古き盟約と新しい約束

「――というワケで、<影>の報告では、オズワルドとルミアはもう安心みたいよ」


 最果ての森の館の中庭で。


 テーブルセットでお茶を愉しむアンは、優しい表情でそう告げた。


 わたしは開拓村暮らしなんて、王子様のオズワルドにできるのか疑ってたんだけどさ。


 なんとか頑張ってるみたいだね。


 ルミアもさ、目が見えなくなって、異能も失くして……それでもオズワルドと一緒に生きていく事を決めてくれたみたい。


 領主連合のみんなからは、処刑すべきって声もあったんだけどね。


 アンやエドワードと一緒に、一生懸命説得した甲斐があったよ。


 確かにルミアは外道だったけどさ……


 それは、ちゃんとした親や師匠が居なくて、力だけが手の中にあって。


 周囲が外道に囲まれて育った所為だって……そう思っちゃったんだよね。


 ……あの時さ、霊脈を通してルミアの生い立ちを聞いて、わたし想像してみたんだよ。


 おばあちゃんもイフューも居なくて。


 ただ、この館とたくさんの魔道器と鬼道器だけが残されてたら。


 きっとわたしも、ルミアみたいになってたんじゃないかな?


 最初にこの館にやって来た人を盲目的に信じて。


 騙されてても気づかずに、その人に従ってたと思うんだ。


 そう思ったらさ、ルミアを赦しても良いんじゃないかって、そう思えちゃったんだ。


 ……あれからもう一年かぁ。


 あの後、わたしはエリュシオン消失跡を基点に、旧シルトヴェール王国領の霊脈整調して回ったり、ブラドフォードとなった国内に転移網を敷いたりで、それなりに忙しく動き回ってたんだよね。


 だから、ホント、ついこないだって感じだよ。


 半年前にアンが女王に即位して、ブラドフォード王国が正式に樹立されたから、とりあえずお役御免となったわたしは、最果ての森へと帰ってきた。


 まあ、三日に一度は王都や公都に行って、魔道指導してるんだけどね。


 養女になったんだから、公都のお城で暮らしても良いってエドワードは言ってくれたんだけどね。


 トランスポーターを使えば、いつでも行けるし、緊急時に備えて遠話器も預けてある。


 やっぱりわたしは、この森と館の暮らしが好きなんだ。


「――イフュー殿! 今日はこの宙陣の意図について、ご教授ください!」


 応接間の方から聞こえてくるのは、ルーシオの声。


 あの日、騎士達に捕縛されていたあいつは、騎士達と一緒にイフューが救出していた。


 あいつこそ、ルミアを使って陰謀を巡らせた張本人だから、わたしはてっきり牢屋に入れるとばかり思ってたんだけどさ。


 ……アンに「愛してあげよう」とか言って、気持ち悪かったし。


 けど、アンはあいつを赦した。


 ん~……というか、下僕にしたんだよね。


 今のあいつの首には、アンや王国に叛意を抱くと爆発する、魔道器の首輪が着けられている。


 アンが言うには、邪竜事変――あの日の出来事は、いまではそう呼ばれてる――で、人材不足になったこの国を支える為に、ひとりでも多くの上級魔道士が必要だからなんだって。


 アンを愛してるとか言い続けるキモい奴だけど、魔道の腕は確かなんだもんねぇ。


 まあ、あの日のアンの「自分より強い男が好き」発言で、ルーシオは自分を鍛え始めたみたい。


 時々、この館を訪れては、わたしやイフューに魔道の質問を投げかけてくる。


 今日はアンの護衛も兼ねての来訪だ。


「アンもよくあんなの近くに置いておけるよね。

 ……気持ち悪くない?」


「――慣れよ。

 魔道器のお陰で実害がないってわかってる分、政治よりやりやすいわ」


 そう言って、鼻で哂って見せるアンは、今日もカッコイイ。


 わたしはアンが持ってきた焼き菓子に手を伸ばす。


 初めて見るお菓子だったから、端っこをかじってみると、びっくりするくらい美味しくて。


「なにこれ。おいしい!」


「ポートラン商会の新作よ。

 ジンが東の都市国家群で流行ってるのを、レシピごと買い付けてきたんですって」


「へ~」


 国内一だったポートラン商会は、邪竜事変以降、その規模こそ縮小する事になったものの、今もなんとか商会を維持しているんだって。


 ジンはお父さんに赦してもらう為に、行商人になったそう。


 意外と性に合ってたようで、国内外を問わずにあちこち飛び回ってるみたい。


「ねえ、アンはさ……」


 わたしは背もたれに身を預けながら、空を見上げる。


「女王様になった事、後悔してない?」


「――なによ、急に?」


 怪訝な表情を浮かべるアンに、わたしは手遊びしながら俯く。


「だってさ、アンにはブラドフォードのお姫様で居るって選択肢もあったわけでしょ?

 わたしが国崩しなんてしちゃったから……」


 この一年、アンがどれほど頑張ってきたか、わたしは良く知ってる。


 それこそ寝る間を惜しんで、王国の体制を整える為に働いてきたんだ。


 今日、ここに来たのも一ヶ月振りで。


 やっと時間が取れたから、なんて笑ってたけど、わたしはちゃんと休めば良いのにって、ちょっと不満。


 アンに会えるのは嬉しいんだけどね。


「それを頼んだのは、わたくし自身よ」


 アンは笑って椅子をわたしの隣に寄せてきて、いつかのようにわたしの髪を撫でる。


「言ったでしょう?

