第7話 弱み、あったんだね


 五組との試合が終わり、すぐに決勝戦が始まった。

 相手はほとんどが野球部員である一組である。


 「適当に頑張ってくるよ」


 杏は軽く素振りをしてバッターボックスへ向かう。

 僕たちのベンチからは応援の声がひっきりなしに聞こえる。


 「柊一、あの子こっちのベンチずっと見てるけど何かあるのかな?」


 僕は率直な疑問をぶつける。

 相手のセカンドに立つ女の子がこちらを見ている、というか睨みつけているのでは?

 少し紫の入った黒髪のロングがサラサラと風に揺れる。

 肌の色は雪のように白く、長身で細身なのでまるでモデルのようだ。


 「気のせいだろ? あいつは無視しとけ」


 こいつの言い草からするとおそらく、柊一の知り合いなのだろう。

 というか、あんな美人と知り合いなだけで罪深いと思う。

 断罪ものだ!


 「ごめん、全然ダメだった……」


 杏はしょんぼりとしながらベンチに帰ってきた。

 やっぱり相手は手強いようだ。

 瞬く間にスリーアウトになり、攻守が交代する。


 「今回は俺に任せておけ」


 柊一は口角を吊り上げてニヤリと笑う。

 普段はあれだが、仲間だとこんなに頼もしいとは……

 代わりに僕はキャッチャーポジションにおさまる。

 

 「早く投げろよ、どのみち俺たちの勝ちなんだからさ」


 一組の一番バッターは威勢よくいばり散らす。

 こいつは僕たちのというより週一の怖さを知らないようだ……

 柊一が投げたボールは綺麗な軌道を描き、バッターの顔面へとめり込む。


 「まず、一人目」


 柊一は淡々と呟いた。

 まるで眠れない夜に羊を数えるように……


 「あいつ明らかにやばいって!」


 「こんなの許してもいいのかよ!」

 

 「柊一、流石。勝ちに貪欲」


 最後の発言はおかしい気がしたけど、気づかないふりをする。

 対面の男はその瞬間、身震いしたように見えた。


 二人目のバッターは恐怖からかまともに動けず、普通にストライク三つでアウトになった。

 三人目のバッターはあの綺麗な彼女だった。


 「柊一、約束、覚えてる?」


 「ん? なんのことだったかな?」


 柊一は白々しく首を傾げる。

 やはり、二人は知り合いのようだった。


 「忘れたの? なら、まず脛骨けいこつをへし折る」


 「う、嘘だ! 覚えてる、覚えてる!」


 こんなに狼狽うろたえている柊一は初めて見たかもしれない……

 こいつにも弱みがあったんだな……


 「それなら、大丈夫。柊一が負けたら、言うことひとつ聞いてもらう」


 バッターボックスに立つ彼女は淡々と答える。

 なぜだろう……

 こんなにも美しいのにそれと同時に寒気もすごく感じるんだけど?


それは柊一も同じだったようでダラダラと冷や汗を垂らしている。

 それを尻目に彼女は右手の人差し指を斜め上にあげる。

 そう、ホームラン宣言である。


 「ちくしょー!」


 そう言いながら柊一が投げたボールはパンっと言う音に打ち返される。

 打球は右の方へ大きく逸れたが、伸びから考えるとホームランでもおかしくなかった。


 「残念……」


 彼女はそう呟き、バットを構え直す。

 いやいや、おかしいだろ?

 この華奢きゃしゃな体のどこにそんなパワーがあるんだ?

 柊一もよかったと胸を撫で下ろしていた。

 

 「柊佳とうか、それがラストチャンスだぜ」


 柊一が不敵な笑みを浮かべながら叫ぶ。

 でも、僕はわかっていた。

 これが虚勢であるということを……

 足がありえないくらい震えてるよ……


 「大丈夫。遠慮はいらないから。次は仕留める」


 この子、いちいち発言が不穏なんだけど!

 早く終わってよ!

 この空気にもう耐えられない……


 柊一の全身全霊の投球により、この回はなんとか抑えることができた。

 柊佳と呼ばれた女の子は悔しいと呟いて一組のベンチへと戻っていった。


 この恐怖の正体がわかった。

 表情が全く変わらずに淡々としすぎているからだ。

 例えるなら、殺し屋みたいな感じかな?

 まぁ、殺し屋なんて知らないんだけどね!


 「龍斗! 状況はわかっているよな?」


 柊一は息を切らしてこちらへ走ってくる。

 こんなに真剣なところ初めて見たかもしれないな……


 「俺はあいつに勝たなきゃいけないんだ……そう、これは絶対なんだ!」


 そうか、だから相手を脅してでも勝とうとしてたんだな!

 ようやく合点がいった。


 「だから龍斗、お前がヘマをしたら……」


 「へ、ヘマをしたら……」


 あまりの迫力に唾もまともに飲み込めない。

 息が詰まりそうなほどである。


 「ヘマをしたら、お前の息の根を止める……」


 人ってこんなにもハッキリとした殺意を出せるんだな……

 僕はまだ、死にたくないのでこの球技大会に全てを賭けることにしたのであった。

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