第4話 ベテラン冒険者とソフィア


「は.....? これ自作?」


「はいな、アタシが作りました」


 ジムサは、あんぐりと口をあけて、目の前の少女を見た。


 まだ十歳かそこらの可愛らしい少女。平民には珍しく色素の薄い髪と眼が特徴的だが、だからこその調剤技術なのだろうと納得もした。


 魔力は誰でも持っているが、それを魔法として使える者は少ない。おかげで薬剤調剤のレシピを操れるのは、御貴族様らの専売特許となっている。

 この世界の理では保有する魔力の量は色素に依存していた。つまり、髪や眼の色が薄いほど保有する魔力量が多いのである。

 貴族の多くは色素が薄く、潜在的に高い魔力を持つのだ。


 それに当てはめるなら、この少女が薬品を調合出来るのも合点がいく。


「君は貴族ゆかりの者なのか?」


「アタシはフィーです。冒険者のフィー」


 にっと笑い、曖昧に誤魔化されたが、冒険者という一文から、ジムサは彼女が貴族であることを否定出来た。

 本人が否定した訳ではないが、貴族であるなら冒険者になるわけがない。悪意満載で魑魅魍魎が渦巻く上流階級の者が冒険者カードを作るはずがないからだ。

 もちろんソフィアも、そう誤解されるだろうことを織り込み済みで答えたのである。


 御互いにベクトルの違う笑みを湛えながら、大量に買い込んでくれたジムサの口コミで、フィーの屋台は大繁盛した。


 そして良い事には往々にして悪い事がすり寄ってくる。




「おい、この薬品を専属でうちの店に卸せ」


「..........」


 苦笑いするフィーの前には恰幅の良い男が仁王立ちし、あからさまに見下した眼で彼女を見下ろしていた。


「悪い話ではないぞ? ポーション一つを銀貨一枚で買い取ってやる。他の薬も適価を払ってやるぞ?」


 ん? とフィーの顔を覗き込む男。団子っ鼻に贅肉で埋もれた小さな眼で、如何にも嫌らしい卑下笑みを浮かべている。


 通常の薬品店なら、ポーション一本銀貨三枚だ。つまり、この男、1/3の値段でフィーの薬品を買い叩こうとしているのだった。


「御断りします。アタシは、のんびり作っていますので。これを生業にするつもりはないんですよ」


 へらっと笑うフィーを藪睨みし、男はバンっと屋台の台に両手を着いた。

 並べられていた薬品の瓶がカタカタと小刻みに揺れる。


「こっちはお遊びじゃないんだよ。ここの屋台が出来てから、うちの店は閑古鳥だ。邪魔なんだよ」


 ぎらりと眼を剥き、脅すように唸る男。


 .....はぁ。世界が変わっても、こういう奴っているのねぇ。


 ソフィアは前世の親戚宅で、こういう手合いを腐る程見てきている。

 前世で彼女を引き取ってくれた叔父夫婦はヤミ金にまで手を出し、首が回らず、しょっちゅう取り立て屋に追い回されていた。


『コイツっ! コイツに稼せがせて払うっ!!』


 そう言いながら前世のフィーを取立て屋に差し出した叔父夫婦。しかし、取立て屋も馬鹿ではない。


『お嬢ちゃん幾つだい?』


『今年で十七だよ』


 恵比寿様みたいな胡散臭い笑顔を浮かべていた取立て屋は、一瞬で鬼のような形相になり、叔父夫婦を怒鳴り付けた。


『使える訳ねぇだろうがっ! ああっ?!』


 けっこう真っ当な取立て屋だったらしい。未成年略取には手を染めないようだ。

 結局その夜、叔父夫婦から役立たずがっと死ぬほど殴られたのは忘れたい。


 思わず遠い目をしてしまうソフィア。


 そんな強面らを長々と見てきた彼女は、この程度の恫喝など何処吹く風。

 にこりと笑って淑女の笑みを張り付ける。


「そうですか。だから?」


「へ?」


「わたくしは許可を得て屋台を出しております。苦情は商業ギルドへ御申し入れくださいませ」


 ふふっと笑うソフィアの豹変ぶりに驚きつつも、男は食い下がった。

 

「だから、俺の店の専属になれば見逃してやるって言ってるんだよっ! このレベルの薬を作れるんだ、良い待遇で働かせてやるぞ?」


「良い待遇ですか?」


「そうともっ、ここに出店するのだって金がかかるだろう? しかも販売で売り子をやっていたら薬を作る時間も減るじゃないか。俺の店の専属になれば、薬を作るだけで良くなるんだ。お得だろう?」


「お得ねぇ.....」


 フィーの店では銀貨二枚でポーションを売っている。一本作るのに五分ほど。大した時間はかからない。

 足りなくなれば、屋台裏に用意してある薬草を使い、その場で製作するリベラルさ。

 むしろ薬を納品のためだけに作り続ける方が苦痛だ。

 

「素材の薬草などは? 準備していただけますの?」


「そんなのは作る側の負担だろう。こっちは完成品を買い入れるだけだ。必要なら別料金で回してやるが?」


 はい、アウト。ブラック確定。どこの内職だよ、それ。内職だって必要な材料や部品くらい用意してくれるわ。


 ふくりと笑みを深め、ソフィアはそれらを懇切丁寧に説明する。


 この店の素材はギルドの依頼のついでに集めたモノ。基本はタダ。それらで作れるモノを日替わりで作るため、並ぶ商品はいつもランダム。専属で依頼されても供給出来るか分からない。


