第19話「強行案」

「……いや、まさか」


 聖剣広場──四阿あずまや

 木製のテーブルに広げられたシルバースライムの生息地図を前に、僕は呻き声を漏らす。

 この地図が本当にシルバースライムの生息地図ならば、その価値は計り知れない。


「……どうやって入手したの?」

「えっとね──」


 ヘザーは身振り手振りを交えて地図の入手先を説明する。


「えっとね──まずヘザーのお得意さまの一人に、マサユキって言う冒険者がいてね」

「マサユキ……」


 名前の響きから察するに、迷宮都市のはるか東──和の国生まれの冒険者だろう。


「そのマサユキって冒険者が、先週を【鉄火】に持ってきてね……あ、そうだ!」


 ──全身が金属で構成された、ゴーレムに代表される鉱物種のドロップアイテム。

 ヘザーは何か思い出した事がある様でリュックをガサゴソし始めたかと思うと、一振りの短刀を取り出す。


「これは……?」

「はいアレン。昨日言ってた代わりの武器!」

「え、ほんと!?」

「まだ試作品で、ちょーっと変わった性能だけど、使用感は保証しよう!」


 ドンと胸に手を当て短刀の出来栄えを自負するヘザーに最大限の謝意を示しながら、僕は丁重に短刀を受け取る。


 丁寧になめされた革製のさやに収納された銀色の短刀。

 僕は鞘から短刀を引き抜くと、中空にかざしてその全体像を確認する。


「ちなみにその短刀、魔体鉱石を精錬して鍛造したヘザーの新作だから大事にするんだよ!」


 ヘザーのその言葉に僕は大きく頷く。

 刃文がまるで生きている様に波打っていたのはそういう事か──僕は脈動を続ける刀身を見つめる。


「──で、話を戻すんだけども。マサユキっていう冒険者が持ち込んだ魔体鉱石っていうのが、まさかまさかの魔体鉱石ドロップアイテムだったんだよ!」

「へー……」


 言葉が熱を帯び始めるヘザーと対照的に、未だ状況が飲み込めてない僕は曖昧な相槌を打つ。


「いやぁ、【鉄火】でも滅多にお目にかかれないシルバースライムの魔体鉱石! しかもそのマサユキって冒険者が持ってきた魔体鉱石は全部で3つ!」


 ヘザーは目を爛々と輝かせて、僕の眼前に三本指を突き出す。


「流石に3つもシルバースライムの魔体鉱石持ち込まれちゃったら、どこで取得ドロップしたのか気になって気になって……無理を承知で聞いてみたら──」


 そこから長く続いたヘザーの話を要約するとこうなる。


 冒険者マサユキは数週間前、迷宮9階層──火山層にある大穴から不注意により転落した。

 迷宮9階層にある大穴は、海水が階層の大部分を覆う15階層とつながっている。

 マサユキは15階層の海洋層に落下し、一度は衝撃で意識を失ったものの、奇跡的に岩場に打ち上げられ一命を取り留めた。

 そしてその打ち上げられた岩場というのが、波の侵食によって作られた海岸の洞窟──海蝕洞かいしょくどうだったらしい。


「それがここね」


 ヘザーはシルバースライムの生息地図──海蝕洞の位置を予想する赤い×を指差す。


 潮位が低かった事もあり、マサユキが上方向へと続く海蝕洞を歩いて進むと──


「海蝕洞を進むと──そこには何匹ものシルバースライムが群生する砂利浜が広がっていたんだって!」

「へえ……」


 その話が真実なら、心惹かれない冒険者はいないだろう。

 子供の頃に読んだ冒険譚にも通ずるロマン溢れる話に、僕の童心がくすぐられる。


「という訳で、ヘザーはシルバースライムのドロップアイテム集めに15階層へ向かおうと思ってるんだけど──」

「……成る程」


 ようやく話の全体像が掴めた僕は、腕を組んで思考を巡らせる。


 ヘザーの提案自体は僕としては大いに乗り気である。

 シルバースライムの討伐に成功すればどれ程の経験値が──どれ程の《技点》が得られるか、想像しただけで気分が高揚する。

 ただ、一つ大きな問題がある点は見逃せない。


「もう一度聞くんだけど、シルバースライムの生息地って15階層だよね?」

「ん? そうだよ」

「僕とヘザーで迷宮中層──15階層に行ったらどう考えても生きて帰れない気がするんだけど」


 迷宮15階層──【朱雀】の遠征で何度か訪れた事はあるが、一級冒険者が揃い踏みしたパーティーだからこそ成し得た事だ。

 未だに二級冒険者に片足を突っ込んだレベルの僕とヘザーでは、そこまで潜る事自体が自殺行為に他ならない。


「あーやっぱりそこがネックかあ……ヘザーがもっと強ければ15階層まで行けたのに……」


 流石にヘザーも無謀な挑戦だという事は分かっていた様で、先程までの威勢はどこにやら、目に見えてしょげかえる。

 あまりにも哀愁を誘うその姿に見兼ねた僕は、しばしその場で瞑目する。


(……さてと)


 ヘザーにはああ言ったばかりだが、実際の所迷宮15階層まで行く事は本当に無謀なのか──僕は脳内で再検討する。


 数日前の──《伝説の剣》の収納に成功する前の僕ならば無謀だと断じるのは簡単だろう。


 しかしながら、《伝説の剣》を手に入れた今の僕ならば少し話が変わってくる。

 《伝説の剣》の特殊効果──

 必要最低限の《技点》を《敏捷》に割り振り、残りを《防御》に振った

 それならば道中の魔物を倒す事は出来なくとも、15階層まで強行する事は可能ではないか──僕はそう推考する。


(でも……バラさなきゃダメだよなぁ)


 僕の脳裏に一振りの黒剣がチラつく。

 僕一人が死亡率低減特化ビルドにした所で、ヘザーが死んでしまえば何の意味もない。

 故にこの作戦を実行するには、同時にヘザーのステータスも振り直す必要がある。

 それはつまり──ヘザーに《伝説の剣》の所在を明らかするという事である。


 《伝説の剣》を所持しているのが僕だと分かったら、ヘザーはどんな反応をするのだろうか。


 にわかに緊張し始めた僕は、喉の渇きを抑えようと皮袋の水筒に口を付け──


「──そういえば聞き忘れてたんだけど、《伝説の剣》抜いたのがアレンってホント?」

「ぶふっ」


 僕は口に含んだ水を全て吐き出した。

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