Case.1 探偵なのに盗むんだゆ ⑱

 この話を読んで頂いている皆様、考えてみて欲しい。

 車の倍はある明らかに敵意を持った巨大ヤドカリが襲い掛かる状況を。

 そりゃ、特別な戦闘スキルや、防御スキルを持っていようものなら、動揺どうようするどころか不敵に笑みを浮かべたりして、華麗かれい圧倒あっとうしてかっこよく自身を演出できるだろう。

 だが、俺は所詮しょせん、しがない白玉製造人間シラタマ・ジェネレーターなのだ。

 つまり、


「ああ。人生っておもしろいなあ。実はさ、小学生の時、横の席のみっちゃんに告られたことあるんだ、でもさ、俺、それが告白ってことすら分からなくてさ」

「離れるゆ」


 完全に現実逃避モードに入った俺の腕をやま田はつかむと、思いっきりななめ後ろに投げる。


「あああああああああああああああああああああ?!」


 間違いなく10メートルはフライハイしている。

 不思議と滞空時間が長く感じ、俺はやま田と巨大ヤドカリの戦いをまるで映画のワンシーンのように、傍観ぼうかんする。

 突撃するヤドカリを軽いステップ(といっても数メートルは横に跳んでいるが)でかわしたやま田は、どこからともなく例の刺突剣フルーレを左手に持ち、反転し再突撃する敵を待ち構える。

 巨大ヤドカリは、やま田の目の前まで来ると、両手のハサミの連続パンチを目にも止まらぬ速度で繰り出す。

 やま田はその全てを最小限の動きでかわすと、隙を見計らって右のハサミの関節部分に刺突剣フルーレを突き入れる。


 決まったか……!


 と、思った次の瞬間、ヤドカリは逆のハサミをフック気味に打ち込む。

 やま田は刺突剣を手放し、後ろにぶが、ハサミはその前髪をかすめていく。


「凄いな……」


 と、妙に冷静さを取り戻した俺がつぶやいた瞬間。

 自由落下モードへと状況が切り替わり、地面の草模様が急速に近づく。

 だが、今の俺氏はきちんと頭が働いてくれるようだ。

 やま田と出会う前に、落ちたら確実に死にます高度から落下した経験が一度だけあった。

 その時、俺はどうした。

 追い込まれた俺は、俺だけにしか出来ないやり方で切り抜けたはずだ。

 その方法とは――。


「うおおおおお!!」


 地面へ向け指先を向け、下半身に力を込める。


 イメージしろ、生み出せ。

 体育館のマットみたいな、――白玉を。


 俺の指先から巨大な白玉が出現し、それにうつ伏せで飛び込む。

 それなりに衝撃はある、が、痛みは全くない。

 少しだけ口に押し込まれたそれを食べてみると、甘味があって、うまい。

 そう、ヘンテコな能力も、要は使いようなのだ。

 お父さん、お母さん、愛する妹よ。

 俺、白玉製造人間シラタマ・ジェネレーターとして、頑張ってるよ。

 ふかふか感触かんしょく安堵感あんどかんに包まれた俺は、まるで過呼吸寸前のような引き笑いを繰り返すのだった。

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