第5話 新人冒険者達とソフィア ~前編~


「よお、しばらく宜しく頼むな」


 喜色満面なジムサの笑顔に微笑みを返し、ソフィアは集合場所を見渡した。


 今日から新人研修。彼女は友人宅に遊びにゆくと家に嘘をつき、今回の研修へと参加する。

 アリバイも作ってある。ソフィアの頼みを友人は快く引き受けてくれた。


 今日のために装備も用意したし、薬品も万全。頑張ろうっと。


 ふんぬっと意気込むソフィアだが、周囲の子供達に見られているのに気づいて、思わず赤面した。


 興味有げな眼差しでソフィアを見る五対の眼。彼女と変わらないくらいの子供達は、やや緊張したような面持ちで並んでいる。


 ジムサの話によれば、彼が担当するのは五人。その内二人は魔術師で、一人が弓、残り二人は前衛で剣と槍を持っていた。女の子も二人いる。


 良い構成のパーティーだ。ソフィアはそう思った。


「よっし、じゃあ行くぞ? 俺は基本的に手出しはしない。要所要所でアドバイスはする。分からない事があれば教えるから聞け。良いな?」


「「「「「はいっ!!」」」」」


 元気な返事と共に、チビッ子パーティーは出発した。


 目的の場所は近隣の森。ここから百キロほどある森で薬草採取をし、さらに奥の渓谷で、鉱石を発掘するのだという。

 そして帰りに森中を散策し、フラワーボアを討伐してクエスト完了だ。


 前以て聞いていたソフィアは、油断せずにギルドの書架で下調べをしてきた。

 薬草や鉱石あたりはビギナーでもやれる。問題はフラワーボア。

 これもビギナーのパーティー推奨で難易度は高くない。フラワーボアとは、その名前通り薄いピンクの肉を持つ猪だ。

 通常のボアの中でも美味とされ、その肉の柔らかさや脂の甘さから非常に高値で売れる。


 ピンクの肉..... 前世でいう霜降り肉のことかしら?


 それは確かに美味そうだ。思わず、じゅるりと心の中でヨダレが溢れるソフィア。

 そう言えば、この世界では食肉専用の家畜という物を育てていないような気がする。

 牧場はほぼ酪農ばかり。廃牛とかも聞いたことはない。

 商店に並んでいるのも魔物肉ばかりで、養鶏場はあるのに鶏肉すら売られていない。


 思わぬ違和感に、首を傾げるソフィア。


 だが、その答えもジムサが教えてくれた。


「年老いた牛や鶏なんか美味くないだろう? 新鮮でピチピチな魔物肉が安価で買えるのに、何でわざわざ美味くもない肉を食うんだ?」


 眼から鱗である。


 そうか、ここは異世界で魔法や魔物が存在しているのだ。食糧事情も地球とは違うのだろう。

 フラワーボアとかいう魔物の肉が、真実、猪の霜降り肉であるのなら、図鑑で見たフラワーブルは霜降り牛肉。

 再び心の中でじゅるりとするソフィア。


 前世では霜降りどころが肉すら欠片程度しか食べたことがない。今は伯爵家で満足な食事をいただいているが、肉は煮込み中心。霜降り的な脂の多い肉は眼にした事がない。


 ひょっとして煮込み中心なのは肉が固いからなのだろうか? それとも、単なるお国柄?


 フラワーボアは一体どのようにして食べるのだろう。


 どうしても気になり、ソフィアは再びジムサに尋ねた。


「あー、確かにな。うーん。煮込みが多いのは、魔物肉が固いためだ。モノにもよるが、ラビット系やディアー系は固い」


 だろうなぁ..... 図鑑で見ただけだけど、魔物のウサギや鹿は筋肉マッチョな見かけをしていたもの。あれは固そうだ。


「ボアやバード系はけっこう柔らかいが、討伐に手間がかかり値段も張る。平民は口にも出来ないな。フラワーボアにいたっては、上級貴族や王族くらいしか食べられないんじゃなかろうか」


 うーわー。そういう事か。どうりで伯爵家でも霜降り系を見たことがなかったわけだよ。


 前世からの憧れだった霜降り肉。いつか食べてみたいと思っていた夢が叶うかもしれない。


 しかし、そこでソフィアは、はたっと我に返った。


 王族みたいに身分の高い者しか食べられない稀少な魔物をビギナーの新人達に狩れるのだろうか?


