第6話 遥か太古からの宿命

 遥か昔、遠い宇宙の彼方にある獅子座の星から地球にやって来たロギエルは、まだ未開の原始人だった太古の地球人たちに文明を授け、彼らの神となって支配した。こうして誕生した超古代文明はロギエルを自分たちの守護神として崇拝し、その人智を超えた神託によって高度な技術や文化を急速に発達させ繁栄を謳歌した。

 ロギエルは自らの手で文明化させた人類に自分を崇めさせ、その中でも特に信仰の篤い者たちを選んで故郷である獅子座の惑星へと連れて行った。ロギエルに忠誠を尽くして敬虔な信者として生きることで、自分もそのように神に認められ、神の御許みもと である天の楽園のような星へ召されたいというのが超古代の人々の強い願いであった。


 だが、宇宙から来た侵略者であるロギエルに従おうとしない人間たちもいた。そうした不敬な反逆者への天罰として、ロギエルは自分たちの星から巨大な竜を連れて来て、その竜が口から吐く灼熱の炎によって彼らに死を与えた。

 しかし反逆者たちは神が遣わした竜をも倒そうと企て、竜よりも巨大で強力な泥人形ゴーレム を黒魔術によって造り出した。それがザデラムである。アヴサロスと呼ばれる赤き竜とザデラムは各地で死闘を繰り広げ、神に対する反乱は激化して、いつ果てるとも知れなかった。


「未だに信じられないが……ハワイやインドネシアやソロモン諸島を初めとする太平洋一帯で出土した当時の記録はいずれもその事実をはっきりと物語っている。学術的な証拠に率直に向き合うならば、超古代文明を人類に築かせたのは獅子座からやって来た宇宙人だと解釈するしかないだろうね」


 旭川へ向かう高速道路を突っ走る車の中で、宏信は強張った表情を浮かべつつ言った。

 宇宙人というものが本当に実在し、しかも彼らはおよそ一万年前の地球を訪れて原始時代の人間たちに文明を授け、いわゆる植民地としてこの星を統治していた。摩周岳を初めとする各地で化石が発見されている巨大なドラゴンは、ロギエルと呼ばれるその宇宙人が侵略兵器として地球に連れて来た宇宙怪獣だったのである。この八年の間に行なわれた様々な研究の結果、明らかとなったのはそうした事実であった。前脚とは別に翼が生えているというドラゴンの特殊な体の構造も、地球とは別の星で進化してきた生物ならばそうした違いがあるのはむしろ当然のことである。


「問題はザデラムですよ。超古代文明人が生み出した強力なゴーレムが蘇って暴れ出したら大変なことになります」


 車のスピードを更に上げて大型トラックを追い抜きながら、運転しているアミードは言った。

 アヴサロスという名の竜に対抗して造り出されたザデラムは、魔術によって意思を宿した、土くれでできた超古代の戦闘マシーンである。太古の戦争において、ロギエルに従う魔術師の一人は北海道に送り込まれたザデラムの一体を何とか封印することに成功し、その結界を決して侵してはならないと子孫たちに語り伝えた。やがてアイヌ民族の祖先が北海道にやって来ると、その魔術師の子孫は彼らにその言い伝えを教え、それがアイヌの叙事詩であるユーカラにも取り入れられて現代まで残ったのだ。夕張岳に封印されていたザデラムが目覚めれば、封印前に与えられていた己の使命に従って破壊活動を再開し、北海道、いや日本全土に甚大な被害をもたらすのは明白であった。


「先生のお嬢様が、ザデラムを造った魔術師の血を引いているのは幸運でした。彼女の協力さえ得られれば、悪魔のようなザデラムを我々の手で制御できます」


 ザデラムは常に自分の意思のみで自律行動するわけではなく、当然ながら的確に作戦行動を遂行するよう人間の手で遠隔操作することもできる。宏信が七年前にニューカレドニアで発掘した呪文が刻まれた銅剣は、当初はロギエルを崇拝するのに用いられた祭具だと見られていたが、呪文の解読の結果、そうではなく逆にロギエルへの反乱のためにザデラムを操るコントロール装置だったと判明したのである。敵に銅剣を奪われて逆にザデラムを利用されてしまうことがないよう、ザデラムを造った魔術師たちは自分たちの一族の血を引く者だけが銅剣を扱えるように仕掛けを施していた。そして調査の結果、栗原家にはオセアニアの島々に残っていたその魔術師の子孫の血が流れていることも明らかとなったのだ。


