第6話 不戦勝


 四月も終わりにさしかかり、日中は半袖でも生活できそうに思える。

 ただ、風は少しひんやりとしており、過ごしやすい。

 そんな穏やかな気候の中、僕たち二年生は校内のグラウンドに集まっていた。


 先生による無駄に長い球技大会の開会宣言を終え、それぞれの会場へと向かう。

 ソフトボールの会場は開会式が行われた第一グラウンドで行われる。

 四百メートルトラックを作ってもまだ余裕があるほどの面積がある。


 「春咲さん、今日は楽しもうね!」


 彼女があまりにも緊張しているように見えたので、思わず声をかける。

 

 「はい、頑張ります!」


 春咲さんは少しリラックスできたのか、表情に柔らかさが戻った。


 「まぁのんびりしようよー。どうせ私たちの試合まで時間あるしさ」


 観月さんはそう言いながら日陰に座り込む。

 僕たちの学校は学年ごとに五クラスずつある。

 要するにトーナメントにすると一クラス余るのでシード枠が存在する。

 今回は、代表の柊一がジャンケンに勝利したため、僕たち二組は少し楽ができるのである。


 「そういえば、ポジションはどうするの?」


 杏が疑問を呈する。

 今回、僕たちのクラスからはソフトボールに十五人参加しているが経験者は皆無だ。

 なので、誰がどのポジションをしてもあまり変わらないように感じる。


 「なら、俺がピッチャーでもやろうか」


 ニヤニヤとしながら柊一が話に入ってきた。

 まぁ運動神経が良く、なんでもこなせるので適任じゃないかな?


 「その場合は龍斗、お前がサンドバッグだ」


 「そんなポジションは存在しない!」


 ソフトボールなのにサンドバッグってどういうことだよ!

 恐ろしい光景しか思い浮かばない。


 「すまない。間違えた、キャッチャーミットをやってくれ」


 「ボールを何度も身体で受けてたら死んじゃうよ!」


 サンドバッグってそういう意味か!

 柊一は容赦がないから、そんなことしてたら本当に死んじゃう……


 「安心しろ、たとえ顔面でボールを受けて変形しても今よりは悪くならない」


 「そこは心配していない! っていうより僕の顔はそこまで悪くないから!」


 本気か冗談かもわからない会話を繰り広げる。

 始まる前からなんでこんなに疲れているんだろうか?

 



 その後もなんてことはない会話で時間を潰し、ようやく試合の始まる時刻となった。

 勝ち上がってきた五組は僕たちと同じく経験者はいない。

 おそらく実力は五分五分といったところだろう。

 でも、一試合やってる分向こうのほうが上かな?


 コート内に入った僕は、なぜかピッチャーマウンドに立っていた。

 キャッチャーポジションには柊一がいる。


 「なんで僕がこっちにいるの?」


 「お前はコントロールがいい。球速は並みというかゴミだが、大丈夫だろう」


 「ゴミは余計だよ!」


 絶対、顔面にボールをぶち込んでやる!

 しかし、こいつはいちいち憎まれ口を叩かないと喋れないのか?


 「プレイボール」


 先生の気のない掛け声で試合が始まる。

 各々、適当にポジションについたのだが……

 なぜか全員外野にいた。

 七人が綺麗に外野に並んでいるのだ。


 「なんで皆、そんなに遠いの?」


 僕は大声で叫ぶ。

 せめて、形だけでもいいからポジションについてくれないかな?


 「外野は任せて!」


 「藍崎君ならできます! 頑張ってください!」


 「面倒くさいから打たれんなよー」


 まともな人間がいない!

 というより、僕がハブられてるみたいですごく寂しいんだけど……

 

 「龍斗、早く投げてこい」


 そうだ、キャッチャーの柊一がいるから僕は一人じゃない!

 そう思い、彼の方に振り返るとキャッチャーミットをバッターの頭の位置で構えていた。


 「そんなところに投げれるか!」


 僕は勢いでグローブを地面に叩きつける。

 ボールをぶつけて、怪我でもさせたら僕が悪くなるじゃないか!


 「問題ない、ソフトボールに事故はつきものだ」


 「故意は事故にならないよ!」


 大丈夫だ。と言い柊一はボールを投げるよう急かしてくる。

 僕はなにも知らないからな?


 「危なっ!」


 バッターの短い悲鳴が聞こえる。

 ボールは鼻先をかすめたようだ。

 僕は慌てて頭を下げる。

 悪いのは後ろのやつなんだ……恨まないでくれ。


 「ちっ! 外したか、しっかり狙えよ!」


 柊一は、しっかりとキャッチしたボールを投げ返しながら激昂げきこうする。

 その反応は明らかにおかしいだろ……


 バッターは完全にびびってしまい、へっぴり腰になっている。

 かわいそうに……


 「龍斗、落ち着いていけ。いくら暴投しても死球になっても大丈夫だ」


 それはいつまで経っても相手の攻撃のままだし、意味がないのでは?

 点も取られまくるだろうし、勝てないじゃないか。


 「全員仕留めて、再起不能にすれば俺たちの勝ちだ!」


 「降参します……」


 柊一の発言に命の危険を感じたのか五組は棄権した。

 まぁ僕でもそうしてると思う。

 賢明な判断だ。


 それにしても、柊一はソフトボールを別の競技と勘違いしていないか?

 たかが学校行事でここまでするなんて恐ろしいやつだ。

 改めて人間の心を持ち合わせていないのだと思い知る。

 試合をせずになぜか、決勝戦へ駒を進めるのだった。

 

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