地獄編 番外

第十八話『十王会議』

 地獄を司る十名の王。

 そのトップに君臨する、王の中の王。

 閻魔大王はその日、ある審議にかけられていた。

 とはいえ、そこは閻魔王庁の王座の間。ようは自分の家。

 被告である閻魔大王は、壇上の玉座の上に行儀悪く膝を立て、九名の王達を見下ろしていた。


 十王とは、いわゆる「神」であり、そこに形という概念はない。

 王たちは、それぞれ好き勝手な容姿で段下の椅子に並んで座っていた。



「それでは、審議に入らせていただきます」


 ショートヘアのアジア系女性の風貌をした"平等大王"が口を開いた。キレイな顔立ちをしているが、目つきが鋭く好戦的な印象。


「閻魔大王、例の"ミツメ"の件ですが」

 閻魔大王が面倒くさそうに溜息をつくと「覚醒させた、というのは事実でしょうか?」と、平等大王が聞いた。

「確かに」

「それは閻魔さまの中で、何か思惑があっての行動だと捉えてよろしいですか?」

「思惑?」

「はい。その胸中をお聞かせいただきたい」

「‥‥‥胸中ね」

「閻魔様は護衛も付けず単独でわざわざ八熱地獄まで足をお運びになられた。それはご自身が直ぐに行動しなくてはいけない、地獄世界にとって差し迫った事態であったという認識で間違いないでしょうか」

「まあ‥‥‥そう言われれば、そうかもな」

「それは、どのような?」

「そうだな‥‥‥」

「意図を明確に示していただきたい」

「ああ‥‥‥」

「具体的には、どのような?」

「うん‥‥‥」

「大王様」

「‥‥‥」

「大王様?」

「‥‥‥」

「話、聞いてらっしゃいます?」


※ 平等大王= 十王 兼 四番隊「観音」総長

〈モデル〉参議院議員 日本眠眠党 党首 蓮 連包(れん れんぽう)



 閻魔は、平等大王が苦手だった。一義的な価値観を早口で捲し立てる高圧的な喋り方。人の話は聞かず自分の意見が通るまでしつこく食い下がる。二人の関係は長く、毎回行われるその熟年夫婦のようなやりとりに辟易していた。

 閻魔はいつものように "だんまり" を決め込んだ。すると平等大王は地蔵のように動かなくなった閻魔を見て「またですか」と、小さく舌打ちをして首を振った。



「閻魔大王。これで何度目か分かっておられますか?」

 ムッチリした体つきの"五官王"が険しい顔で嗜めた。タンクトップの下から鍛えられた大胸筋と乳首が、これ見よがしに浮き出ている。

「よもや数年前の事件をお忘れではあるまい。あのとき閻魔様が灼熱地獄に放たれた火を吐く恐竜 "ゴッ・ズィーラ" がもたらした被害を。今回の件は、あの時とは比べものにならない程の規模だ」


※五官王= 十王 兼 六番隊「普賢」総長

〈モデル〉俳優 マ・ドンチク(韓国)



「今回、叫喚地獄に空いた大穴の、現時点における被害状況を申し上げます」

 細身のスーツを着た"宋帝王"が平板な口調で、タブレットに書かれた資料を読み始めた。

「叫喚地獄の地表は大きく抉り取られており、その直径は12.58km✖︎14.75km。深さは下層の大叫喚にまで達しています。その際に出来た地割れや余震、そしてその時の大王様の"気"、および衝撃波、宇宙空間から月に落下し、滅した鬼と亡者の総数は、行方不者合わせ198万5748匹(人)に達しております」

 そこまで読むと宋帝王は顔を上げ

「亡者は良いとしても、失った鬼の被害は極めて甚大です。大王様。ミツメの力には、それに値するアドバンテージがあるとお考えですか?」と閻魔大王に疑問を呈した。

 

 ※宋帝王=十王 兼 五番隊「文殊」総長 

〈モデル〉SNSサイトHate book創始者 起業家 マーク・ザックリーンバーグ(アメリカ)



