第4章 神の思惑(7)

7

 そこからのロザリアの行動は迅速であった。

 

 これまで散々に圧力をかけてきていた南の国家、ヌイレイリアへ即刻侵攻を開始した。

 ここでのカエサルの働きは凄まじいの一言だった。

 青氷竜アクエリアスの援護を受け、北の山岳の国から、カエサル率いるゲインズカーリ軍は一陣の風となってヌイレイリア王都まで攻めあがると、一気にこれを占領、王都を陥落させ、ヌイレイリアを滅ぼした。

 確かに聖竜の力は強大であったが、この電撃作戦において名を響かせたのが、カエサル・バルの方であったことをみれば、彼の戦闘においての強さに対する衝撃がとてつもなく大きかったことを物語っている。

 かくしてこれが、四聖竜を用いた初めての戦争となった。

 この戦争の結果を受けて、こののちさらに二つの『保有国プレッジャー』が生まれることになる。

 ゲインズカーリは、旧ヌイレイリア王国領を掌握し、南の海へ到達する。

 海はゲインズカーリに様々なものをもたらした。

 海産物や勾玉などの海由来の資源もそうであるが、何よりも大きかったのは、海軍の獲得であろう。

 ヌイレイリアには既に海軍も整備されていたので、これをそのまま掌握し、再編してゲインズカーリ王国海軍が誕生する。

 これによって、世界の3大国家(ウィアトリクセン、ヒューデラハイド、レダリメガルダ)に比肩する軍と立地条件を手に入れたのだ。


 こうしてのちに4大『保有国プレッジャー』の誕生へとつながる地盤ができあがった。


 聖竜暦1241年8の月、ロザリア23歳の年であった。

 つまり彼女は、執政就任後約2年でこの偉業を為したことになる。


 そうして、その年の秋までには、残る二柱の聖竜も当時の残る大国二つ、ヒューデラハイドとレダリメガルダとの『聖竜との契約ドラゴンズ・プレッジ』を決定し、その後しばらくは、互いににらみ合う状況となったのだった。


 なるほど、4大『保有国』の誕生は、それまで各地で起きていた紛争や土地の奪い合い、内紛など様々な場面での戦闘行為は一気に消失した。各『保有国』が、その隣接小国を属国化、あるいは吸収など、聖竜による圧力を利用した強圧外交によって世界地図が書き換えられていったのだ。

 この間、ほとんど戦闘は行われなかった。

 そのぐらい、ゲインズカーリのヌイレイリア侵攻の衝撃が強かったと言える。


――――――


 ロザリアは、玉座に腰かけたまま、これまでの人生を反芻していたが、また新たな問題が目の前に湧いてきていることを感じていた。


 先般のメイシュトリンド侵攻は、あのエルフの男娼とたのしみたかったという理由だけで行ったわけではない。確かに、あのエルフは美しかったが、やはり、物事に対する執着が薄いあの種族では、ロザリアの心は満たされなかった。

 それはそうなる前から分かっていたことなのだが、この女傑の性格上、何ごとも経験しないと気が済まないのだ。

 メイシュトリンドの国土が欲しいわけではない。あの国で産出できるものなどたかが知れている、とるに足らない辺境の小国だ。

 だが、あの男は欲しい。

 ゲラート・クインスメア、あの男を手中にできれば、さらに高みへと駆け上がることができるであろう。

 そうだ、それこそ世界を我が物とすることすらかなうやもしれぬ――。


 そういう意味において、今般のメイシュトリンドとの友好関係の締結は一つ前進したと言えるかもしれない。

 間接的にではあるが、ゲラートの手腕を利用できる機会が訪れるかもしれないのだ。

 

(これはこれで、まぁ良い結果と言えるやもしれぬが。さて、あの漆黒の武具、あれをどうするか、であるな――)


 ロザリアは久しぶりに沸き起こる感情に身を震わせていた。


――――――


 聖竜暦1249年7の月12の日――

――ウィアトリクセン共和国首都ウルダーザ、政務庁舎内、国家主席執務室。


 国家主席ビュルス・ハイアラートと側近のアリソン・ロクスターは溜飲が下がる思いだった。

 先にゲインズカーリへ放っておいた斥候からの知らせで、メイシュトリンドとゲインズカーリの交渉がうまくまとまったと言う一報は受けていたが、本日正式に、メイシュトリンドからの書簡が届き、

(おそらくは、ゲインズカーリの侵攻の可能性は消滅したと考えてよかろう)

との内容だった。


「しかしながら、黒鱗石の価格の減額をせねばなりませぬ。メイシュトリンドからは2割減を申し込まれておりますが、いかがいたしましょう?」

アリソンはビュルスに問うた。


「それは、“漆黒の武具”を貸与してくれればという条件でのこと、その要求には応じてはおらぬ。言い値で請け負うわけにもいくまい」

ビュルスは眉間にしわを寄せて、

「いいところ、1割5分というところだ。そのように返答せよ」

と答えた。


「では、そのように致します。が、あまり渋るのもどうかと思われます。結果的には戦闘を回避した分、戦闘になったときより多くの利がわが国にはございます。この点、見誤られるのは、相手の心証を損なうやもしれませぬ。殊に、あの執政、ゲラート・クインスメア卿は傑物であります。隙を与えるのはあまり好手とは言えません」

アリソンはやんわりと再考を促す。


「むぅ……。たしかに、そなたの言う通りだな。わかった、ここは大盤振る舞いしておこう。言い値で応じるがよかろう」

と、方針をすぐさま変更し、さらに続けた。

「しかし、この分はいずれ、採算をとらねばなるまい――」

 

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