第3話〜かつての勇者、1人と1匹〜


 香水のような匂いがする、シャロールの家の玄関。

 シャロールはタオルを持って玄関に戻ってくると、ボクとルナの肉球についた汚れをそっと拭き取ってくれた。


「じゃあ、奥の部屋へ行きましょ」

「ああ、邪魔するぜ」

「お邪魔しまーす」


 部屋の中にはピンク色のソファが2つ、丸いテーブルが1つ。大小4つのネコのぬいぐるみ。だが壁には鋼の剣や鉄の盾が飾られている。それを見て、ボクの〝勇者〟としての血が騒いだ。


「なあシャロール、ここはどういう世界なんだ。街の周りはあんな凶暴なオオカミとかがいっぱいうろついてやがんのか?」


「君たち、もしかしてこの世界のネコさんじゃないの〜?」


 ミルクを用意し床に置きつつ、質問を返すシャロール。


「ああ。ボクらはニホンってとこから来た。ここはニホンじゃねえよな?」


「ニホン? ここは、ケスカロールの街だよ。街の周りには魔物がいるんだけど、最近あることを理由に魔物が凶暴化していて……。さっきのオオカミさんは実は私の友達なんだけど……」


「魔物と友達だと? ならテメエも魔物なのか? ニンゲンのようで耳も尻尾も生えてやがるし」


「こら兄ちゃん、失礼じゃないか!」


 ボクは身構えたが、シャロールは首を横に振る。


「私は魔物じゃないけど……さっきも言ったように魔物と話せるスキル? があるんだ〜。魔物といっても、悪い魔物ばかりじゃないんだ。ちゃんと話せば、仲良くすることだってできるよ〜。……それなのに、魔物を悪だと決めつけて無差別に殺そうとする団体がいて、そのせいで魔物たちはみんな気が立ってて……」


 魔物を無差別に殺す団体——。この世界にも、悪いヤツらってのはいるんだな。


「そいつはひでえ話だ。ボクが戦えたら、そんな奴らとっちめてやれるんだがな。なんせボクは……かつて世界平和を勝ち取った〝勇者〟だからな!」


「え、ゴマくんは勇者なんだ? ちっちゃな勇者、可愛い〜。実は、私の旦那も、勇者なんだ〜。佐藤っていうんだけどね」


 シャロールはそう言って、壁にかけてある鉄の鎧に視線を向けた。傷つき錆びかけている鎧が、歴戦の痕跡を物語っている。


「ダンナ? お前ケッコンしてるのか、チッ。そいつも勇者ってか。ハハハ、どんな強さか、一度手合わせ願いてえなあ」

「佐藤は強いよ〜。あの〝スキル〟には、きっとびっくりするよ〜! 佐藤は今はお出かけ中だけど……」


 ルナが小さく「結婚してるのに苗字呼びなんだ……」と呟いた気がしたが、気にせずボクは鼻息を荒げる。

 

「面白え。ボクが転身の文句を思い出したら

ぜひ勝負させてくれ! ……ん?」


 ガタガタと、窓を叩く音がする。

 窓の外を見ると、青くプニプニとした物体の軍団が、窓ガラスに体当たりを繰り返してやがる。窓だけじゃねえ。シャロールの家の壁全体でボコボコと音がする。青い物体軍団が、シャロールの家に体当たりを繰り返しているみてえだ。

 シャロールが立ち上がる。


「スライム……⁉︎ そんな、何で街の中にまで……!」

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