第2話 薄汚れたタイムカプセル

 周りの家から夕飯の良い匂いが漂う夕方の帰り道。時刻は17時になるところ。

 湊の家に行く為、ニ人は学校の事、ゲームやアニメの話をしながら歩いていく。


「いや〜、何気に湊の家行くの初めてだわ!めちゃワクワクしてきた!」


「そういやそうだな。俺も家に学校の友達来るの初めてだ」


「やっほい!一番乗り!」


 今にもスキップしだしそうなくらいテンションが高い柊に、「大袈裟だな」と笑うが、内心こちらまで嬉しくなってくる。

 ニヤける顔を隠しつつ、角を曲がろうとした瞬間――


「うわっ!」


 丁度曲がった先から人が来ていたらしく、その人と湊は避けることができずにぶつかってしまった。


「だ、大丈夫!?」


 それを見た柊が慌てて側に寄ってきた。


「平気だよ。あの、ぶつかってすみませ…」


 柊を落ち着かせ、ぶつかった人へ謝ろうと顔を上げると、その人物の威圧さに思わず固まってしまった。


 湊の背より少し高く、黒のニット帽からは零れ落ちた金髪が夕日に反射し輝いている。耳にもばちばちのピアスがしてあり、いかにも不良の出立ちだった。

 

 固まる湊に男が手を伸ばす。これはもしかしたら殴られるのか…。勝手な妄想をし、身構える湊の隣から、


「よそ見してすんませんでしたお兄さん!!」


 柊が勢いよく頭を90°に下げ、何度目かの湊の腕を引っ張ってこの場から逃げ去った。


 伸ばしかけた腕をそのままに、男は追うでもなく、もう見えない二人の逃げていった道を眺めるだけだった。






「あっぶな〜。ああいうときはすぐ謝って顔を覚えられる前に逃げないと!」


「あ、ありがとう柊。助かったよ」


 なんとか湊の家まで辿り着き、安堵の溜息を同時に吐く。

 やっと着いた我が家のドアノブを回し、ドアを開けると、台所から夕飯の良い匂いが鼻を刺激する。

 靴を脱いでいると、リビングから目尻に皺を寄せた優しそうな女性が湊達を迎える。


「お帰りなさい。そちらの子がお友達?」


「ただいま、おばさん」


 おばさんはエプロンで手を拭きながら、柊に軽く頭を下げて挨拶する。それに慌てて柊もお辞儀をし、挨拶をする。


「初めまして、樋口ひぐち 柊といいます。今日は急にお邪魔してすみません」


「あらいいのよ、いつでも来て。柊くんの話はよく湊くんから聞いてるわ。仲良くしてくれてありがとうね」


「ちょっ、その話は」


「あら湊くん〜。僕のこと大好きかよーー」


「あ〜黙れ黙れ」


 まさかその話をされるとは、からかう柊に暴言を吐いて騒いでいると、リビングからもう一人、湊よりも明るい茶髪をお団子にした可愛らしい女性が来た。


「おばさーん、醤油が無くなって…あ、お帰りなさい湊くんに柊くん」


 ふわりと花が咲いた様に笑うこの女性、日野ひの 香織かおりは、湊の幼馴染である。ここに引っ越す前は親友であった香織かおりの弟と三人でよく遊んだものだ。


 そんな香織は料理をしていたのか、空の醤油瓶片手にエプロン姿でいた。

