第九話『憂鬱』

「ほんとに雨降ってきちゃった」

「私のせいじゃないよ」

「冗談だって。時期が時期だし、ちょっと早い梅雨なのかな」


授業がすべて終わり、今は放課後だ。

教室から外を見ながら望と二人で話しているところだけど、今日一日望を見ていて一つだけ分かったことがある。


「それにしても望って案外ポンコツだね」


体育の授業を見た限り運動神経は絶望的で、勉強も苦手らしく、さらには天気予報では降水確率もそれなりに高かったのに一切の備えなし。

高嶺の花のような存在に思えた望が、実は完璧とはほど遠くて今までよりも少し親近感が湧いた。


「うわぁ辛辣! でも朔の裏表のない素直なところ好きだよ」

「それは褒めてるの?」

「褒めてる褒めてる。最上級の褒め言葉だよ」

「……ならいいけど」


案外抜けてることが分かった望だけど、褒められるのはやっぱり嬉しいわけで。


「うーん、家近いし傘無くても大丈夫かな?」

「……ちょっといい?」

「っな、なに?」


朝から望の顔が赤かったからそうだと思ってはいたけど、おでこに触れて確信した。


「熱あるよね」

「……やっぱり? ちょっとだるいと思ってたんだよね」


私のせいだ。

私の我儘に付き合ったせいで体調を崩しているんだ。あのときから体調が悪そうにしてたから間違いない。


「家近いなら一緒に帰ろう? 私も近いから」

「移ったらどうするの」

「昔から全く風邪とかは引かないから平気」


元々私のせいだから仮に移ったとしても自業自得だし、それに望のためにしてあげられることがあるというだけでとても嬉しい。


「でも……」

「私の心配するなら、さっさと家に帰って休んでくれたほうが安心できて助かる」

「……うん、ごめんね」

「ほら、帰ろう」

「うん、ごめん……」


なんだか望らしくないなぁ……。


◇ ◇ ◇


「それにしても本っ当にくだらないよね。将来的には化粧の仕方を知らないと恥をかくのに化粧禁止したり、地毛ですら染めるよう促したり。それで学校側に迷惑がかかるならともかく、そうじゃないなら自己責任なのに」

「そうかもね」


体調不良のせいか学校ではちょっと弱気になってたように見えたけど、本調子に戻ったみたいで良かった。


「あそこが私の家。送ってくれてありがとね。今度遊びに来てよ! 次は絵を描くところ見せてあげるから」

「……ううん、もう絵はいい」

「なんで!?」


私のせいで、もう誰かが傷付くのも苦しむのも見たくない。

また我儘で振り回して望が体調崩したりなんてしたら私は……。


「別に見たくなくなったわけじゃないから、もし私が傍に居るときに描きたくなったら、そのときは見せてほしい」

「そっか…………」

「でも、望と遊びたいから今度遊びに行っていい……?」

「うん、絶対来て!  いつでもいいから!!」


用もないのに訪れるのを嫌がられたらどうしようと思ったけど、問題なさそうでほっとした。


「よかった。じゃあ、帰るね。ゆっくり休んで」

「またね。朔も気をつけて帰ってね」

「うん、また」


長居するのは良くないので、早めに切り上げて真っ直ぐ自宅へ帰った。

夜になっても望からの連絡がないだけで、どうしてこんなに退屈なんだろう。

今までどおりなら、勉強したり本を読んだりしていれば、何とも思わなかったはずなのに、何も手につかない、望のこと以外考えられない。

すごく心がもやもやしてダメそうなので、今日は大人しく寝ようそうしよう。


――翌朝、望から『今日休むね』と連絡が届いた。

朝からとても憂鬱だ。

当然、その日は望が学校に来ることはなく、そして次の日も、さらにその次の日も望は学校を休んだ。

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