半水種のふたり。

闇 白昼

半水種のふたり。

 水辺に棲んでいるのは、おかしなことだろうか?


 半水種の悩みは尽きない。特に、陸上種と接触するとろくなことがない。彼らも基本的には物々交換を頻繁にしてくるくらいには優しいのだが、ひとたび彼らの領域が混乱に陥ると、こちらにまで進出してきて、領域を荒らしてくる。こっちは、仲間が誘拐されでもしない限り攻撃することはないけど、彼らは問答無用で私たちの魚を奪っていく。そうなれば私たちは一度その場所を離れて、海に行くしかない。でも私たちは、魚でもないので、ずっと潜っていられるわけもなく、寝ることができない。岸辺が空いていれば、交代でそこで寝ることができるけど、居心地の良い岸辺には既に陸上種が船を沢山置いていて、彼らがいる。いつもなら深夜に見張りはいないけど、そういった時には松明を煌々と輝かせながら、二人か三人が夜通しいる。それに見つかれば一気に何十人もの人がやってきて、たちまち私たちに矢を放ちだす。



 私は、この日も沖で浮上と潜水を繰り返していた。海上は嵐で酷く荒れ、30秒だって浮かんでいられない。


 海上でできるだけ素早くなんども呼吸を繰り返して、空気を吸ったら、悪い空気をたくさん出して、良い空気だけを体の中に貯める。こうすれば10分は息がもつ。そしてもう一度潜る。10mほどで海底に着き、そのままネッツのいる岩の影に入る。ネッツは私が浮上するのを見ていたので、半分ほど岩陰から体を出していた。

 岩陰は詰めたら三人は入れるくらいだけど、今は二人しかいない。ネッツは戻ってきた私を両手を差し出して向かい入れてくれた。彼女の小さな手を、きちんと両手で掴む。ネッツはそれを優しく引き込んで、岩陰の奥の方まで私を連れていく。ネッツは怖がりなのだ。けれど、この状況が怖いのなんて当たり前。私だって気を抜いたら呼吸もままならなくなってしまうだろう。海上は、暴れ、打ち付けられる波の音が無数にあたりを覆っていて、夜の暗がりには時折雷の光がアクセントを加えてくる。幸い、波のおかげで陸にいるときほどその轟音は届いてこないが、嵐の波の音の方が100倍怖いので意味がない。しかも、つい先ほどまで水辺で陸上種から矢を射かけられていたのだ。何本も私とネッツのすぐそばに飛んできて、夢中で海を目指してはしっていたけど、後ろからは仲間が矢に当たって悲鳴を上げながら倒れる音が聞こえる。そして、ひっしに泳いで沖まで逃げて、やっと落ち着いたのが今だ。

 ネッツは水上に上がりたがらない。ずっと岩場に縮こまって、私の肩に捕まっている。でも、それでは息が途絶えてしまうので、ネッツも時折水上に上がらなきゃいけない。仕方がないので、さっきは私もついて行って、両手をしっかり掴んだまま浮上する。でも、ネッツは怖いのか、ろくに呼吸もしないで顔を海に沈めてしまうので、見かねて私も呼吸をほどほどにしてまた岩場に向かう。でも、それだと直ぐに息が切れてしまうので、浮上しなければいけない。そこで、とりあえず私だけが海面に向かった。ネッツは私がやろうとすることを理解したのか、一緒に上がろうとする。でも、あきらかにその体は震えているので、向かい合って彼女の両手を包み、二人の胸の間でしっかりと握ると、ネッツの目を見てあげながら、頷いたら、その手を放して私だけ浮上する。そうして、今、戻ってきた。こうなればやることは一つ。

 私はそっと彼女の唇に自分のを合わせた。ゆっくりと先ほど貯めこんだ空気を吐き出す。ネッツは、申し訳なさそうにそれを一口吸うと、途端、彼女の方から唇を離してしまう。私に気を使っているのだろうけど、こういう時に我慢するのはネッツの悪い癖だ。私がもう一回空気を上げようとしても、顔を逸らしてしまう。そのうちネッツは目をぎゅっとつむって、両手を自分の胸の前で合わせ、体を小さく丸める。絶対にもう息が足りなくなっている。どうして、こういうことをネッツがしちゃうのか、私には理解できない。ほかのやつならともかく、ネッツのためなら私はいくらでも浮上するし、私の呼吸が続かなくても空気を上げるのに。いい加減ネッツが苦しそうなので、さっきから後ろを向いている彼女の肩を掴む。また、彼女は体をねじって私を拒む。全然大丈夫じゃないのに。私の方が限界になって、一気に彼女の後ろから、首を通して両手でその顔を抱きかかえに行くと、斜め上から強引にネッツの唇を奪う。これ以上は、本当にダメだ。

