第3話

 猫缶を直で食べるのは品がないということで、皿とスプーンを所望したディアに、DPで生成したものを渡してやる。


「おいし~」


「…………」


 にゃむにゃむと美味そうに猫缶を食うディアを見ていると、なんだかこっちも腹が減ってきた。


 ……そうだ。前から気になってた寿司というやつを出してみよう。


 アイテム生成で『一人前にぎり寿司』を選んでみると、そこからさらに松竹梅のランク選択画面が出てきた。松が一番高級で松が一番安いらしい。ネーミングの由来はZ氏も知らなかったようで記憶になかった。


 松は5000DPと高すぎるので、今回は1000DPの竹にしておく。それでもプレミアムな猫缶の三倍くらいの生成コストだ。


「主さま、なんですそれ?」


 木桶に入った『一人前にぎり寿司(竹)』を眺めていると、ディアが興味を惹かれたらしくやってきた。


「生魚の料理ですか。美味しいんですか?」


「かなり美味いらしいぞ」


 Z氏の記憶によると。


「まあ私には食べられませんね」


「そうなのか?」


「体に害はないですが、私の味覚は猫に近いようなので。あ、甘いものとかは好きですよ。食べたことないですけど」


 それもインプットされた基礎知識ってやつなのか?

 ……あ、じゃあこっちなら食えるか。


「……これは、お刺身というやつですか?」


『刺身盛り合わせ』は寿司と違ってランク付けされておらず、400DPで生成できた。


「まあこっちならすし酢も山葵も使ってないからな。食っていいぞ」


「おお~、主さま太っ腹!」


 スプーンを使ってマグロ、サーモン、真鯛の刺身盛り合わせを頬張るディアを横目に、俺を寿司に取り掛かる。


 付属していた小袋の醤油をプラスチックの小皿に入れる。初見の調味料なので舐めてみようとも思ったが、隣の猫もどきに「動物みたいですね」とか言われたらムカつくのでやめておいた。


 まずは、王道のマグロの赤身にしてみよう。


 1DPのお手拭きで手を綺麗にしてから、素手で寿司を掴み、シャリではなくネタの方に軽く醤油をつける。そして……。


「……うん、美味いな」


 魚らしい臭みはほとんどなく、すし酢の酸味と米の甘さ、そしてマグロの旨味が口いっぱいに広がる。

 続けてサーモン、いくら、ウニなどを食していく。どれも美味いが、ウニだけは臭みが気になったな。松のウニなら全く臭みもないんだろうか?


 そんなわけで十貫の寿司を食べ終えた頃、ディアも猫缶と刺身を完食していた。


「いや~、食事っていいものですね」


「地球の料理だからってのもあるんじゃないか? 街で売ってる飯は……不味くはないがここまで上等じゃないしな」


 あくまで庶民の話で、お貴族さまやお偉いさんがどうかまでは流石に知らないけどな。


「ふ~む、とにかく地球の知識――前任のZさん様々ですね」


 飯に関してはそうだろうが、あいつがいなければダンジョンマスターなんかになってないからな……。

 しかし、そうならなかった時の未来を想像してみると、うだつの上がらない中年探索者崩れの姿しか浮かんでこなかった。


「……そのうち、墓でも作ってやるか」


「それがいいと思いますよ。今この世界で、Zさんのことを知っているのは主様だけでしょうし」


 モンスターに道徳を語られるのも変な話だが、変に茶化す気にもならなかったので頷いておいた。

 ついでに口の周りについた猫缶のカスのことも黙っておいた。



▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲


 その後、試しにディアに反復横跳びをさせながら『時制の魔眼』とやらを使ってみたが、実際の猫くらい軽快なフットワークがよぼよぼの爺さんくらいの動きに激変して見えた。

 ただ、魔力はごっそり減った感覚があり、使用できるのは一日二、三回が程度だろう。俺より余程魔力に関する感覚の鋭いディアも同意見だった。魔力は寝れば回復するものだが、仮眠程度だと全快しきれない。ダンジョン内で夜を明かすような連日のダンジョンアタックは注意が必要だ。


「私はダンジョンにいれば周囲の魔力を取り込んで自然と回復しますけどね〜」


 というのがダンジョンのモンスター共通の能力らしい。俺はモンスターではないし、身体機能は元のままだからないだろうな。


 猫缶のカスを付けたまま反復横跳びしてくれたディアに追加の猫缶をあげて、しばし休憩する。

 もちろんここはダンジョン内だが、魔力が回復している感覚はなかった。


「……そろそろ行くか」


「そうですね~」


 というわけで、俺たちはダンジョンを出ることにした。猫缶のカスは毛づくろいをしている時に取れてしまったらしい。残念だ。


 さて、これから宿場町まで数時間ほど歩き、そこから乗合馬車で王都に向かうことになる。北の帝国への道が封鎖されているのは周知されているだろうし、途中で行商人なんかに会うこともないだろう。


「……つーか今さらなんだが、お前ってダンジョンから離れても大丈夫なのか? 理性がなくなって野生にかえったりとか……」


「しませんよ……。モンスターは基本的に生みの親となるダンジョンマスターの命令に逆らえません。ダンジョンの内外かかわらず」


「じゃあダンジョン外にいる野生のモンスターも、生み出したマスターの命令には逆らえないってことか?」


「基本的には。……命令権を完全に放棄した場合や、世代を経た子供なんかは無理だと思います」


 ディアは思案顔でひげを撫でる。


「大方、近郊のマスターが、モンスターに外で自由に生きろって命令を出して放流したんだと思いますよ」


 稚魚を川に流すような言い方をするな。


「大抵のモンスターには生殖能力がありますし、天敵もいない環境なら自然と増えます。ダンジョンの存在を周知させるなら有効な手段ですよ」


「……なるほどな。」


 モンスターが現れれば、討伐に赴く人間たちがいて、自然とダンジョンの存在も知れ渡ると。


「ちなみになんだが……ダンジョンマスターが死んだら、召喚されたモンスターはどうなるんだ……?」


「死にますね」


 死ぬのか……。


「マスターとモンスターは一蓮托生ですから。……まあ、そちらも命令権を放棄した場合は別でしょうね」


 ふむ、命令権とやらを放棄してしまえば完全に独立してしまうのか。「もう俺の命令は聞くな」とでも言えばいいのか?


