第2話 そうしてここで生きていく


 森を抜けるときに、たまたま死にかけの男に出会った。

 背中が切られていて、身動きが取れないようだ。

 声をかけるとまだ意識がある。


 彼の指示通り、腰のポケットにある薬を傷にかけると助かったがまだ動くことができなかった。

 子どもの私に大人の男を抱えて連れていくなんてできない。

 それで助けを呼んできてほしいと頼まれた。



 イヤだったけど、これもチャンスかもしれない。

 男の言葉に従って近くの街に行くと、門番の兵士がいた。

 どうやら金属鎧の国とは森を挟んだ別の国のようだ。


 預かっていた証明書を持って兵士に助けを求めると、私はすぐに保護され、男も救出されたのだった。



 男はこの街の有力者でカントと言った。


 森を出る寸前で信じていた護衛に切り倒され、金を盗られたのだという。

 犯人はすぐ捕らえられ、私は命の恩人ということで後ろ盾になってくれることになった。

 こればかりは運がよかったとしか、言いようがない。



 もちろんそこまでいくのに尋問された。

 10歳ぐらいの男の子だと思われたが否定も肯定もしなかった。

 それから名前と、どこからきたのかと、何の目的でそこにいたのかを聞かれた。

 名前はキラ、ナゴヤからきて、なぜここにいるのかわからないと答えた。


 嘘はつかなかった。

 名前は祖母が私を呼んでいたあだ名で、名古屋は祖母の家があったところだ。

 ラノベで嘘をつくとわかる魔道具が出てきたことがあったのだ。

 聖女召喚のことは私の推測にすぎないので、実質はわかっていないしね。


 思った通り相手は真贋スキルを所持していたみたいで、私がウソを言っていないことが証明された。

 私みたいな迷い人は時折いるらしく、深く追及されなかった。


 ラノベをしっかり読んでいてよかったと思う。



 その後、私はカントの勧めもあって冒険者になった。

 試してみれば聖焔以外にも他の攻撃魔法が使えたからだ。

 魔力操作を覚えると、生活魔法もできるようになった。

 相変わらず、治癒魔法と防御魔法は使えなかったけれど。


 だから聖女の力は隠して、そこそこの仕事をして日銭を稼いで生きてきた。



 向こうが勝手に間違えてくれたことだし男のふりをしていたけれど、そのうち体が女性化してごまかせなくなった。

 それで髪を伸ばし、女らしくするようになった。

 祖母の手前我慢していたが、そちらの方が好きだったのだ。


 そうなると男たちから声がかかるようになった。

 どうやら私の顔はこちらでもキレイな部類に入るようだ。



 召喚されてから3年経ち、隣国で魔王討伐が発表された。

 聖女様が降臨し、彼らを導いてくれるという。

 あの時の彼女だ。


 なぜ3年もブランクがあるのか不思議だったが、彼女が使い物になるまで待っていたのだろう。

 私だって聖焔は使えたけどそれだって今と比べると弱かったし、他の魔法もすぐにうまく使えたわけじゃない。



 おかげで私は同じ時期に召喚されたことを知られていない。



 ただ隣国では黒髪の女性を探しているという。

 どうやら攻撃魔法の使い手が別にいるのではないかと思い至ったようだ。

 名乗りを上げるつもりはない。


 今までの聖女はきっと純粋な日本人だったんだろう。

 外国の血のおかげで助かった。

 私の髪は洗おうが、引っこ抜こうが黒くないからだ。



 最近、よく声をかけてくる男がいる。

 名はエイモス、銀髪に赤目の美丈夫で割と好みだ。

 Aランク冒険者で他の女からも人気があって競争率が激しい。


 でも厄介なところもある。

 なぜなら彼は魔族で、たぶんその強大な力からして魔王か、その側近クラスだろうから。

 そして私が聖女だと気がついている節があるのだ。



「この間、聖女ご一行の出立式見てきたんだ」


「わざわざ隣国まで行ったの? すごいね」


「どんなものかと思ってさ」


「ふぅん、それでどうだったわけ?」


「きれいなドレスを着た、なかなか美人だったよ」


「へぇ、そうなんだ。それだけ?」


「キラの方がもっと美人だけどね」


「おだてたって何にも出ないよ」



 私は気になっていたことを聞いた。

「アンタ、魔族なんでしょ。

 魔王たおされたら、困るんじゃないの?」


「何のかかわりもないし、会ったこともないヒトが死のうが生きようが関係ないから」


「で、魔王ってどんな悪いことしたの?