「.....という訳で、わたくしには無理ですの」


 しっかりと答える少女。


 たかが十歳の子供に、何をやらせようとしているのか。コイツは。


 呆れ気味で微かに鼻白んだソフィアを見て、みるみる男は激昂する。


「生意気を言うなっ! 子供のお遊びでこっちは被害をこうむっているんだぞっ?! なのに親切に雇ってやろうってのに.....っ! ガキは大人しく言うことを聞いてりゃ良いんだよっ!!」


 絶叫するかのような声に、何ごとかと振り返る人々。瞬く間に人垣が出来上がり、男は気まずげに舌打ちをした。

 その人垣を分けて出てきた人が、ソフィアを庇うように屋台の前に立つ。


「ジムサさん?」


「よっ!」


 軽く右手を挙げて笑うのは、フィーの屋台の常連となったジムサ。

 今日もダンジョン帰りに寄ったらしいのだが、向かう先から野太い男の叫びが聞こえ、慌てて駆けつけてくれたらしい。


「なんだ、てめぇっ!」


「ここの客だよ、横にデカイ図体がいると店の邪魔だ、とっとと帰れ」


 ぶはっとそこかしこから聞こえる失笑。さも楽しげな笑い声を耳にして、暗にデブと罵られた目の前の男は茹でダコのように真っ赤な顔をしている。


「おっ.....おまっ、見たところ冒険者のようだなっ! 俺に逆らって、今後、薬が買えると思うなよっ!!」


「薬.....?」


 男の言葉を聞いて、ジムサはピンっときたようだ。


「あーっ、思い出したわっ、お前、ぼったくり薬品店の店主だなっ?!」


 ぼったくり薬品店と聞き、誰もが心当たりがあったのだろう。

 そこら中からヒソヒソと声が上がった。


「あそこか.....?」


「ラージャの店?」


「効き目も悪いとこじゃないか」


 ざわざわする人々に狼狽し、ラージャと呼ばれた男はギンっとジムサを睨めつける。


「貴様には二度と薬は売らんっ! 覚えてろっ!」


 冒険者にとって薬品は命綱だ。治癒のポーション、解毒のポーション、一時的に戦闘力を上げたり、疲労困憊で立てなくなった時に使う活力剤。

 万一に使う薬ばかりだが、御守り的に誰もが持ち歩く。それが有るのと無いのとでは気持ちの余裕が全然違う大切な薬。


「ジムサさんの薬、アタシが作りますっ!」


 しゅぱっと手をあげ、大きな声で答えるソフィア。

 それに眼をしばたたかせて、ジムサは悪戯げに笑った。


「サンキュ、頼りにしてるぜ、小さな薬師様」


 一種独特なほのぼの感が辺りに満ちる。それに憤慨し、ラージャが唾を飛ばす勢いで怒鳴り付けた。


「子供の出る幕じゃないっ、引っ込んでろっ!!」


「やです」


 間髪入れずに突っ込んでしまい、あっ、と口元を押さえるソフィア。

 それを見た人垣が、一斉に大爆笑する。

 どっと上がった大笑いに、ぐぬぬぬっと言葉も出ないらしいラージャを、ジムサが容赦なく突き飛ばした。


「そういうこった。てめぇんとこの粗悪な薬なんざ買わねぇよ。てめぇこそ、冒険者達を敵に回して商売出来ると思うなよ? フィーは冒険者でもあるんだ。この事はギルドに報告するからな。.....今後、薬の素材が回るか見物だな?」


 にやりと獰猛に口角を歪め、ジムサはラージャに吐き捨てると、何事もなかったかのようにソフィアへ向き直った。


「.....という訳で、ポーション五本と解毒の三本。念のため活力剤も三本頼むわ」


 にかっと破顔するジムサに頷き、ソフィアは薬を袋に入れている。


「じゃ、大銀貨五枚です」


「え? 計算おかしくね?」


「端数は護衛代ということで。ありがとうございました♪」


 そこでタダと言わない辺りがフィーである。タダと言ってもジムサは応じないだろう。むしろキッチリ代金を押し付けてくるに決まっていた。

 ならば先回りして、僅かな端数のみオマケする。護衛代だといえば、断る理由もない。

 端数とはいえ銀貨三枚だ。安くはない。これを御礼だとすれば、またまたジムサは固辞するだろう。


 立ち回りの上手いソフィアの頭を仕方無さげな苦笑で撫でて、ジムサは商品の袋を受け取る。


「助かるよ。今度、一緒にクエスト行こうか? 新人の研修を依頼されているんだ。俺の助手ってことで連れてってやるよ」


 ギルドの新人研修といえば、銀貨五枚がかかる本格的なモノだ。二泊三日の泊まりがけで、みっちりと冒険者の基本を教わる。


 それを助手として、タダで?


「うわあっ、良いんですかっ?」


 眼を見開き、両手で頬を押さえるソフィアに、ジムサは柔らかく頷いた。


 こうして気づけば、何故かソフィアの方が得をしている謎。


 因果応報。優しい気持ちには優しい気持ちが返される。

 下町で頑張る彼女を、孫や娘や妹を見るような眼差しで見守る人々に、とうのソフィアのみが気づいていない。


 そんな大団円的な空気を壊そうと、ラージャがグラグラしながら立ち上がる。

 しかし彼が大声を張り上げようとした、その瞬間。

 何処からともなく現れた誰かが、ラージャの口を押さえて連れ去っていく。


 もがもがと眼を白黒させるラージャを据えた眼で見つめ、その男達は苦々しく呟いた。


「.....御嬢様に手を出そうとは。覚悟せよ」


 御嬢様っ?!


 音もなく連れて行かれたラージャはその後から姿が見られなくなり、店主不在のまま彼の店は潰れていた。


 後日、それを知り、不思議げに首を傾げるソフィアとジムサである。


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