ある二人の皇女

つくも茄子

第1話プロローグ


その帝国には二人の皇女がいた。

同じ母を持つ嫡出の皇女たちは、父である皇帝から大層愛された。

皇帝には姉妹の母である皇后以外にも数多の妃がおり、数多の皇子や皇女がいたが、嫡出は二人の皇女のみであった。


帝国の皇位の在り方は少々変わっていた。

皇位継承を有する者は、皇族と公爵家の母を持つ皇子だけという決まりだ。

何故、そのような事になったかというと、単純に皇位争いを避けるためである。過去に幾度か酷い争いがったが故の措置であった。


時の皇帝には、次代を受け継ぐ皇子がいなかった。大勢の息子を持ちながら、皆、低い身分の母親から生まれた皇子ばかりであったためである。

皇室に跡取りにいない場合は、大公家から次代を受け継ぐことが法律で決まっていた。

それも皇位争いを避けるためのものである。

勿論、大公家も正妻が産んだ嫡出しか跡目を継げない決まりはあったものの、皇室と違って、正妻は伯爵家以上であればよかった。


皇帝の従弟にあたる大公家には跡取りの男子がおり、その男子がいずれ皇位に就くであろうと専らの評判であった。

眉目秀麗、文武両道の大公家御自慢の公子であったからだ。

しかも皇帝陛下のお気に入りでもあり、皇后腹の第一皇女との婚約も既に整っていた。

そう、皇帝自身も公子を次期皇帝と見ていたため、第一皇女を娶らせる事にしたのである。公子と第一皇女との婚姻を持って、公子は正式に立太子した。政略ではあるものの、二人は仲睦まじく、数年後には愛らしい皇女が誕生した。

皇太子の後宮には数名の妃がいたが、皇太子妃を敬っていたため、他にあるような妻同士の諍いは起きなかった。

皇太子妃の穏やかで善良な人柄は夫のみならず、夫の他の妻たちからも一目置かれていたのである。

ただ、唯一の気がかりは、嫡出の皇子が誕生していないこと。

その一点のみであった。





もう一人、嫡出の皇女がいた。

彼女は第六皇女であった。

同母姉の第一皇女とは十歳ほど歳が離れたいたため、母亡き後は、第一皇女が母親代わりに愛しんでいた。

第六皇女は第一皇女とは違い、やや家格の劣る侯爵家に嫁いでいった。周囲の者達は、第六皇女はてっきり御三家である大公家に嫁ぐものと思っていたのでこの結婚には驚きを隠せなかった。


何故、侯爵家に嫁がしたのか、と世間でも騒がれたが、侯爵家の嫡男と第六皇女は相思相愛の仲でもあったため、皇帝が第六皇女のワガママを叶えた結果であろう、と考えた。

数多いる子供達の中でも自分によく似た第六皇女に、皇帝は大層甘かったこともあり、世間は「冷酷非情とまでいわれた皇帝も人の親。愛娘には甘いのだろう」と囁きあった。

第六皇女は婚姻の一年後に可愛い若君を産み、それに酷く喜んだ皇帝によって嫁ぎ先の侯爵家は公爵に陞爵しょうしゃくした。

皇帝の贔屓が過ぎるという者もいない事はなかったが、嫡出の皇女を母に持つ若君がいずれ跡を継ぐ家という事もあり、殆どの者達が納得した。そこには、第六皇女の母親である亡き皇后様の実家である大公家からの催促もあったのではなかと、人々は囁きあった。皇女を母に持つ未来の公爵が、皇室と貴族を介する存在になる事を望んでの結果でもあった。様々な思惑の中で新たな公爵家は我が世の春を謳歌していた。

だが、その後一年も絶たずに嫡男が流行り病で若くして命を落とすという悲劇に見舞われてしまった。


若くして未亡人になってしまった第六皇女を哀れに思った皇帝は、第六皇女に宮殿に戻って来ることを勧めた。息子の若君もまだ幼く、公爵家ではなく宮殿で母親と共に暮らした方がいいという判断もあり、第六皇女と若君は皇帝の住む宮殿へと赴いた。


一度、婚姻していたとはいえ、嫡出の第六皇女には求婚者が殺到した。

その中には、義兄である皇太子の存在もあり、第六皇女を大層驚かせた。


皇太子には大勢の妃がいたが、正妃の子供は皇女だけであり、皇太子は跡継ぎ問題に直面していたのである。

正妃の同母妹である第六皇女は、婚姻して早々に男児を産んだという実績がある事を考慮にしたのも無理ない事であった。


皇帝も未亡人となった第六皇女の行く末を案じられたのだろう。

また、次期皇帝には己の血を引く孫が立って欲しいという願いもあった。

第一皇女が既に正妃として皇太子に嫁いでいるものの、その第一皇女からも第六皇女に皇太子の妃になって自分の傍にいて欲しいと皇帝に訴えてくるのだ。

第一皇女と第六皇女は仲の良い同母姉妹でもあった。

皇太子も信頼のおける人物である。


皇帝は苦渋の決断をした。


第六皇女を皇太子の妃として嫁がせる、と。


二度目の婚姻である第六皇女は質素にしようと考えていたが、「皇太子の後宮に入内する第六皇女が、他の妃に侮られてはならぬ」という皇帝の考えによって、それはそれは盛大に入内させたのであった。

第六皇女は、正妃に次ぐ高い地位を与えられ、第二妃として皇太子に寵愛された。

皇太子は正妃を誰よりも大切にしているため、その実の妹を蔑ろにしないという意志表示であろう、と噂された。

確かに、皇太子としては、正妃や皇帝の御機嫌取りの意味合いもあったが、正妃とはまったく違った魅力のある第六皇女を大変気に入っていた事も本当であった。


正妃は、物腰柔らかでいて気品溢れる嫋やかな美女であり、性格も穏やかで心優しく、淑やかな女性であり、良妻賢母の鏡であった。


一方で第二妃は、冷たい印象になる美貌の持ち主であったが、勝気で負けず嫌いの上にお転婆な少女で、頭の回転が速く、何時までも飽きさせない会話上手の聞き上手であった。


こうして、異なる美しさと正反対な性質を持つ姉妹は、皇太子の愛を独占し、同時に目出度く懐妊する事となる。

第二妃に皇子が誕生し、その数週間後に正妃にも皇子が生まれた。

皇太子は世継ぎと補佐する皇子の誕生に喜びを露わにした。

同じ歳の皇子は、どちらも母親ではなく父親似であった。


まるで双子のように似ていたのである。


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