第18話「生息地図」

 迷宮都市を清々しい空気が包む早朝。

 数多くの冒険者に混じりながら、僕は聖剣広場──石の祭壇に腰掛ける。


(バレてないよね……)


 僕が《伝説の剣》収納してから既に4日が経過していた。

 ヘザーとの待ち合わせ地点として指定された今は無き聖剣前──石の祭壇だが、やはりどこか落ち着かない。


(これが現場に戻ってくる犯人の気持ちか……)


 場所柄もあってか、未だに《伝説の剣》の所在について議論を交わす冒険者へと聞き耳を立てていたその時──


「すみません。もしかして貴方って──」

「……!」


 全く面識のない──童顔の冒険者に話しかけられた僕は身を硬くする。

 もしや《伝説の剣》を抜いたのが僕だとバレたか──騒ぎになる前に抜け出そうと僕は上体を浮かせる。


「もしかして貴方って先日の【共通依頼】の最多討伐者──アレン・フォージャーさんですか!?」

「……へ?」


 一瞬何を問われているのか分からず呆然とする僕だったが、大鼠討伐の話だと分かり胸を撫で下ろす。


「一応……そうですね」

「ですよね! 実は僕もソロであの依頼に参加してたんですが、逃げられてばっかで全く倒せず……まさかソロで50体以上も討伐する冒険者が居るとは。尊敬してます!」


 冒険者になってからというもの、【朱雀】では常に怒鳴られるか馬鹿にされてきた。

 それ故にこうも真正面から好意を伝えられる経験がなかった。

 真っ直ぐ尊敬の眼差しを向けられた僕は思わずたじろぐ。


「アレンさんの事はギルドでも話題になってますよ!」

「……そうなんですか?」

「ええ!」


 大鼠討伐の報酬を受け取った夜、僕は早々にギルドを抜け出して飲食街へと繰り出した。

 僕の討伐記録を巡ってギルドが騒ぎになっていた事は知っていたが、生来の気恥ずかしさと食欲には勝てなかった。


 自分の事のように誇らしげに僕の偉業を語る冒険者だったが、一転顔を曇らせる。


「……まあ、一部の心無い冒険者はアレンさんの記録も不正だ、ギルドとの共謀だなんて馬鹿な事言ってますけどね」


 童顔の冒険者の話を聞く限り、どうやら僕が【朱雀】の荷物持ちポーターだったという事実は既に知れ渡っている。その上で僕の評価が大きく二分されているらしい。


「──酷いですよね。『元荷物持ちポーター風情があんな討伐記録を出せる訳がない』だなんて」


 常日頃から荷物持ちポーターを下に見ている冒険者からすれば、荷物持ちポーターが活躍するのは鼻持ちならないのだろう。

 僕をき下ろす冒険者が少数存在する一方、幸いな事に大半の冒険者は僕を凄腕の冒険者と評価しているらしい。

 過大評価気味な事は気になるが、凄腕と評されて嬉しくないはずがない。

 期待を裏切らない為にも強くならなきゃ──自然と僕はそう思った。


「アレンさん。またいつか!」


 パーティーメンバーと合流したようで、迷宮へと向かう童顔の冒険者へと僕は手を振る。


【クラン:鉄火】──《鍛治師》のヘザーは童顔の冒険者と入れ違いにやって来た。


「おはよー!」

「おはようヘザー」


 機動力を重視した軽装備ビキニアーマー

 美味しそうな白パンを片手に、メイン武器のクロスボウがはみ出ているリュックを背負うヘザーに僕は挨拶を返す。


「さてアレン、ひとまず作戦会議と洒落込しゃれこまない?」


 無言で差し出される白パンを有難く頂戴しながら、僕はヘザーと横並びに歩く。

【朱雀】時代──機会があって僕とヘザーとルルとで即席のパーティーを組んだ事があった。

 僕が《主軍》に、ルルが《副軍》に昇進してからは【クラン】の立場上容易にパーティーを組む事も出来なくなったのだが──


(──久しぶりだなぁ)


 心底楽しげな表情を浮かべるヘザーを横目に、僕は妙な感慨を抱いた。



「で、今日は何するつもり?」


 聖剣広場── 四阿あずまや

 聖剣広場内に点在する、木製のテーブルと椅子が備え付けられた簡素な建屋。

 白パンを食べ終えた僕は、わざわざヘザーが用意してくれた皮袋の水筒に口を付ける。


「ふっふっふ……見て驚くなかれよアレン……」


 ヘザーは周囲に誰もいない事を確認すると、ガサゴソと膝に乗せたリュックをまさぐる。

 前屈みの体勢を取られると目のやり場に困るのだが──対面に座る僕は強靭な意志でもってヘザーの豊満な胸部から視線を外す。


「じゃーん!」


 ヘザーはリュックから丸められた羊皮紙を取り出すと、テーブルの上にクルクルと広げる。


「そっちからじゃ分かり辛いでしょ? こっちこっち!」


 手招くヘザーの横──ピタリとお互いに寄り添う僕達は、広げられた一枚のを眺める。


「これは……?」


 恐らく迷宮内のある地点を示しているであろう地図。

 地図には数箇所ほど赤で大きな×が付けられていた。


「ふふん、これ何だと思う?」


 見事な得意顔を浮かべ、自信満々に問いかけるヘザー。

 穴が開くほどにじっと地図を見つめていた僕は、地図が指し示す地域が迷宮中層──階層の大半が海水で覆われた迷宮15階層である事に気付く。

 迷宮15階層に浮かぶ断崖絶壁で囲まれた唯一の陸地にして14、16階層へと繋がる孤島──赤い×は孤島の海岸線に沿うように付けられていた。


「……宝の地図?」

「んーでも惜しいかな」


 なんとか絞り出した答えに対して、ヘザーはゆっくりと首を横に振る。


「ヒントはとある魔物のです!」

……?」


 生息地図──特定の魔物が頻繁に目撃される区域を示す地図。

 主に冒険者を危険な魔物から守る目的であったり、レアアイテムをドロップする魔物との遭遇率を高めるために生息地図は描かれる。

 迷宮15階層に出現する魔物──しばらく考えた僕だったが、結局答えを思い付く事はなく両手を挙げて降参する。


「で、答えは……?」

「ふふふ……答えは冒険者が迷宮で最も倒したいと思ってる、とある魔物の生息地図かな」


 あくまで僕に答えを導き出して欲しいのか答えをらすヘザー。

 僕は木製のテーブルに頬杖をつきながら黙考する。

 冒険者が迷宮で最も倒したい魔物──


「──もしかして」


 僕の脳裏に一体の魔物が浮かび上がる。

 全身を金属メタルで構成された、高い《防御》と《敏捷》──》を兼ね備えた1匹のスライム。


「──もしかしての生息地図?」

「大正解!!」


 ヘザーは大きく両手を打ち鳴らすと、ニヒヒと悪戯いたずらっぽく笑った。

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