「でもそれは仕方ないんじゃないかな」

 "都市王"が口を挟んだ。

「進化発展にはそれなりのリスクは付きものだ。僕は推しますよ」 

 都市王は太った白人中年で、どことなく閻魔に雰囲気が似ているが、アポロキャップにメガネを掛けた容貌はインテリというよりオタクに近い。理屈っぽく、友達にはなりたくないタイプだ。

「能動的に新しい価値観を取り入れる姿勢。変化ですよ、変化。我々は現在エボリューションの途上にいる。現状維持は衰退に均しい。保守などという時代遅れのバイアスはさっさと取り払わなければ、いずれ地獄も人間社会と同じ運命を辿ることになる。そう思いませんか?」  


※都市王= 十王 兼 七番隊「勢至」総長

〈モデル〉映画監督 マイケル・ムール



「貴様、私に言っているのか? 言いたい事があるのなら直接言ったらどうだ!」

 一番前の席に座っていた"泰広大王"が振り向いて都市王を睨みつけた。 

「必要なのは秩序だ。我々は先人たちが守り通してきた規律を維持していかなければいけない。変化こそ破滅に向かう悪因だ」


※ 泰広大王= 十王 兼 二番隊「不動」総長

〈モデル〉アメリカ合衆国大統領 ジョージ・W・プッシュ



「しかし今は昔とは違う。泰広大王は現状を分かっておいでか」都市王が反論した。

「そもそも、件の"闇冥(あんみょう)事変"が起きていた最中も、あなたはゴルフに興じられていた。その証拠のVTRもある。泰広大王、あなたにはナンバー2の自覚がおありか?」

「あれは職務だ! 遊んでいた訳ではない」

「まあいいでしょう。その話は追々。しかし、あのクーデターから地獄世界は大きく変わってしまった。今でもその残党と、謀反する鬼たちの間に不穏な動きが見られる。またあの時のような事が起これば、それに対抗する戦力は十鬼の部隊の力だけでは賄えきれない」

「ミツメがその対抗戦力になると?」泰広大王が問うと「あ、あれは鬼などではない!」と、後ろの席から誰かが声を荒立てた。


 軍服にハーケンクロイツが刻まれた赤い腕章を付け、鼻の下に四角い髭を生やした"五道転輪王"が慌てて立ち上がった。


※ 五道転輪王= 十王 兼 八番隊「阿弥陀」総長

〈モデル〉アドルフ・ヒコラー(ドイツ)



「あ、あれはバケモノだ! す、すぐに殺すべきだ!」

「おい五道。お前さん、ミツメの鬼を知っているのか?」

 閻魔が身を乗り出して聞くと、五道転輪王の顔色が変わった。

「ミツメ族は遥か昔に絶滅した。見た事があるのは、その時から生きている元十鬼の霊鬼の爺さんくらいだ。なぜ、お前が知っている?」

「‥‥いえ。‥‥‥あ、あくまで噂で聞いただけで」

「‥‥‥噂ね。俺の所にはそんな噂、来てないけどな」


 閻魔が顎をさすりながら訝しげに五道転輪王を見ていると「どうでしょう、みなさん!」と"初江大王"が声を上げた。カジュアルなジャケットを羽織った爽やかなイケメンだ。

「この"ミツメ"の件、一度ぼくに預けていただけませんか?」

 両手を大きく広げ全てを受け入れようとする姿勢。自信に満ち溢れた眼差しと、キラリと光る白い歯。その若さと熱量に、他の王たちは一様に萎えた。


※ 初江大王= 十王 兼 三番隊「釈迦」総長

〈モデル〉フランス共和国大統領 エマニュエル・ミクロン

 


