第1章 英知の結実(3)

 遥か遠くから、竜の咆哮が聞こえた。

 赤炎竜ウォルフレイムの晩餐が始まる。


 人々は屋内に閉じこもり、こちらに来るなと祈り続けた。

 あるものは、家屋の地下に掘った穴へ、あるものは村を離れて森の中へ、またあるものは、村の教会に集まり一心に祈りを唱え続けた。


 しかしながら、四聖竜の晩餐は全ての人類に平等に訪れる。


 それはいつ起こるかわからない天災そのものであった。

 竜の晩餐は竜の腹具合によるものであるため、それがいつなのかどこなのかは全く予測がつかないのだ。

 そんな天災に人類が抗える方法など、あろうはずがない。

 ただ祈り、受け入れ、耐え、一人でも多く生き延びる方法を模索するよりほかはないのだ。


 前の晩餐は1年以上前であった。

 ヒューデラハイド王国の南の小さな村が対象となった。

 大空から舞い降りた赤炎竜は、村を焼き払い、そこに住む住人を焼き尽くした。家畜も、畑も、すべてを焼き尽くした。

 竜はその土地から得られる粒子を養分とするらしい。

 人々が生活し、開墾し、生業を営むそのエネルギーが粒子を増幅させる。そうしてやがて、その「土地」を無に帰すときにそこで育まれた粒子は大気中に放出される。

 これこそが聖竜の養分となるのだという。


 そして、今日も、人民の祈りもむなしく、一つの村が標的ターゲットとなった。

 

 ヒューデラハイド王国領エリン村――――


 王国の東に位置するこの村は酪農と農業を生業としている小さな村だった。

 ただ、この土地で育まれた牛から取れる良質な乳は芳醇な味わいがあり、王国各地の料理店でも重宝されるほどの質を持っていた。製乳のすべては手作業で行われているため、その製造量は決して多くはない。ゆえに、希少価値も高く高級食材としての地位を確立していた。

 そんな、穏やかな村が今夜、地図から消滅することになった。


 村人の祈りむなしく、炎竜は降臨した。

 まずは降り立つと同時に咆哮一閃、竜の正面にある2棟の家屋が炎に巻き上げられ吹き飛んだ。

 家の中から断末魔の叫びが響き、村人の恐怖は最高潮に達する。

 家屋から飛び出てきた若者は一瞬のちに灰と化し、影だけを残して消えた。

 牧場の牛たちは、発狂して暴れまわり、柵を突き破って石塀に激突し即死する。その牛たちに突き上げられ頭蓋が砕けてこと切れるものもいた。

 ある家族は、家屋の床に掘った穴に父母幼子計4人で息を殺して潜んでいた。しかしこれも炎竜の前では何の対応策でもなかった。炎竜の咆哮で頭上の家屋は吹き飛ばされ、穴は丸見えになる。4人を発見した炎竜は容赦なくその右足で穴ごと踏みつぶした。幸いなことはただ、4人とも苦しむ時間すらなかったことだろう。

 

「くそ、竜め――――!」

勇気を振り絞って、炎竜の前に立ちふさがったものがあった。


 一瞬炎竜は、動きを止め、その男をにらみつけた。

「その勇気や潔し」とでも言いたげに、天に向かい咆哮する。


 が、次の瞬間、その男もまた炎に焼かれ灰塵かいじんと化した。


 竜の前に立つものなど久しく見なかったが、やはり、塵芥ちりあくたと何も変わらぬ。


 炎竜は村を焼き尽くし、命を平らげ、その地を「無」へと帰した。

 「土地」に充満する芳醇な粒子は竜の「腹」を充分に満たし、しばらくは、耐えられるであろう。


 やがて、炎竜は空高く舞い上がり、自らの住処すみかへと飛び去って行った。



 ――――そんな中、一人だけ生き残った者がいた。その幼子は焼き尽くされた村の地面の中から這い出て、焼け野原になった村に一人立ち尽くした。


 すすけむりで真っ黒になりながら、飛び去ってゆく炎竜の背を、燃えるような瞳でにらみ続けていた――。



 




――――――――――


 冒頭4話、お読みいただきありがとうございます。


 ここまで来てやっと希望の光を登場させることが叶いました。


 この物語は一話分量を少なめにすることで、短時間で読めるものにしようと思ったのですが、文量が少なくなった分、表現に深みをつけれればいいかなと思っております。

 

 始まったばかりの新しい物語ですが、皆様の忌憚なきご意見、ご感想、ご質問など、お待ちいたしております。


 応援、フォローなど頂ければ、とても力になります。

 今後もゆるりとお付き合いくださいますようお願い申し上げます。


 

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