しあわせのいちごミルク

松内 雪

しあわせのいちごミルク

 白い吐息。

 冷たい風が頬を掠めていく。

 辺りはとっくに暗い。もう夜だ。


「今日も疲れたなぁ」


 周りに人がいないことを良いことに、言ってやった。


 塾の帰り道。

 迫る高校受験に向けて、毎日こんな感じだ。


 ――勉強ってそんな大事かなぁ……。

 私には分からない。


 でも、お母さんは私に向かって、勉強して良い学校に行きなさいと言う。

 それが私のためになるからって、毎日のように言っている。


 ――勉強すると、将来しあわせに近付くんだって。


 一年ぐらい前、一度だけ勉強したくないって言ったら、すごく怒られちゃった。


 お父さんはそれを見て、私の将来のことで、お母さんと言い争いをしてた。


 それからずっと、家族の空気は気まずいまま。

 なんだか怖くて、息苦しくて……気づいたら私は泣いて謝ってた。


 そんな私を見て、お母さんはもお父さんも謝りあっていた。だけどその夜に、ま た2人で言い争いをしてたことを、私は知ってる。


  私のワガママで全部おかしくなっちゃった。

 それから私は、ずっと良い子でいるように努力した。


 お母さんが選んだ志望校に、私が合格できたら元通りに戻るのかなぁ?


 ――戻らないだろうなぁ。

 今では言い争いの内容が、私のことだけじゃなくなってる。お互いの不満を言い合ってるのを、布団の中で私は聞いてる。


 深夜なら聞こえてないと思ってるのかな。それとも、私のことなんて気にしてない?


 どっちでもいいや。

 私は勉強で精一杯。もうわかんないよ。


 私はお母さんが敷いたレールの上をまっすぐ進んでいく。勉強は大変だけど、それが正しいんだ。


 1人で暗い道を歩いていると、余計なことを考えてしまって嫌になる。


 なんでこんなにつらいのかな。

 この先もずっとこうなのかな。

 ほんと、しあわせってなんだろうね。


 街灯沿いに、ひときわ大きな光が点滅している。

 コンビニの電飾看板だ。


 いつも視界には入ってたと思うけど、当たり前の風景だったから、気にしたことはなかったな。

 

 今日はたまたま電球が切れかかってたのか、点滅してたから気になっちゃった。


 家に帰れば晩ごはんがあるけど、たまには寄り道してみようかな。

 初めて買い食いをしてみる。それぐらい、良いよね。


 勇気を振り絞ってコンビニに入った。制服姿で入るのは初めてだ。バレたら怒られちゃうかな。


 私はそそくさと買い物を済ませた。

 お菓子をいくつかと、牛乳パックのいちごミルク。


 店員さんは何も気にしてない様子だった。

 気にし過ぎてた私がバカみたいだ。


 なんか拍子抜けしちゃったな。

 こんなに簡単なことなのに、何を身構えていたんだろう。


 コンビニの前で、寒さに震えながらいちごミルクにストローをさした。


 冷たいけど、好きだったからいちごミルクを選んだ。ホットだったらもっと良かったけど、冷たいのしかなかった。


 最後に飲んだのはいつだろう。

 一年ぐらい前だったかな。

 好きだったのに、いつの間にか飲まなくなってた。


 一口飲んだ。すごく優しい甘さ。

 きっと、しあわせを味にしたら、こんな味なんだろうなぁ。

 ふと、そんなことを思った。


 なんだか、しあわせって単純なのかも。


 さっきまでの悩みが、嘘のように思えるぐらいに満たされる。

 私の悩みなんて、きっと簡単なことなんだと思う。


 飲み干したあと、私は再びコンビニでいちごミルクを買っていた。


 ビニール袋の中には3本のいちごミルク。

 お母さんとお父さんにプレゼントすることにした。

 当然だけど、私の分もまた買ってある。


 これを飲みながら、3人でちょっと話をしてみようと思う。


 そうすれば、きっと良いようになると思うんだ。

 ……なんとなく、そんな気がする。


 私は軽い足取りで、家に帰った。


 結局、買い食いしたことは怒られちゃったけど、その空間には、家族の笑顔があった。

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しあわせのいちごミルク 松内 雪 @Yuki-Matsuuchi24

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