 シルトヴェールは、すでに腐っていたの。

 誰かが立ち上がらなければならなかったのよ。

 そして、わたくしにはそれができる立場があっただけ……」


 そうしてアンは、思い切り伸びをして。


「まあ、ね。

 時々、法衣貴族を根こそぎぶっ飛ばしてやりたい気持ちになる事もあるけれど。

 振るう物が鉄拳からペンに変わっただけと、我慢しているわ」


「女王様になっても、アンはアンだね」


 わたしが笑うと、アンも優しく笑ってくれる。


「……それよりも、そろそろだと思うのだけれど……」


 まるで時間を確かめるように空を見上げて、アンはそう言った。


「なにが?」


 わたしが首を傾げてアンに尋ねるのと同時に。


「――クレア~、お客さんだよ~っ!」


 玄関からイフューの声がして、わたしは立ち上がる。


「……お客さん? 玄関からって珍しい」


 最近の来客は、だいたい中庭の転移陣からなんだよね。


「まあまあ、行ってみましょう」


 アンが笑みを浮かべながら、わたしの手を取って促す。


 ふたりで玄関まで向かうと、そこには鎧姿でボロボロになったヘリックが居て。


 彼はわたしを見ると、顔を真っ赤にしたけど、すぐになにかを決心した顔になって、わたしの前にやってきた。


「――古き盟約に従い、最果ての森を抜けて参りました」


 それは魔女の作法に従った口上で。


「へ、ヘリック、どうしたの?」


「良いから、黙ってお聞きなさいな」


 アンにお尻を叩かれて、わたしは背筋を伸ばす。


「共に歩んで行きたい娘がいるのです。

 最果ての魔女、どうかご助力を……」


「へ? へえ~、ヘリック、そんな人居たんだ? へ~」


 あれ? おかしいな。


 なんか目の前が暗くて、頭がふらふらする。


 前にお城で会った時、そんな事言ってなかったじゃん。


 ずっと鍛錬鍛錬で、へとへとになっててさ。


 それでも一緒にお茶の時間取ってくれてて。


 あれれ? なんだろ、涙出てきちゃった。


「は~、女心がわかってないのは、兄譲りなのかしらね?」


 アンが手を顔に当てて、深々とため息をつく。


「で、ですが、アンジェラ姉様!」


 その肩にイフューが飛び乗り、喉を鳴らして笑った。


「最果ての森を自力で越えて来た根性は買うよ。

 きっと口上もあれこれ考えてきたんだろうね。

 ――でもさ、ヘリック。

 ウチのクレアは、キミが思う以上にお子様なんだぜ?」


「へ? へ?」


 わたしはふたりとヘリックの間を何度も視線をさまよわせて。


「遠回しにせずに、ハッキリなさいな。ヘリック。

 ――鋼鉄を喰らいたいの?」


 ゴトリと、アンのスカートの中で物騒な音がした。


「わかった! 言うから!

 クレア! 僕は君の事が――」


 告げられたその言葉に、わたしは顔が熱くなるのを感じて。


 また涙が溢れ出そうで、思わずアンに抱きついた。


 頭がうまく回らない。


 思い出すのは、アンがルーシオに告白されたシーン。


 だから、きっとわたしは悪くないと思うんだ。


「――アンにっ! アンに勝てるくらい強い人が良い!」


 叫ぶわたしに、アンはため息をつきながら髪を撫でてくれて。


「そりゃ良い。ヘリック。キミ、これから大変だぜ?

 なんせ女王陛下は人外の領域だ!」


 イフューが笑って。


「そ、それでも! それでも僕は諦めない!

 クレア、約束するよ! 僕はきっと君に認められてみせる!」


 ヘリックが宣言すると、アンが笑った。


「――こうして、果ての魔女に新たな約束が生まれたわけね」





「――お母さん、お姫様って?」


 買ってもらったばかりの絵本に描かれた、真っ赤なドレスを着た少女。


 それを指差しながら尋ねるあたしに、お母さんは真っ赤な髪を揺らしながら、あたしの頭を撫でて優しく微笑んだ。


「……そうねぇ。民を愛し、時には邪竜さえ退治しちゃう、すごい人の事かな?」


 お母さんの言葉を聞きながら、あたしは絵本に書かれた文字を追う。


 最近、教えてもらったばかりだから、つっかえつっかえだけど、確かにおかあさんの言う通りの事が書いてあるみたい。


「お姫様になれば、あたしも竜を退治できる?」


「良く見てみて?

 お姫様のそばには、騎士も魔女も居るでしょう?

 お姫様でもね、ひとりじゃ竜は退治できないのよ?」


「――ほんとだ! じゃあ、騎士って? 魔女って? 最後に竜を改心させた、愛ってナニ?」


 尋ねるあたしをお母さんは抱き上げる。


「ゆっくり教えてあげるわ。

 いろいろと覚えて行きましょうね」

 

 お母さんは、あたしの頭を撫でて。


 それから優しく微笑んだ。


「そうねえ。それじゃあ、古き盟約と新しい約束から教えましょうか」





★あとがき――――――――――――――――――――――――――――――――★

 以上で、果ての善き魔女は悪のお姫様と共に ~この王国はもうダメっぽいから、滅ぼす事に決めちゃった~は完結となります。


 お付き合い頂きましてありがとうございました。

 お楽しみ頂けたなら幸いです。 


 もし「面白かった!」「もっとやれ!」と思って頂けましたら、フォローや★を頂けましたら幸いです。


 ご感想を頂けましたら、もっともっと嬉しいです。


 本作はこれで完結となりますが、ご要望が多いようでしたら、第二部も検討してみたいと思いますので、どうぞお気軽にご感想など頂ければと。


 それでは、また別のお話で。

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果ての善き魔女は悪のお姫様と共に ~この王国はもうダメっぽいから、滅ぼす事に決めちゃった~ 前森コウセイ @fuji_aki1010

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