 その姿に柊はボンッ!と音が鳴りそうなくらい顔全体を赤く染め、あわあわとしだす。


「か、かかか、香織さん!!?なんでここに…」


 あからさまなその態度に、見ていた湊はまたかと呆れる。

 慣れているのか、はたまた気づいていないのか、香織は平然と柊の質問に答える。


「偶に大学終わりにここで夕飯作りに来てるの。育ち盛りがいるとおばさん一人じゃ大変でしょ?」


「う…うらやまーー!!!幼馴染の手料理とか!!!」


「おい!やめろって!!」


 まさか想いを寄せている相手の手料理を食べていたとは、柊は思いっきり湊の頭をぐしゃぐしゃにする。

 そんな様子におばさんはつっこまず、それより驚いた様に香織に聞く。


「香織ちゃんと柊くんはお知り合いなの?」


「はい。通学が一緒になることがありまして。その時によくお話ししてます」


「あら、そうだったのね」


「そうなんです!香織さんからよく湊の昔恥ずかしい話を聞かせてもらってます!」


「お前は一回黙っとけ!」


 湊と柊はお互い押し合って揉めていると、香織はハッとした顔になり、本来の目的であった醤油の場所をおばさんに聞きだした。


「そうだった!おばさん替えの醤油はどこに置いてますか」


「そうだったわね、一緒に台所に戻りましょ。2人も、しっかり手を洗うのよ」


 はーい、とニ人して声を揃えて返事をする。

 それにおばさんは「仲が良いわね」と笑い、台所へ向かうべくリビングへ姿を消す。


 手を洗っている時も柊は羨ましいと騒ぐ。こうなってしまった柊は、暫くはどうにもならないので、無視してリビングの奥にある和室に向かう。ここは夜、おばさんが寝室にしている所で、部屋の片隅には仏壇が置いてあった。

 仏壇には微笑んでいる男性と女性の写真が飾られており、湊は慣れた動作でおりんを鳴らし、手を合わせて写真の人物にただいまと挨拶をする。


 その様子だけ黙って見ていた柊は、写真の人物を聞く。


「もしかして写真の人って…」


「俺の両親」


「…」


 両親。その言葉を聞くや否や、柊も隣に座り手を合わせる。


「「……」」


 少しの沈黙の後、柊は呟く。


「優しそうだな」


「うん。優しかったよ…とても」


 しんみりと過ぎる時間。そこにおばさんがひょっこり現れ、「そういえば、」と話し始めた。


「今日庭にある倉庫の整理してたらね、湊くんが引っ越して来た時の荷物らしき段ボールがあったから部屋に運んでおいたの。確認しといてくれるかしら」


「段ボール?」


 そんな物、あっただろうか。もしかして箱を開けるのが面倒臭くなって仕舞ったまま忘れてしまったか、と湊は考えた。

 ひとまず夕飯前までには一通り確認しておこうと、柊と一緒にニ階にある湊の部屋へと向かう。


「自分の部屋とか憧れるなぁ〜」


「お前んとこはないの?」


「俺の家は団地だからなぁ」


 そんな家にエロ本を隠すとか勇気ありすぎるだろ、と湊は心の中で突っ込む。

 そんな事を思われてるとは知らない柊は、部屋の中をウロウロとしている。

 