「そんな珍しい獲物が簡単に見つかるの?」


 不安げなソフィアに、ジムサは、にっと口角を上げる。


「そこで俺の出番さ。俺は鑑定持ちなんだ」


 聞けば、フラワーボアとは普通のボアの中に混じる変異種なのだそうだ。その力も外観も通常のボアと変わらない。

 倒して肉を確認しないと分からないらしい。


「クジ引きみたいですね」


「クジ引き?」


 あ、そっか。こっちには無いのよね。


 疑問顔なジムサへ、ソフィアは簡単に説明する。

 アタリ、ハズレの概念はあったので、すぐにジムサも理解してくれた。


「なるほどな。まさにソレだよ。沢山の中からアタリを見つけなきゃならない。俺にはソレが出来るんだ」


 やや自慢気なジムサを見て、じっとりと眼を据わらせるソフィア。


 チートじゃん、それ。駄菓子屋の天敵だわ。アタシがお店を開いたら、出禁確定ね。


 ん? と屈託なく首を傾げるジムサの顔面に、心の中で大きく出禁の判子を押し、ソフィアは言葉少なに黙々と森を歩いていった。




「ファイアーボールっ!」


「アースクエイクっ!」


 途中でホーンラビットの群れに遭遇し、パーティーは戦闘を始める。

 魔術師らが魔法を放って、体勢を崩した魔物を前衛の二人が屠っていった。

 襲いかかる相手には弓で応戦。跳んだ瞬間を狙い、パシュッと放たれる矢にソフィアは眼を見張る。

 あの筋肉ダルマのようなウサギ達を貫く正確な一撃。


「凄いですね。同い年とは思えないわ」


「まあまあだな。悪くない」


 さすがベテラン冒険者。評価も辛い。


 ソフィアが感嘆の溜め息をもらしているうちに、五匹もいたラビットらはいつの間にか倒され、パーティーの面々が討伐証明になる部位を切り取った。

 ホーンラビットの場合、それは角。

 ソフィアが見守る中、角を折られたラビットらが放置される。


「肉は? 毛皮も素材になるんじゃ?」


「ああ、この先がまだ長いからな。うっちゃっておいても他の魔物が食うから大丈夫だよ」


 そうなのか。でももったいないな。


 名残惜しげにチラチラとラビットの死骸へ視線を走らせるソフィアに、呆れたかのような声がかかる。


「あんな雑魚を持っていったら笑われる。魔法を使ったから毛皮も損なわれてる。値段はつかないんだよ」


 吐き捨てるような口調で言う少年に、ソフィアは眼を丸くし、なるほどと呟いた。


「そんな事も分からないのにジムサさんの助手なんかやってるのか? まるで素人だな」


「ガックっ! 言葉が過ぎるぞっ!」


 ジムサから叱責を受け、ぷいっと顔を背ける黒髪の少年。


「いえ、素人同然ですし、御構い無くっ!」


 ビシッと掌を向けるソフィアに、今度はガックと呼ばれた少年が眼を丸くする。


「はあっ? 本気で素人かよっ! 知らないかもしれないけど、ジムサさんはなぁ.....っ」


「黙れ、ガック」


 柳眉を跳ね上げてソフィアへたたみかけていた少年は、背後から感じる殺気に背筋を粟立たせた。

 チリチリと燻る静かな怒り。ガックに向けられているソレの流れ弾を周りのパーティー面子も被弾する。

 思わず硬直してしまった面々を不思議そうに見渡して、ソフィアは辛辣な炯眼をすがめるジムサに、てててっと駆け寄り声をかけた。


「あのぅ? アタシが素人同然なのは本当ですし? 討伐にいたっては初めての経験になります。どこか問題が?」


 へにょりと眉を寄せる可愛らしい妹分を見て、するりとジムサの毒気が抜ける。


「いや、問題なんかないぜ? 誰だって初めてはあるんだ。気楽に行こうか」


「はいっ」


 無邪気なソフィアの微笑みで、ジムサの殺気に硬直していたガック達の凍結がゆるゆるほどけていった。

 冷や汗びっしょりでガクガクと頽おれる五人。

 それを見て、ソフィアは水魔法の水を出す。まるでスライムのように、ポヨポヨと浮く直径五十センチほどの水の玉は、柔らかな陽射しを受け輝いている。


「良ければこれで顔や手を洗ってくださいな」


 にぱっと笑う少女を、五人は呆然と見つめた。


 いや、これでって.....


 ポヨンと揺らめく大きな球体。これだけの質量を維持して浮かべるなど有り得ない。

 魔法として放つなら、これ以上の水を幾らでも放てようが、それを固定し、維持するには膨大な魔力が必要である。

 瞬間的な魔力と継続させる魔力では、その使用量が違うのだ。

 さらには繊細な魔力操作が必要な技術でもあった。

 熟練の魔術師とて、こうも簡単にはやれないだろう。


 唖然とする彼等は知らない。


 ソフィアが他の世界の知識を持つことを。


 この世界ではまだ未知の分野な、元素や粒子を知っており、そういった知識を魔法に利用していることを。


 漠然と薬効を取り出して調合している他の薬師らと違い、ソフィアは抽出、濃縮、分離など、異世界知識を駆使して調合している。

 彼女の薬品が他よりも効果が高いのは、そのためだ。

 だが彼女は、それと理解して使っている訳ではない。それが特別なのだと思ってもいない。


 絶句する周囲の心を知りもせず、無意識にやらかす転生令嬢。

 

 しかして彼女の野望は、駄菓子屋の可愛いオバちゃんになることなのだ。


 無意識最強&天然無敵。


 この不文律は、何処の世界でも同じのようである。振り回される周りに、合掌♪

 

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