陥落の主

クスクスと楽しそうな声が廊下に漏れてくる。

「………御方様は夕餉のことをお忘れなのだろうか……」

扉に背を預けた左太郎は大きくため息をついて、そのヒゲを揺らす。

「盛り上がってるからな。ま、俺らは本来飯なんかいらねぇんだ。今日は諦めて、酒飲んで寝るぞ」

その横でしゃがみこんでいた右太郎は大きく伸びをする。

「……私はお前と違って夜行性なんだ!これから明日の朝までが長いのだ!」

声を抑えながらも、感情を抑えられず、左太郎は口惜しそうに眉の毛をわななかせる。

「じゃあお前、あの中に、飯の直訴しながら入っていけよ」

「出来るか!!」

「声がデカい」

威嚇音を出す左太郎の頭を右太郎が叩く。

そして痛いとか、よくもやったなとか言う左太郎を引きずって移動する。


猫の子のように、首を持って引き摺られる左太郎は、右太郎に恨みがましそうな視線を送る。

「大体だ。右、お前、ワザと中の小童を焚きつけただろう」

右太郎は耳を揺らすだけで何も言わない。

「流石犬。人間にはすぐ懐くな。昔から小童に肩入れしていたが……」

文句を続けようとする左太郎を、右太郎は箱庭の中に投げ込む。

「ふん。損得勘定でしか人間と付き合えない猫にはわかるまいよ。俺は義に厚い犬だからな」

器用に回転して着地した左太郎に、右太郎は手元の酒瓶を投げる。

「俺は御方様が一番心安らかになるように動いてるだけさ。二人がねんごろになれば、中太郎の知識と能力で御方様は守られる。……キナ臭さが強くなってるこのご時世だ。中太郎は御方様を守る大きな盾になる」

危なげなく酒瓶を受け取った左太郎は、そんな右太郎を睨む。

「ふん!!私は情に厚い猫なんでな!あの小童を利用しようなんて思った事もない!あんなチビに業を負わせるなんて考えた事もないわ!!」

いきり立つ左太郎に右太郎はクックックと喉を鳴らして笑う。


右太郎は酒瓶を持って、自らも箱庭に飛び入る。

「本人は御方様が恋しくてかなわんのだ。別に良いだろう。中太郎は御方様の心を手に入れる。御方様は死にかけていた心を中太郎に救われる。相思相愛の『幸せな結末』だ」

酒瓶を渡された左太郎は複雑そうに二本の尾を振る。

「番いでなくては生きていけぬよう依存し合うのが『幸せな結末』なのか?」

不服そうな左太郎に、右太郎は懐から出した盃を投げてよこす。

「群れない動物にはわかるまいよ。困難が増えようと、悲しみが増そうと、分け合うことが無上の幸せなのさ。群れる動物はな。……とりあえず、めでたし、めでたしだ」

手酌で盃に酒を満たした右太郎は、その盃を高く上げた。

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目隠しの鬼 まなみ つるこ @Turuko_M

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