第2話

「……なぜ黙っているのでしょう?」


 …………しばらく固まっていると、ファンシーなケットシーは気まずそうに尋ねてきた。


 いや、まあ……想像とだいぶ見た目が違ったし、モンスターが流暢に喋りはじめたらフリーズもするわ。


「えっと、ケットシー? なんだよな?」


 大きさは子猫くらいで、宝石みたいな青い目と、ふわふわとしていそうな純白の毛並みが特徴的だ。見た目は種族で共通なのか、個体によって変わるのかは不明だ。


「あ、はい。ケットシーです。名前はまだないです」


 Z氏の世界の文学小説みたいなセリフを吐いたが、特に意識してのことじゃないだろう。


「いえいえ、わざとですよ? ウィットに富んだ会話をご所望かと思いまして」


「なっ、まさか心が――!?」


「読めるわけではないです。主さまは考えていることが顔に出過ぎですよ」


 ……なるほど、初めて言われたが、昔から賭け事の類にめちゃくちゃ弱いのはそれが理由か。

 つーかずいぶんと馴れ馴れしいやつだな。別にいいけど。


「……いや、それよりも、言葉が話せることもそうだし、あの世界――地球や日本の知識もあるのか?」


「そうですね。召喚された時、ダンジョンに関する知識と一緒にインプットされたようです。……しかし、主様は日本人ではありませんよね? ダンジョンマスターだということは感覚的にわかるのですが、一体どういうことなのでしょう?」


「あー、話すと長くなるんだが……」


 俺は前任管理者のZ氏のことと、ひょんなことからマスターになってしまった俺自身のことを掻い摘んで説明する。


「……なるほど、それで他のマスターの管理するダンジョンでDPを稼ぐため、戦闘要員として私を召喚したと」


「そんな感じだな」


 ケットシーは小首を傾げながら思考を巡らせているようだ。

 ひくひくと揺れるひげを見ていると、やがてケットシーは考えを振り払うように頭を振った。


「……いくつか不明な点もありますが、とりあえずは主様の疑問にお答えしましょうか」


「俺の疑問って……なんでお前が話せるか、か?」


「ええ。私が言葉が話せるのは、主様が私の知性を種族上限の80に設定したからかと」


「種族上限?」


「はい。モンスターの知性には、それぞれ種族ごとに下限と上限が設定されています。ゴブリンなら下限が10、上限が30といった具合です。私、ケットシーは下限が30になっているので、そのままでも人語を理解するくらいはできたはずです」


 なるほどな。ということは、ゴブリンにどれだけ知性の値を振っても言葉を喋ったりはできないわけか。……いや、言語に関するスキルなんかを習得させれば可能なのか? ゴブリン一体にそこまでのコストをかける必要はないだろうが。


「ちなみに、知性50程度のケットシーはちょっと抜けてて、言葉も拙いので語尾に"にゃ!"とか付きますよ。私もそんな感じで喋った方がいいですか?」


「……いや、普通でいい」


「了解だにゃ!」


「…………」


「じょ、冗談ですよ~。そんなに冷たい目で見ないでください」


 ……薄々感じていたが、こいつ結構うざいぞ。毛並は魅力的だが、一向に撫でてやる気にはならない。

 ぶっちゃけこいつをダンジョンに留守番させて、他のモンスターを呼び出すことすら視野に入れたい。


「ご、ごほん! とにかく、私は頭が良いので新米ダンジョンマスターの主さまに色々とアドバイスもできるかと思いますよ」


「アドバイスって……具体的には?」


「そうですねぇ。まず、主さまにとって今最も必要と思われるスキルオーブについてでしょうか?」


 それは……確かに、助言を貰えるなら助かるかもしれない。

 スキルは実際に使ってみないと効果の全容が把握できないが、コストも高いからおいそれと手を出せないからな。


「主さまも理解しているかと思いますが、まず『隠蔽』は必須です。鑑定スキル持ちに見つかったら、一発でダンジョンマスターだとバレてしまいますからね」


 そこは俺も考えていた部分なので素直に納得だ。


「ですが、いずれは『超隠蔽』の方に切り替えたいところですね」


「……『超隠蔽』?」


「はい。『隠蔽』は『超鑑定』に対しては無力なので。それを防ぐための『超隠蔽』のスキルオーブが500万DPで生成できるはずです」


「ご、500万て」


 当然ながら、俺のメニュー画面には表示されていない。

 そこまでDPが貯まるのはいつになることやら。


「あと強くお勧めしたいのは、魔眼系のスキルですね」


「魔眼って、あの魔眼か?」


「ご想像の通りです」


 魔眼とは、片目に様々な特殊能力が宿るスキルだ。有名どころはとあるAAA級探索者が持つ『石化の魔眼』で、ダンジョン深層のモンスターすら石化させるらしい。

 しかし、『石化』ではないにしろ、魔眼は能力の使用時に少なくない魔力を消費する。元から魔法など使えず、魔力も低いであろう俺とは相性が悪いと思う。普通に考えたらもっと有用そうなやつはありそうなんだが……。


「理由を説明しましょう。魔眼系スキルはその特性上、目が見える状態でなくては発動できません。では、主人さまの右目のような場合にはどうなるか……」


「その答えは……」と溜めて、俺の眼帯に隠れている右目をピシっと指さした。


「新たな眼球が自動で生成されて目が見えるようになるのです!」


 ……うさんくさいな。


「いやいや、本当ですって」


「……お前だって実際に試したわけじゃないだろ?」


 なんたって、さっき生まれたばっかりだし。


「試さなくても、DPやアイテムの法則性を理解していれば答えは導き出せます。ダメだったら私をリコールしてもらってもいいですよ?」


「え、そんなことできんのか?」


「いえ、できませんけど」


「…………」


 ケットシーはまた咳払いをして、少し真剣な顔になって言った。


「主さま。戦闘において、片目が見えないというのは大きな弱点です。大勢のパーティなら弱点を補った立ち回りも可能かもしれませんが、主さまは他の探索者とパーティを組むつもりはないのでしょう?」