 私は、空気を送ろうとするけど、ネッツはどうにか唇を閉じようとして、それを拒み、挙句喉をしめて空気を吸おうとしない。バタバタとネッツは暴れるけど、私は彼女の首から上をがっしりと掴んでいるので離さない。暴れていたら、ネッツの中の空気を本当に全部使い果たしてしまったようで、限界を迎えたのか、かすかに喉が開く。その瞬間に、私は渾身の良い空気を一気に送り込む。ネッツはカッと目を見開く。よほど、私の空気が美味しかったのだろうか。でも、こういう限界を迎えたときじゃなくて、普通の時にネッツが私の空気をどう思っているのか知りたい。


「んっ!」


 いきなり、ネッツは大きく口を開けて、食らいつくように私の唇に吸いつくと、これでもかと私の中の空気を貪りだす。私が彼女のために貯めていた空気は一気に飲み込まれて、私の分の空気にまでネッツは手をつけてくる。


「ガホッ!」 


 いきなり自分にまできたので、私はびっくりしてネッツを放してしまう。


 私の口からこぼれた泡が、海面に昇っていく。


 ネッツの方もびっくりしている。と思ったら、いきなりネッツは私の両手を掴んで、必死に浮上しようと泳ぎだす。どうやら私が、息を切らして苦しくて放したと思ったらしい。私はネッツに引きずられて、ネッツは頑張って私の分の重さも引っ張りながら、海面を目指して足を漕いでいる。別に私はまったく息を切らしてなんかいないので、問題ないのに、私の両手を掴みながら、腰をまげて、エビみたいになりながら、ちっちゃい足をネッツなりに最大限ばたつかせて昇ろうとする姿はかわいらしい。私はわざと自分の力を抜いて、ネッツに引っ張られるのを堪能する。


 ふと、ネッツの顔をみたら、頬をふくらましているし、その膨らんだ頬は少し赤くなっている。砂浜よりもずっと白い彼女の肌が赤くなっているのだから、それはひどくめだっている。


 ほんと、この娘は・・・


 私は耐えきれなくなって、繋がっている両手をぐっと引き寄せて、二人の顔を一気に近づけたら、その愛らしい唇にキスをする。


 咄嗟のことでされるがままのネッツだったけど、私が舌をいれると、彼女はまた、その大きくて、整った綺麗な瞳を見開く。しばらくそうしていた。私は何度も舌をいれては出して、彼女の口腔をまさぐって、時折彼女の舌にも絡みつくと、それはビクッとするけど、ぐったりと動かずに私のにされるがまま。さっきみたく、彼女の首や体に抱きついているわけじゃないし、彼女の方が上なので、浮力の分も合わせて、引き離そうと思えばネッツはいつだってやめられるはず。でも私たちの口は離れるどころか、より引き寄せられていった。私が吸いつくよりも、引き合う力はすこし強い。それに私は気が付かないふりをする。

そうして私たちは引き合って、水中で潮のなすがままにされていると、やがて二人合わせて息が足りなくなってくる。先に限界を迎えたのは私の方で、喉がきゅっと揺れると、それを察知したネッツが空気を送ってくる。この量は、さっきネッツが私から吸った分を考えるに、私とネッツが丁度同時になくなるように調整している。

 ありがたく、ネッツからもらった空気を呑み込む。美味しい。何度目かわかんないけど、ネッツの空気はたまらなく美味しい、どんな魚よりも。この空気は私がさっき上げたやつだけど、もう完全な別物。

 二人の息が一緒に無くなると、ゆっくりと浮上し始めた。昇っている間にネッツの近くにすり寄ると、ネッツの周りの海水が、生暖かくなっている。こんなのを全身で感じると、酷く、もうそれはひどく、形容しがたいようにネッツへの愛欲がこみ上げてくる。ひとまず、空気を補充しなければいけないが、それが済んだあとに、またひたすらにネッツとのキスを味わうことばかりが、頭の中を駆け巡る。

 海面から二人が顔を出しても、無言のままだった。私は待ってましたとばかりに一気に空気を吸い込んで、ネッツはゆっくりと大事そうに呼吸をしている。肩を揺らしながら丁寧にすってはいてしている彼女が一段と、、

 月の光がかすかに海面を照らしていた。水面を見ると、気が付いていなかったがさっきから少しの間凪いでいたので、鏡のようになっているそれに、ネッツの顔が写りこんでいた。


 美しい。


 私は彼女に覆いかぶさって、、、、こんどは正面から抱きしめながら、彼女の唇を塞ぎながら、勢いあまってちょっと歯と歯がぶつかったのも気にしないで、私たちは月夜の海に沈んでいった。

 飽き足らず、私たちはまた、空気が枯渇して浮上するが、周りを気にしていなかったから、相当潮に流されていて、さっきの岩場なんてもう見えない。代わりに大きなサンゴ礁があって、浅瀬に近く、潮も引いてきたためか、サンゴ礁の上に乗れば、二人とも少し海上に体がでる。半分海水に浸かっている感じ。そのまま、二人は、再び体全部が海に呑まれるまで、嵐の波にも負けないほどによるを過ごした。

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