 にしても、こいつはやっぱり物知りだ。ウィ○ペディアの名は伊達じゃない。


「む~……」


「な、なんだ」


 急に俺の顔をじっと見てくるディア。失礼なことを考えていたのがバレたのかと思ったが、どうやらそうじゃないらしい。


「先ほどから思っていましたが、主さま……ダンジョンの基礎知識がインプットされていないようですね」


「ダンジョンの基礎知識?」


 ……って、なんのことだ?


「ダンジョンマスターやモンスターは、生まれ落ちた時からダンジョンの仕組みやスキルの仕様など、ある程度は把握しています。Zさんや他のマスターも同じはずです。その様子だと……やっぱり何も知らないみたいですね」


「……あー」


 俺が受け継いだのはZ氏の記憶とダンジョンマスターとしての権限だけで、その基礎知識とやらは受け取っていない。ダンジョンに関して知っていることは、Z氏の記憶に付随するものだけ――つまり、Z氏が頭に思い浮かべもしなかったダンジョン知識は俺にはない。

 それはなぜかと考えたが、答えはすぐに出た。

 おそらく、Z氏の固有スキルだった『他力本願』が原因だ。あのスキルの効果説明にあったのは『自身の記憶とダンジョンマスターとしての権限を他者に委譲する』という文言のみ。つまり、Z氏の記憶とダンジョンスキル以外は何ももらえないという意味だろう。実際、マスターの固有スキルとやらも俺には発現していないし。


「ふふ~ん。でも主さまには私がいますからね。困ったことがあったら遠慮なく頼ってください。猫缶一つで請け負いますから」


 いや、請け負うもなにも、マスターの命令には逆らえないって、さっき自分で言ってただろ……。

 まあ分かってて言ってるんだろうが。ツッコミを入れるのも野暮なため、デコピンを一発入れて黙らせておいた。恨めし気な目で見られたが、こいつの扱いはこんな感じで良さそうだ。


 気を取り直して、ダンジョンを出て宿場町へ向かう。本人が言った通り、ディアの様子はダンジョンを出ても全く変わらなかった。


 ディアの軽口に適当な相槌を打ちながら歩くこと数時間、休憩を挟んだら合計六時間ってところか。街道の途中にある宿場町に到着した。

 俺のダンジョンがある森から王都までの直線上にあったらよかったんだが、宿場町はどちらかというと迂回路にある。宿場町を経由するのは、馬を借りればずっと徒歩で移動するよりは早いという理由だ。


「なんというか、思ったより寂れてますね」と俺の肩の上で呟くディア。


 道中ではふわふわと宙に浮いていたディアだったが、町が近くなってきた頃から肩に乗せている。目立つ要素は少しでも減らしておきたいからな。

 ちなみに俺の右目は見えるようになっているが、知り合いが見たら詮索されるだろうから眼帯は着けたままだ。


「あ、帝国への道が閉鎖されてるからですね。さすが私、賢い」


「……分かってると思うが、人前では喋るなよ」


「もうっ、分かってますよ~」


 時間は正午過ぎだろうが、往来はかなり少ないようだ。他に用事があるわけでもないので、乗合馬車の停留所に向かう。

 道中で二、三人とすれ違い、ディアのことを訊かれたりもしたが、素直にテイムしたモンスターだと答えておいた。モンスターテイムは珍しいスキルだが、全員知識としては知っていたようで怪しまれることもなかった。

 ディアはそのうち一人から果物をもらって嬉しそうにしていたが、自由に話せないことに関しては少し不満げだった。


 ふと、周りに誰もいない時を見計らって声をかけてくる。


「ん~、黙ってるのって逆に疲れますよね。念話のスキルがあれば心の声で会話できるんですけど。……チラッチラッ」


 ……わざとらしい。


「何DPだよ」


「2万5000DPです! 主さまと私の分でちょうど5万!」


「却下だ」


 そもそも手持ちのDPが足りていない。


「え~」という声を無視しながら、ようやく停留所に着いた。乗合馬車があったためちょど出発前に間に合ったのかと思ったが、どうやら誰も乗客がいないから出発を見合わせていただけらしい。

 そりゃそうか。王都に行ったところで宿場町に来る人もいないだろうしな。

 俺たち――一人と一匹だけのために馬車を出させるわけにも行かず、少し割高になるのを承知で、厩舎で馬を一頭借りていくことにした。乗馬は決して得意とは言えないが、幸い普通に走らせるくらいなら問題ない。


 馬の良し悪しはわからないものの、とりあえず元気そうな葦毛のやつを借り受ける。……当然馬はここまで返しに来なくてはいけないので、次にダンジョンに戻るときには転移結晶は使えない。


「ふふふっ、主従水入らずとはいきませんでしたが、お馬さんだけなら気兼ねなくおしゃべりできますね!」


 肩の上でやけに楽しそうにしているディアを横目に、俺は慣れない手つきで手綱を振るい、馬を走らせるのだった。

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