「私の離婚した妻の母親が、実はオーストラリアの出身でね。ヨーロッパから来た白人ではなく先住民族の家系で、どうやら大昔のニューカレドニアで銅剣を使ってザデラムを操っていたその魔術師の末裔だったようだ。その人はもう何年も前に亡くなっているが、その子供である私の元妻、そして私の娘の未玖が、彼女の血を受け継いでいることになる」


 未玖の祖父である道郎は、日本に留学していたアボリジニの女性と結婚して娘の佳那子を儲けた。つまり佳那子は実は日本人とオーストラリア人のハーフで、彼女と宏信の子である未玖もアボリジニの血を引くクォーターなのだ。そして二人は、その日本で生涯を終えたオーストラリア先住民から超古代の魔術師の力を受け継いだ特別な人間でもあるのだった。


「初めは純粋に学問としての歴史の研究のつもりだったんだが、まさかこんなとんでもない話になるとはね。しかも私の身内が全ての運命を決めるキーパーソンになるなんて、未だに実感が湧かないよ」


「社長も全く同じ気持ちだと仰っています。あくまで趣味としての遠い過去の時代の探求から、よもや人類の未来さえ左右するほどの事態に繋がるとは夢にも思っていなかったと」


 自分が研究を資金援助している宏信からの報告を通じて事の全容を知ったラーティブは事態の収拾のため、日本にいるアミードに指示を送って復活するザデラムの制御を試みることにしたのだった。超古代の魔術師の子孫である未玖ならば、銅剣を使って復活したザデラムを従わせ、破壊と殺戮をやめさせることができる。母親の佳那子にも同じ力はあるはずだが、彼女は仕事で今はアメリカに行っており、日本に呼び戻すには時間がかかる。夕張で復活したザデラムを今すぐに止められるのは未玖しかいないのだ。ただし、これはあくまでも宏信らの考古学的研究から導き出された理論上の答であって、本当にその銅剣で未玖がザデラムをコントロールできるのかどうかは実際にやってみなければ分からない。


「とにかく、試せるものは試してみよう。他に良い方法も見当たらないんだからね。分の悪いギャンブルかも知れないが、賭けもせずに全てを失うよりはましだ」


「了解です。急ぎましょう」


 うなずいたアミードはアクセルをまた強く踏み込んで車を加速させた。旭川市内に出るインターチェンジは、もうすぐである。


「未玖は電話に出ないな。さっきから繋がってはいるんだが」


 先ほどから応答のないスマートフォンの画面をもう一度タップして、焦りを募らせた宏信は未玖にまた電話をかけ直してみることにした。




 旭川ライジングスタジアムで行われているサッカーの試合は、既に大詰めの後半アディショナルタイムに突入していた。一点をリードして守りを固めるアウェイのサンタクルスから何とか同点ゴールを奪おうと、地元の大観衆の声援を受けたライザーレの選手たちは必死の猛攻を仕掛ける。


「頑張れ! 拓矢行けえっ!」


 得意のドリブルで相手のディフェンダーを抜き去り、ペナルティエリア内に切り込む拓矢。手に汗を握りつつ、ゴール裏の観客席にいる未玖も周囲のサポーターたちと共に懸命に声を張り上げる。ジーンズのポケットに入れていたスマートフォンが鳴っているのにも気づかないほど、周囲はサポーターの大歓声で騒がしかったし、未玖自身も終盤の攻防を迎えたこの試合にすっかりのめり込んでしまっていた。拓矢が放った右足のシュートはサンタクルスのゴールキーパーに弾かれ、惜しくも得点とはならずにピッチの外へ転がる。