 ……確かに、それは正しい。ヘルハウンドやオークとの戦いで痛感した。

 ずっと浅層で戦うならともかく、今後はより多くのDPを求めて、さらにダンジョンの奥へと向かうことになるだろう。いずれ、この弱点のせいで窮地に陥ることも十分考えられる。


「でしたら、その克服は急務ですよ」


「…………わかった」


 言い負かされた形になって腹立たしいが、反論も出来ないので、メニュー画面で『魔眼』のスキルオーブをソートした。


 表示されている18万以下の魔眼系オーブが10種。今手が出せるのは『時制の魔眼』『炎焼の魔眼』『快癒の魔眼』くらいか。コストはそれぞれ、1万5000、1万8000、2万となっている。


「回復魔法は私が使えるので『快癒の魔眼』は除外、火を起こせる『炎焼の魔眼』も主さまの魔力量を考えると無駄になりそうなので除外ですね」


 勝手に消去法で選ばれたが、俺も同意見だった。残った『時制の魔眼』は使用すると周囲が極めてゆっくりに見えるという、意図的にゾーン状態を作り出すような魔眼だ。地味だが強力な能力であり、魔力消費もそこまで多くはないらしい。


「それじゃあ、生成してください!」


 ……全く、どっちが主従だか分かったもんじゃない。

 言われた通りに『時制の魔眼』のスキルオーブを生成し、出てきた玉を持って「右目に使う」と強く念じると、玉は光となって俺の右目の眼帯の中に吸い込まれていった。


 そして……。


「……お」


 初めは違和感だった。しかし、眼帯を取って目を開けてみると、久しく見ていなかった両目の視界が俺を出迎えた。

 心なしか、この薄暗い洞窟も明るく見えるような気がしてくる。


 ケットシーの方を見ると、渾身のドヤ顔でこちらを見ていた。


「何か言う言葉はありませんか?」


「……ありがとう」


「どういたしまして!」


 ちょっと癪だが、俺一人じゃ絶対にこの発想には至らなかっただろうな。

 ポーションや回復魔法では、すでに塞がってしまった過去の傷は治らない。


 この視界と一生付き合っていくと思っていたのにな。自分で召喚したモンスターとはいえ、わりと大きめの借りができてしまった。



▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲



「まあ、強化に関してはこんなところでしょうかね」


「そうだな」


 それから『隠蔽』のスキルオーブを使用し、残りのDPが2万を切ったところで強化は打ち止めだ。今後何があるか分からないし、流石にある程度のDPは残しておきたい。


 ちなみに、ステータスの方も一応確認しておいた。プライバシーがどうのと文句を言ってきたが、まともに取り合っていると日が暮れてしまいそうなのでスルーした。


種族:ケットシー

所持スキル:衰弱魔法

      回復魔法



 こんな感じだ。称号や特殊称号などはなく、スキルも見る前からわかっていたものだ。


「……じゃあ王都に戻るとするか。今度はあの行商人もいないだろうし、宿場町までは歩く必要があるな」


 王都の西に行くって話だったからな。それにこっちは転移結晶を使って一瞬で戻ってきているので、鉢合わせてしまうと変に怪しまれそうだ。


「主さま主さま」


「ん、なんだ?」


「大事なことを忘れていませんか?」


 大事なこと……?


「私、まだ名前をもらってませんよ!」


 ……ああ、そういえば心の中でずっとケットシーとばかり呼んでいた。

 いきなり言われても、それらしい名前なんて浮かんでこないな。


「つーか、名前つけたらごっそり魔力持っていかれたりしないか?」


「しませんよ。あと進化して別種族になったりもしません」


 よし、それなら安心だな。


 うーん、名前名前、こういうセンスは昔からあまりないんだが……。

 特徴を元に考えてみるか。こいつの特徴は、猫。ぬいぐるみっぽい。あとは……かなり物知りだな。


 あっ。


「……ディア」


「ディア……地球で最もポピュラーな言語で親愛を表すDearですか。鹿のDeerと混同しそうですが、この世界ではあまり関係ありませんね。……主さまが付けたにしては良い名前ですね。気に入りました」


「……そうか。じゃあ、これからよろしくな。ディア」


「はい! よろしくお願いします! 主さま!」


 手を差し出すと、ディアは頬を赤らめながら、小さな手で握り返してきた。


 そのいじらしい姿にちょっとした罪悪感を覚え、俺はDPでとあるアイテムを生成した。


「……えーと、これ、いるか?」


 DPで生成したちょっと高めの猫缶をディアに渡してみる。


「これ……プレミアムなお魚のやつじゃないですか!」


 ディアは「知識としては知ってましたが……実物を見られるとは……!」と大袈裟なくらいに喜ぶ。


「本来ケットシーに食事は不要なんですけどね。ありがたくいただきますよ!」


 ディアは小生意気だが無邪気な顔で、こちらに向かって笑いかけてくる。


「むふふ~。良い名前ももらえたし、猫缶ももらえたし……ありがとうございます、主さま!」


「……おう」



 …………言えない。


 ……ディアという名前が、実はウィ〇ペディアから取ってきたなんて。


 そんなことを内心考えながら、俺は猫缶に大喜びするディアを眺めていたのだった。

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