「僕にそのミツメを預からせてもらえませんか? もし、そいつを手懐ける事ができれば、我々の強い武器になる」

「や、やめろ!」五道転輪王が震えた声で叫んだ。

「だ、誰もミツメを手懐ける事はできない。あの鬼に理性はない。すぐに殺すんだ! さもなければ取り返しのつかないことになるぞ!」

「まあ、落ち着け」泰広大王が諌めた。

「初江大王、もしミツメが覚醒したらどうするつもりだ?」


「殺す」

 初江大王は静かに、しかしハッキリとした声で言った。

「お前に出来るのか?」

「ははっ! 僕ではありません。うちの隊長にやらせましょう」

「‥‥‥茨木か」


※茨木童子= 三番隊「釈迦」隊長。

 十鬼、四天王の一匹。

 史上最強の鬼「酒呑童子」の一番弟子で、地獄世界の鬼の中では三番目の実力を持つ。 

 地獄を揺るがした"闇冥(あんみょう)事変"を収束させた立役者。元人間。


「茨木童子。すでにその実力は酒呑を抜いたと言われている。実質、地獄世界では最強の鬼と言えましょう」

平等大王が立ち上がり是非を求めた。

「みなさん、どうでしょう? この件、初江大王にまかせてみては」

 そう言うと、平等大王は初江大王に何やら怪しげなアイコンタクトを送り、それから「そこの二名、どう思います?」と、一番端の席に座っていた泰山王と変成王に視線を送った。


 肥満体型の大柄な"泰山王"は、化粧をして女性の衣服を着ているがどこか中性的な雰囲気を醸しており、その隣に座っていた"変成王"は、もはや人の形すらしていなかった。

 黄緑色の肌に、腹は黄色とピンクの縞模様。ふざけたような大きなタレ目に、顔の下から戯画的な四角い出っ歯が飛び出している。全体的に丸く、その姿は国民的子供番組の例のあれ、「ガ○ャピン」そのままだった。

 同じような体型の二人の王は、ボンヤリその様子を一番離れた席から見ていた。


 ※ 泰山王= 十王 兼 十番隊「薬師」総長

〈モデル〉マツ○・デラックス


 ※ 変成王= 十王 兼 九番隊「弥勒」総長

〈モデル〉ガチャ○ン



「どう、って言われてもねぇ‥‥」

 泰山王が、やけにのんびりした口調でボソッと言った。

「結局、閻魔様の尻拭いでしょ? ねぇ」

と、泰山王は横にいたガチャピ‥‥変成王に同意を求めたが、変成王はノーリアクションで置き物のようにただ前を向いていた。

「‥‥‥」

「そもそも、閻魔様にはそんな崇高なお考えは無いよ」

「‥‥‥」

「地獄の事なんて何も考えてないんだから。いつもそうじゃない。周りを振り回すだけ振り回して、飽きたらあの火を吐く恐竜みたいにあと先考えずそこら辺にポイって。子供と同じよ」

「‥‥‥」

「あと、ミツメをどうしようって話ね。ミツメだろうとそこら辺の一兵卒だろうと、鬼は鬼。結局、ただの鬼なのよ。私達とは、表裏の関係にある "ヴィラン" (悪役)なの。神とはいえ、私達は思い上がらない方がいいわ。手のひらの上で転がしてる、なんて思ってたら目を離した隙に寝首をかかれるわ。鬼が求めてるのは平和なんかじゃなくて、混沌なんだから。だからその辺りは、奴らよりもしたたかに立ち回らないといけないと思うわ」

「‥‥‥」

「‥‥‥ていうか、なんであんた何も喋らな‥‥‥」

「不毛なり」

「いや、喋るのかよ!」

「ムッ○の言う通り」

「誰が、○ックだ!」

「ミツメの目玉をえぐり出して、見せしめに十鬼の前に差し出せばよい」

「いや、急に恐いわ!」

「恐怖で洗脳するのだ。ケケケケケケ」

「笑いかた!」


「口を慎め!」 

 五官王が、好き勝手な事をのたまう二人を諌めた。

 そして「閻魔大王様の前で‥‥‥」と、玉座の方を向いた瞬間、言葉を失った。

 

 既に、そこには誰も居なかった。


「ほらね」と泰山王が言い、

「不毛なり」と変成王がボソリとつぶやいた。



※ 閻魔大王= 十王頭目 兼 一番隊「地蔵」総長 兼 十鬼統括長 兼 新生物開発研究所CEO

〈モデル〉イギリス首相 チョリス・ジョンソン

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