 窓際にベット、どこで買ったか覚えていない脚の短い机。それと漫画や教材が入った本棚に勉強机と片付いた内装になっている。

 その中に一際目立つ、薄汚れた段ボールがひとつ、机の脇にぽつんと置かれていた。


 おばさんが言っていたのはコレか。と、ガムテープをビリっと剥がし蓋を開けると、独特の埃臭さが漂ってきた。

 マスクを付ければよかったと後悔しながら中を探っていると、部屋を勝手に物色していた柊も、一緒に中を覗きだした。


「うわ、アルバムここに入れてたのか。すっかり忘れてた」


 段ボールの中身は、忘れていた湊にとってはまるでタイムカプセルのようだった。

 昔住んでいた所から通っていた中学校の卒業アルバムや、それ以前のまだ年齢が二桁にいかない頃の写真もあった。その時宝物だったガラクタ等も端の方に落ちている。


 そんな中、湊は一番上にあったアルバムを手に取って開く。

 暫く開いていなかったアルバムはくっついており、ペリペリと音をたてる。


「お!湊わっか!」


「あんま今と変わんないだろ…」


 人のアルバムなのに楽しいそうに柊は笑う。


「柔道やってたの!?全然イメージ無いんだけど!え、剣道もやってんの!!?」


 あるページの写真に、今迄楽しそうに見ていた柊が声を荒げる。

 原因である写真は、柔道着を着た湊と剣道の部員達と撮った集合写真があった。


「悪かったな、イメージ無くて」


「いやいや。だって今帰宅部じゃん!」


「まぁ、そうだけど…。因みに中三は野球部だよ」


「なんでバラバラなんだよ!」


 そう突っ込むのは当然だろう。

 しかしそれには理由がしっかりとある。


 もう一つのアルバムを開くと、一番最初には家の前で笑顔で並ぶ家族写真があった。

 この頃はとても楽しかった。勿論今が楽しく無いわけではない。なんたっておばさんが居るのだから…。しかしそれでも、自分を育ててくれた家族の方が勝る。


「これって前の家の?」


「そうだよ」


 目を細め、愛おしそうに写真を指で撫でる。

 その表情を横で見ていた柊は、言いづらそうに口を開く。


「確かこの家で…黒い影みたいなモノに家族が殺されたんだよな……」


「………」


 柊が言ったその話は、確か高校に入学してニ学期の頃。幽霊やUMAが大好きだという変な奴に、ポロッと話してしまったのがきっかけで友達になったのだ。


「本当に信じてくれてたんだな」


 湊は物心ついた時からその"存在"が見えていた。周りに話すと、怖がったり、なかには気持ち悪がる子もいた。

 そのせいか、中学三年生の頃、家族が殺された時、警察や大人達は強盗にやられたのではないかと言っていたが、子供達は幽霊が見える湊が呪われているんだと、噂しだしたのだ。


 知り合って間もない柊も、きっと気持ち悪がると、その時勝手に思った。しかし柊は気持ち悪がるどころか、『俺はその話、信じるぞ!』と言ってきたのだった。


「友達なんだから当たり前だろ!」


と、俯く湊の顔を覗き込みながら、柊ははっきりと言いのけ笑う。その笑顔が昔と今と重なった様に見えた。


「だ・か・ら。自称専門家であるこの俺が、湊の両親を殺した影の正体を暴いてみせるからな!!」


「幽霊も見えないくせに?」


「お前もここに来てからは見えなくなったんだろ!?」


「まぁね」


 自称を付けるこの友人が、両親の仇を一緒にとってやる!っと宣言してきたのは良い思い出だ。


「お前も!いつまた黒い影が見える様になるか分からないから、せめて抵抗は出来るぐらいに鍛えろよ」


 パンチの素振りをしながら柊は言う。


「これでも中学ん時は鍛えてたよ」


「へ?そうなのか。例えば?」


 一体どんな特訓をしたのか、興味津々に聞いてくる。それに答えるべく、湊はアルバムを開く。


「例えば中一の時は対抗できるように柔道習ったり。でも正体不明の影相手に素手で触るのが怖くなったから辞めた。中ニは剣道部に入部したんだけど、物理が効かない事に気づいて、ならいっそのこと逃げ足が速くなれればと、中三の時に野球部で瞬発力と速さを鍛えた」


「あぁ、それであんなバラバラになったのか…」


 先程の疑問に納得した柊。しかしそこで新たな疑問が生まれる。


「んじゃなんで今は何にも部活入ってないんだよ」


「それは…あの事件以来見えなくなったから…。でも一応鍛えてはいるからな!」


「まじか!まぁーひとまず見えなくなって良かったな!」


「そう思うよ」


 ひとしきりアルバムを見終えてから、「それじゃあ続きをやってこー」と、張り切り出す柊から、また通知音が鳴った。


「うげ!もしかした母ちゃんかも」


「ここに来る事は伝えてあるんだろ?」


「ももも勿論!」


「…まさか、」


 本当は伝えていないのでは。疑いの眼差しを向けると、目線を合わせないように後ろを向いて送られてきた内容を確認しだす。見るだけなのに、何故か深呼吸を繰り返す柊。これは黒だろう。


 きちんと連絡するよう言いながら、作業を再開する。


「……なんだこの箱」


 数冊のアルバムの下から、木で造られた長方形の箱が出てきた。

 30cm以上あり、蓋には古い造りの小さな南京錠が付いていて開かない。


(こんな物、持ってたっけ?)


