第二十三話『欲情』

 ゴズはベッドの上で目を覚ました。


「あ、気づいた」

 目の前にアイがいた。


「急所は外しといたからよ」

 アイの後ろからキムが言った。


「傷が治ったら、見つからないようにここから出て行け。そして二度とここには来るな。次、見つけたらその時は本当に殺す。分かったな?」



 そこは王庁内の救護室だった。

 ゴズはキムの計らいで一命を取り留めた。


 体に包帯が巻かれ固定されている。

 鬼の自然治癒力は人間よりも早いが、それでもしばらくは動けないだろう。


 しかし、自分はこの後は何処へ行けば良いのだろうか。  


 ゴズは眠くなり、またゆっくり目を閉じた。



       ・・・



 アイは王庁内の、高台の一室に案内された。

 トイレや大きな風呂も完備された広い部屋だった。

 窓から夜の展望を見下ろすと、遠くの方に街の明かりが見える。

 東京の夜景のような煌びやかさはないが、蛍の光のようにチラチラ点滅する夜色はどこか懐かしい感じがした。


 風呂に入り、ベッドに横になった。


 ベッドを囲むレースカーテンが、窓から吹き込むそよ風でサラサラ揺れている。


 ゴロンと寝転び、ハァと息を吐く。

 目を閉じると、瞼の裏側にキムの顔が現れた。

 少し垂れた大きな目、長いまつ毛、低くてきれいな声。

 それと、匂い。ギラギラした血と、消えない死の匂い。

 どれだけの鬼や亡者を殺してきたんだろう。

 悲しい目をしていた。


 アイの頭の中は、いつの間にかキムの事でいっぱいになった。


 盛り上がった胸筋、引き締められた腹筋、野生動物のようなしなやかな手足、きれいな指。

 体の細部まで覚えている。


 硬いキバ。柔らかい舌。耳に当たる息。


 力が抜けて下半身が熱くなっていく。


 アイは手を伸ばした。


 太腿の間が濡れている。


 指で触ると「んんっ‥‥‥」と声が漏れた。 


「キム」


 声に出してその名を呼ぶと、体の底がゾクゾク粟だった。


 オシッコを漏らしたみたいにジワジワ滲み出してくる。


「‥‥んっ‥‥」 


 ピチャピチャ水溜まりみたいな音がして、息が荒くなっていく。


「んんっ‥‥あっ‥あん‥‥‥あん」



 キム‥‥‥

 


     ・・・



 オナニーしているうちに、アイは寝てしまった。


 

 夢を見ていた。


 アイの夢はいつも決まって海だ。

 

 その日の夢は湘南のどこかの海岸だった。

 遠くに江ノ島が見える。

 シーズンオフだろうか。人はあまりいない。


 アイは海岸に座って波を見ていた。


「アイ」


 海の方から誰かが呼んだ。


 海の中からキムがサーフボードを抱えて出てきた。


 キムはアイの側まで来ると、犬のように首を振り海水を振り払った。

 水飛沫がキラキラ日光に反射する。


 濡れた髪を後ろに流し、アイのアゴの下に指をかけ、優しくキスをした。

 

「寒くないか? アイ」


そう言うとアイの後ろに座り、強く抱きしめた。


 

      ・・・



 ドン!!


 ベッドを蹴り飛ばされてアイは起きた。


 アイはパンティ一枚で大股を開き、ガーガーとイビキをかいて寝ていた。


「起きろ!」


 軍人のように叩き起こされた。


 寝ぼけ眼で上半身を起こすと、口から涎が垂れた。

 オッパイ丸出し。髪はボサボサで、目やにが付いている。


「‥‥‥ふにゃん?」


 変な声が出た。


 目の前にキムがいた。


 美しいビロードのコートにロングブーツを履いた、貴族のような凛とした佇まいでアイの前に仁王立ちしている。


 窓から暖かい日光が差し込まれ、鳥の声が聞こえる。


 ああ‥‥‥もう朝か。


 痴呆症の老人のように、外を向いてボンヤリしていると「支度しろ!」とキムが怒鳴った。


「‥‥‥ふぁい?」


 ボリボリと腹を掻く。


「出掛ける。下で待ってるからすぐに来い!」


「‥‥‥」


 全く頭が働いていない。

 ベッドの上に座ったままボーッとしていると、いつの間にかキムはいなくなっていた。


 何が起こったのか理解できず「ふぁ〜あぁ」とアクビをした。


 それから気怠そうに起き上がり、ゾンビのようにズルズルとトイレに行った。

 便座に座りオシッコしながら、またアクビをする。

 まだ眠い。


 それから風呂に行き、バスタブに水を溜め、そこに冷凍庫の中の氷をあるだけバラバラ入れた。


 それはアイの毎朝のルーティンだった。


 肩まで浸かり、上を向き「フゥ〜」と息を吐く。


 体中の結合組織や細胞の一つひとつが、ギューッと収縮していくように感じる。

 

 意識が覚醒していく。


 そして、思い出した。


 叩き起こされる、数秒前。


「おはよう」

 と声がして、アイはうっすら目を開けた。


 キムが優しい目でアイを見ていて、それからそっと額にキスをした。


 そう。あれは確かにキムだった。


 まるで二重人格のようなツンデレだ。


 体の芯が熱を帯びていく。


 スマホのプレイリストを再生すると、韓流アイドルBTKのヒットソングのイントロが流れた。



    『灼熱LOVE地獄!』


    作詞 作曲 ユア・アイズ・オンリー


 僕の耳元で囁いた 君の寝言 ♬


 心に深く 突き刺さったのさ♪


  「愛してる」


 それだけで僕は 生きていけるよ


 Good morning 愛しのダーリン♡

 Good morning 麗しのハニー♡


 灼熱LOVE地獄 ♫ 恋の予感♪


 君の中指をチューしたい!

 f○cked up! どうにかなりそうだ

 今日もしたい! 気持ちEこと


 灼熱LOVE地獄 ♪ ト・キ・メ・イ・テ♫


 関係ないのさ 君の気持ちなんて

 never mind 僕がイケれば

 それでいいのさ


 oh yeah 灼熱LOVE地獄 ♫


 oh yeah 灼熱LOVE地獄 ♪


 〜

 〜


 四つ打ちのバスドラに体を揺らし、艶かしく腰を動かす。


 体から湯気が立ち昇り、湯船の氷水がグツグツとマグマのように沸騰し始めた。


「ヒャッホーー!!」


 それはまさしく、灼熱LOVE地獄。


 恋の予感がした。

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