第2話 感情


 …わたしは、言葉が出なかった。彼のその笑顔から目が離せなかったからだ。



「緊張するよね。俺もまだ誰とも話せてないんだ。……あ!今話してるね。俺、高松裕。」


 と小声でささやいてくる。


 


 その声があまりにも柔らかくてまた言葉を失う。


「深呼吸してみな?すぅ〜、はぁ〜。ピッカピカ!」


 ピッカピカ?なんだか分からなかったが、とりあえず頷く。


 すぅ〜、はぁ〜。言われた通り深呼吸してみる。手の震えは止まっていた。


「ぁりがとう。」


 やっとでたと思った言葉はこれだけだ。小さくて聞こえやしない。



(なんて声、自分でも笑える。久しぶりに同級生と会話したらこれだ。まぁ、いいか、どっちでも。)


 朝の気持ちはどこへやら、わたしは友達をつくることを諦めていた。気持ちはすっかり小学正の頃の感情のない自分に戻っていた。変わりたい、そう心の奥では願っているくせに。


 先ほどまでの思いも全部忘れて、思考を閉じる。誰にも期待してはいけない。


 わたしは、前を向き再び入学式がおわるのを待った。


 * * *


「では、一年生は教室に戻るように。」


 担任の声で一年生は列になり教室に戻っていく。


 わたしも列に続く。


「ななちゃん!」


 ––––ズキン。


(いたっ!)


 一瞬頭が痛んだ。慣れない環境で頭まで痛くなってきたのだろうか。


 しかし、なぜななちゃんと呼ぶんだろう?疑問をそのまま口にしてみる。


「名前…。」


「??あ!ごめん、馴れ馴れしかったかな?クラス発表の時に名前見てたから。」


「そう。」


「このまま名前で呼んで大丈夫?」


「大丈夫。」


 もっと気の利いた言葉が出てこないものか。別に名前で呼ばれることが嫌なわけではない。ただ、慣れていないだけなのだ。


「じゃあ、ななちゃん!」


 ––––ドキッ。急に呼ばれるとなんだか鼓動が早くなる。先程の笑顔が脳裏によみがえる。


(さっきからなんなの。こんなの知らない。こんなに話しかけられて、いつもだったら顔も見れないのに。…なんでだろ。)


 ––––嫌じゃ…ない…。


「さっきピッカピカって、人生ピカピカ元気だせ〜って小さい頃、母さんが教えてくれたんだ。なんだよそれって感じだけどこれが意外と元気出てきてさ。」


 きっと素敵なお母さんなんだろう。


「俺はもう必要ないからさ、ななちゃんが使ってよ。」


「ありがとう。じゃあ、使わせてもらう。」


 すんなりと会話ができていた。こんなのは初めてだった。そう、初めての感情だった。



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