由が説明できません。それに、その気になればオークなどではなく、もっと強力なモンスターを使うはずです」


 ……う~む。そりゃそうか。


「……それで、結局何が言いたいんだ?」


「すべては仮定で、憶測の域を出ませんが……今は、今後も階層の難易度に見合わない、強力なモンスターが現れるかもしれない、とだけ」


「不安を煽るなよ……」


「主さまが死んだら私もお陀仏ですからね。危険はあらかじめ伝えておかないと」


 衰弱魔法の利便性については黙ってたけどな。

 けどまあ、本当に大事なことはちゃんと報告してくれるってことだろう。


「とりあえず、わかった。気をつける」


「そうしましょう。……まあ、気をつけたところで、どうにかなるわけじゃないですが」


 ディアはなおも思案深げだったが、やがて気持ちを切り替えたのか「あと、主さまのリアルラックは高いですよ。なんたって私と出会えたんですから」とドヤ顔で言ってきた。


 場の空気を変えるためと分かっていたので、俺も「はいはい」と適当に合わせて5階層の探索を続けることにした。

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