 とくにそういう噂も聞かないんだけど」


 この国じゃ強力な魔族であるエイモスだって普通に冒険者として働いてる。

 だけど隣国で魔族が悪さをしたのなら、この国でだって評判が悪くなるはずだ。


 

「別になにも。

 隣国はさ、魔族に偏見があるんだよ。

 何かあったらいつだって魔族のせいだ。

 天候不順だろうが、貧乏になろうが、王様が病気だろうが、全部ね」


「そんなわけないじゃない!」


 それは言いがかりだ。

 この魔王討伐は、ただの侵略戦争なのだ。

 私はもう少しでそんな戦いの兵器にされるところだったのだ。



「この国みたいにわかってくれるところもある。

 ずっと前に魔族がこの国の王様と友達になって助けたんだ。

 隣の国にだってそうしようとしたのに、奴らはその時の魔族を切り捨てた」


 それなら魔族の方が恨みに思っていてもおかしくない。


「腹がたたないの?」


「たったよ、昔ね。

 でも話にもならない相手とケンカするなんて疲れるだけだ。

 皆殺しにして、せっかくできた他の友達との信頼が崩れるのも嫌だろ」



 代わりにエイモスから質問された。


「ねぇ、知ってる?

 召喚される聖女って、異世界で不幸な身の上だから呼びかけに答えるんだって」


「そうなんだ……。知らなかった」


 つまり彼女もあまり幸せではなかったということなのか。

 幸せの感じ方は人それぞれだし、そうかもしれない。


 でも彼女は少なくともいい教育を受けていたし、髪の毛も服もきれいだった。

 私は高校に行けるかも怪しかった。



「それで君はどうなの?

 魔王を斃しに行こうって思わないワケ?」


「思うわけない。

 行ったこともない国の、何のかかわりもない人たちが死のうと生きようと関係ないから」


 彼がさっき言った言葉は全く同感である。

 しかもアイツらは犯罪者なのだ。

 彼らの呼びかけに答えた記憶はない。

 つまり私の同意を得ずに、この世界に連れてきたのだ。

 何も知らない人たちには悪いけど、誘拐されて戦わされるなんて絶対に嫌だ。



「私美人なんでしょ。

 そんなつまんない話はやめて、ご飯でも行かない?」


「そうだね、お詫びにおごるよ」


「やったね」



 私は向こうで確かに幸せではなかった。

 だけど命を掛けなければならないほどではなかった。


 したかったのは異世界転生であって転移じゃない。


 欲しかったのはちゃんとした家族との生活であって、戦闘に明け暮れる日々ではない。

 それに転生を空想はしていたけれど、それは楽しい夢だったからだ。



 今は自分の手と足で稼ぐ日々だが、それは向こうでだってできたはずだ。

 安全で暮らすのであれば向こうの方が確実だった。

 けれどそれを今望んでもできない。


 だから私はこちらの世界で、向こうでもしたであろう恋をして家族を見つけるのだ。

 そうしてここで生きていく。


 エイモスがその相手になるかはわからないけど、これがそのきっかけになればいい。



 私は自分の意思で聖女にならなかった。

 この選択だけは満足している。


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お読みいただきありがとうございます。

今回からあとがきはつけませんので、よろしくお願いいたします。


私はウクライナとロシアとの戦争を、何のかかわりもないと思ってはいません。

キラの行った異世界と違って、今の地球は世界中が繋がっています。

じわじわと押し寄せる物価高や、プロパガンダの恐怖などをひしひしと感じる日々です。


あくまでも小説の設定として、このセリフを採用いたしました。


異世界ファンタジーと迷いましたが、キラが恋愛を求めているので恋愛ジャンルにいたしました。



5/14 追記

本日19時より、1時間おきに全5話(あとがきなし)で、本作品の続きを書かせていただきました。

『したかったのは異世界転生であって転移じゃない2』

https://kakuyomu.jp/works/16817139554506448912


この『したかったのは異世界転生であって転移じゃない1』に追加投稿することも考えましたが、今の状態でも1つの作品として成立しています。


そしてすでに読者様の皆様に評価をいただいておりました。

その評価はこの続きがない状態のもので、追加したらまた別の評価になると考えましたので、別投稿の形にいたしました。


どうぞよろしくお願いいたします。



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したかったのは異世界転生であって転移じゃない1 さよ吉(詩森さよ) @sayokichi

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