第1章 英知の結実(2)

 聖竜暦1243年8の月23の日――

赤炎竜ウォルフレイム・保有国プレッジャーヒューデラハイド王国首都ヒュドラーダ――。

 王城内国王執務室――。


 ヒューデラハイド国王ルーク・ナイン・ジェラードは、書簡に目を通すと、大きく息を吐いた。

「ふう――。南のレダリメガルダが、隣国のケリムガルドを滅ぼし、その国土を奪ったとのことだ――。あやつめ、好き放題にやりやがる」

ジェラード王は忌々し気に吐き捨てた。


「まさしく、鬼畜の所業でございまするな。なんでも、ケリムガルドの国王の后を領事として差し出せと注文を付けたとのこと。ケリムガルドの王はまだ若く、たいそう后を愛していたとか。拒否するは当然のことと見越しての要求、その真の目的はケリムガルドの領地、特にその豊富なジェム鉱石が目当てなのは明白でございます」

そばに控えていた執政のネル・カインリヒが受ける。


「うむ。あの鉱石を加工して売りさばけば巨万の富を得られようからな。しかしながら、これまでであれば、非保有国ノンプレッジャーであったとしても、ただでは侵略を許すことはなかったはずであるが、やはり、後継者に恵まれねば、国の行く末など、強風の前に揺らめく燭台の灯ほどのものでしかないわ」


「ケリムガルドの先王は勇猛果敢、戦場の虎と恐れられた豪傑でありましたからな。むしろ、レダリメガルダ帝国友好国のなかでも一目置かれる軍勢でありました。その先王はいわば目の上のこぶだったのでしょう。先月お亡くなりにあそばされたのを待っていたかのような動き、その意図が透けて見えるようでございます」


「哀れなものよな。これも非保有国ノンプレッジャー運命さだめであるともいえる。しかしながら、我が国の協力国に関してはそのような扱いをしないでよいことを願うばかりだ。余はそのような鬼畜の所業は好まぬからな」


「はっ、陛下の高貴なご治世には協力国のすべてが感謝しておるところです。我が陣営においては、謀反の心配など一切ございませぬ。陣営一丸となって、陛下の治世の発展に尽くすものばかりです」


「うむ。今後も余の陣営においては、公平に各国の治世の安定に心骨を注げるよう、うまく取り計らうのだぞ? 決して、あの男のような下品な行いをせぬよう、も肝に銘じておくことだ、いいな」


「はっ、このネル・カインリヒ、陛下のお心に沿えるよう心して任務にあたる所存でございまする」

ネルはそのように口上を返しながら、

『このお高くとまっている凡庸な王は、政治のことなど何もわからぬくせに。理想で国家の運営などできるわけがなかろうが』

と、心底思うのだった。


『ククク……、まこと、人類というのは愚かな生き物よな? 目の前に見えるものにしか価値を感じぬ。もう少し遠く未来のことに思いをはせることはできないものなのかね?』

部屋の片隅から、突然に声が響く。


「炎竜殿、いらしていたのなら、姿を現されよ。お人が悪い」

ジェラード王が少し取り繕うように声のする方へ顔を向けて言うと、


『気づかぬというのが問題なのだよ、小僧。お前のそういうところが凡庸だと言っておるのだ』

そう言ってジェラード王の背後に姿を現す。

 その姿は、およそこの世のものとは思えぬ美しき女神の容姿である。衣を一糸もまとわぬそのふくよかな肢体を正面にした執政ネルは、さすがに正視できずに目を伏せる。


『どこを見ておるのだ、小僧。しかし、そのままあらぬ方を向いて居よ。こちらを向いて我の体を見ることは許さぬぞ。お前なぞに見せると我の高潔が失われるというものだ――』

その女神、炎竜ウォルフレイムはその姿のまま、続ける。

『ところで、少し腹が減った。この国の東の地域にエリンという村があるな。それをいただくとする、よいな』

有無を言わさぬ圧力で王の返事を促す。

「も、もちろんですとも。どうぞ、お召し上がりくださいませ、炎竜殿――」

ジェラード王がそう言ったころにはもう既に炎竜の姿はなかった。

 まるで、お前の返事などいらぬというかのように――。


 

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