 いろんな角度から眺めるが思い出せない。

 揺らすとカタカタと音がし、中に何かが入っているのは確実だ。


(破壊してみるか…いや、なんかそれはしたくない気もする)


 得体の知れない物に、何故か今日の出来事がよぎった。

 扉から覗く白い手…


(いやいや、あれは近所の子供だ。幽霊とかじゃない)


 思い出したくもなく、頭を横に振る。

 

 何かの漫画で見かけた、針金で鍵を開けるシーンを思い出す。何か代用できる物が無いか、ヘアセットを探るとヘアピンが出てきた。ヘアピンを少し開き、小さい穴に当てがうと、ギリギリ入った。


(…なんか途中でつっかかってるような)


 ぐりぐりヘアピンを動かして中に入れようと試みたが、中に何かが詰まっているのか、奥まで届かなかった。

 何が詰まっているのか…見えるか分からないが一応覗こうと持ち上げる。


 すると同時に柊がいきなり大声をだし、振り向いて抱きついてきた。


「うわああぁあ!!!み、み゛など〜〜!!!」


「うわぁ!!」


 驚きで持っていた箱を思わずベットの下に隠す。

 何故か涙目の柊はそれに気づかず、母親から送られてきた動画を湊に見せてくる。


「ちょ、離れろって!」


「そー言わずに!これ見てくれよ〜!!」


 見てくれと突きつける携帯を、仕方なく見る。何やら大きい袋があるだけだ。すると――


ビリビリビリ!!


 紙を破く音がし、袋の中に破れた紙が次々と投げ入れられていく。


「これがどうし…って、まさか…!」


 そのまさかだった。


「俺の秘蔵品〜〜〜!!!!」


 やけに肌色の多い破られたページは、柊が隠していたエロ本であった。


「酷くね!?弟に悪影響だからったここまでする?」


「いや〜、まぁしょうがないんじゃね」


「何その冷たい反応!すましてるけど本当は湊だってエロ本隠し持ってんじゃないの!?例えばーーこのベットの下とか!」


「ちょっ!?やめろ!」


 同情を貰えなかったのと、エロ本を破かれた腹いせに、男たるもの…エロ本の一つや二つあるだろうと、柊の腕が先程木箱を隠したベットの下へと伸びる。


 まずい、そう思った瞬間


「湊くーん、夕飯できたよー。柊くんも食べてく?」


 何の合図も無しに開かれた扉から、夕飯を知らせに来たおばさんが現れたのだった。

 突然の来訪者に、ニ人はその場で固まってしまう。


「…喧嘩?」


 取っ組み合いの形になるニ人の姿に、おばさんは首を傾げる。


「じゃ、戯れてただけだよ!ここ片付けてから下に向かうから、先食べてて良いよ」


「そう?冷めないうちにきてね。柊くんも、親御さんさえよければ一緒に食べましょう」


「頂きます!!」


 今帰ってもご飯があるかどうか…。それ以上に香織の手作りという理由で柊は即答する。


「じゃあ柊くんの分もよそっとくね」


「ありがとうございます!!」


 フンフンと鼻歌まじりに出ていくおばさんを見送り、湊は言う。


「ノックもせずにいきなり入ってくる人がいるところで、エロ本なんか見れないよ…」


「そう、だね。なんかぁ…ごめん……」


 柊から同情を貰った湊は、出した物を段ボールに戻し、美味しい食卓が待つ場所へと向かったのだった。


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