「これがラストプレーね。決めろ拓矢!」


 試合終了間際にライザーレが獲得したコーナーキック。拓矢はニアサイドに位置取り、ゴール前にボールが飛んで来るのを待ち構える。このプレーが終わればすぐにタイムアップの笛が吹かれるということは誰もが分かっていた。ラスト数十秒での起死回生の同点劇となるか。張り詰めた緊迫感の中で最後のコーナーキックが蹴られようとしていたまさにその時、突如として遠くから、熱狂的なサポーターの大声援さえかき消すほどの大きな爆発音が響いてきた。


「あっ! あれは何だ!?」


 試合からいち早く目を離して音のした方へ振り向いた観客の一人が、スタジアムの外を指差して蒼ざめた顔で言った。一キロメートルほど向こうの市街地で、真っ赤な火柱が空高く立ち昇っている。

 それは俄かには信じ難い光景だった。六つの目を妖しく発光させながら低空飛行している蟲のような奇怪で巨大な物体が、左右の手についた大きな鋏から稲妻を撃ち出して旭川の街を爆撃しているのだ。


「怪物だ!」


「いや、宇宙人の円盤じゃないのか!?」


「とにかく、早く逃げろ! こっちに来るぞ!」


 マッハ五という弾道ミサイルに匹敵するほどの超高速で夕張岳の麓から飛び立ったザデラムは、日本政府や北海道庁、周辺の各自治体などに対応する時間を全く与えることなく、出現からわずか数分後には旭川市内への侵入を果たしていた。避難警報の発令や自衛隊の出動どころか、一体何が起こったのかという状況確認さえほとんどできない間にザデラムは都市に襲来してしまったのである。二万人を超える大観衆が詰めかけていた満員のライジングスタジアムは、何の前触れもなく突然現れた巨大モンスターの前にたちまち大混乱に陥った。


「何なんだ? あの化け物は……!」


 間もなく試合終了の時を迎えようとしていたサッカーの試合は中断し、ライザーレとサンタクルスの選手たちも芝生の上で恐れ慄きながら右往左往している。プレーを止めてスタンドの向こうに目をやった拓矢は、街を火の海に変えながらこちらへ進撃して来るザデラムを見て絶句した。


「た……大変だわ!」


 ゴール裏の応援席にいた未玖もザデラムの禍々しい巨体を目にして息を呑み、恐怖に立ちすくむ。ライジングスタジアムに向かって前進を続けるザデラムは象の鼻のように伸びた長い突起の先にある口からも紫色の破壊光線を放ち、付近に建っていた高層マンションを粉々に破壊した。


「拓矢!」


 ゴール裏のサポーターたちが悲鳴を上げて出口に殺到する中、席を離れてスタンドの階段を駆け下りた未玖は、出口ではなく観客席の最前列に行ってフィールドの上にいる拓矢を大声で呼んだ。


「未玖! 俺はいいから早く逃げろ!」


 群衆の中から一人離れた未玖がこちらに下りてきたのに気づいた拓矢は、遠くから両手を振ってジェスチャーで避難を促す。次の瞬間、ザデラムは右手の鋏から稲妻を発射し、スタジアムのすぐ隣に併設されている駐車場を撃った。爆発が起こって地面のアスファルトがめくれ上がり、停まっていたライザーレの選手たちが移動に使う大型バスが強烈な爆風を受けて吹き飛ばされる。


「きゃぁっ!」


 空高くまで吹き飛んだバスは炎上しながら宙を舞い、スタジアムの観客席を飛び越えてその最前列にいた未玖の上に落ちてきた。重さ数トンのバスが自分目掛けて真っ逆様に降ってくるのに気づいて、未玖は悲鳴を上げる。


「未玖っ!」


 フィールドの上から叫ぶ拓矢だったが、もはやどうすることもできない。真っ赤な炎の塊となって落下してくるバスを見上げて呆然としながら、未玖はこの時、死を覚悟した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る