第14話 下調べⅡ

「比較的安全な道となると……このルートはどうだ?」

「いいと思いますが、ここがネックになりそうですよ。変えましょう」

「……そうだな」



 カフェで休憩を取り、オレ達は地図とにらめっこしながら当日のルートを話し合う。

 人が多すぎず少なすぎない道や、隠れられそうな場所がないかなど、さらには逃走ルートも……考えなければならないことはたくさんある。



「大体こんなところか。劇場は予約済み。ホテルのレストランも問題ない。あとは……何かあるか?」

「大丈夫だと思いますよ。これが成功すれば、また一歩近づきますね」

「ああ。フレッド様も、いい加減身を固めたほうがいいからな。クリスティーナ様ほど素晴らしい女性なら、デッカー家も安泰と言える。それに……ッ!」



 ハッと何かを言おうとしたノーラは、口を閉ざして誤魔化すように飲み物を口にした。

 今、何を言おうとしたんだ?



 聞いていいものか、デッカー家のお家事情であれば俺が聞いても何も答えないだろう。

 でも、気になるな。

 オレが質問しようと……。



「ヘイ、彼女! 暇してる? 俺達と遊ぼうぜ! 朝までパーティーだ!」



 なんだか、頭が悪そうな言葉を吐くボンクラ共がゾロゾロと現れた。

 数は五人。

 どいつもこいつもアクセサリーを無駄につけてピアスを多用し、男の割に濃い化粧をほどこしている。



 何だこいつら……カルト集団か?

 体にタトゥーを入れて自らを魔術の道具とする宗教があると聞く。

 まさか……いやいや落ち着け、カナタよ。



 こいつらの言葉を思い出せ。

 どういうわけか、こいつらは姉御をナンパしている。

 姉御は見た目がいいから、声をかけたいという気持ちは、男としてわからなくもないが、命知らずなことを。



 テーブルについているオレのことなど無視し、姉御にだけ話しかける。

 姉御は一瞥すらくれてやらず、興味が全くない様子。



 逆に姉御がこんなへんとこ集団に靡いたら、デッカー様に結婚出来ないからってヤバい方向に行ってますよと報告しなければならない。



「なあ、いいだろ? 俺達、ここじゃ結構有名なんだぜ? なあ」

「そうだぜ、巷じゃあ『ゴミ箱に顔を突っ込むヨードルさん』と呼ばれてる」


 それ、悪い意味で有名なんだろ。 

 姉御が視線をオレに向けた。

 オレは小さく首を振り、連中を知らないと態度で示す。



 学園近く、それも貴族が多くいるこの都市で奇特な連中がいれば嫌でも噂が立つ。

 有名ならばなおさら。

 いい意味ではなく、脅威対象の可能性を考慮してだ。



「俺達は! ピレアス村からビッグになるために出てきた!」

「音楽を愛し、愛された俺達の成功は間違いない」



「そんなイモっぽい男と関わっていたら、あなたの美しさが損なわれる。あなたに相応しい場所は、僕達だ。そうだ、彼女をボーカルにしてはどうだろう」


「さすが、眼鏡を掛けてるだけのことはあるぜヤン! あんたは、今日から俺達のバンドメンバーだ」



 眼鏡で頭の良し悪しは変わらないし、姉御がステージで歌なんて…………意外にいいかもしれない。


 片腕を広げ、そこが姉御のいるべき場所だと嘯くバカ共。

 背中が異様にムズムズする。

 き、キメー! 何だこいつら、カッコいいとでも思ってるのか?



 どこからそんな自信が湧き上がっているのだろうか?

 振り向かない姉御を口説き落とそうと、自分達の武勇伝を語り始めた。



 やれ、酒場の乱闘で最後の一人として立っていただの、路上の喧嘩は負けなしだのくだらない妄言ばかり。



 揃いも揃って、何かしらの武術を身に着けていないことは、身のこなしを見て最初からわかっていた。

 だから適当に流そうと我慢していたのだが……姉御から怒りの波動を感じ取る。



「おい、殺されたくなかったらここから去ったほうが身のためだぞ」

「あっ? 何、脅してくれちゃってるわけ? 殺すぞ、イモ野郎!」



 シバくぞ、顔面お餅共。

 オレの好意を無下にしたバカ共は、調子に乗ってオレを囲い始める。



「俺達のことをナメてっと、っすぞオラ!」



 肩を掴む手はかなり細く、大した握力でもないので痛くも痒くもない。

 オレが握れば握り潰せそうだ。

 実際には実行しないが。



 背後に鬼のオーラを立ち上らせて、姉御が静かに立ち上がる。

 顔は下を向いているため、どんな表情を浮かべているのかわからない。



 ただ、とんでもなく恐ろしい形相をしていることは想像に難くなかった。



「やりすぎないでくださいよ?」



 一応、釘を差したつもりだが、どこまで効力があるかわかったものじゃない。



「オッ! 一緒にお茶してくれる気になった? いい店知ってんだ、この先の道にあるんだけど」



 男が不用意に手を伸ばす。



「…………が」

「えっ、何──ッ!」



 男の声は続かなかった。

 姉御が逃げられないように男の手を握り、渾身の拳を見舞う。

 スパンッと小気味よい音、完全に顎を打ち抜かれた男はそれだけで意識を失い体が崩れた。



 見た限りだと、オレを殴った時より手加減している。

 そんなに嫌だったのか? ジャイアントリザードの肉。



 だが姉御は手を離さず無理やり引き上げ、さらに拳を振るう。

 仲間が殴られているのに、誰も動こうとしなかった。



 動けなかったと言うべきか、姉御の視線を受けて誰一人動けない。

 もちろん、オレも含めて。



「女性の声の掛け方も知らんクズめ! 教育されることをありがたく思えっ!」



 三度、四度と殴られ、男の顔はパンパンに腫れ上がっていた。

 さすがにマズいと、仲間達が動く。



「やめろ、テメエ! 女のクセに……なっ! 本当に女か? どんな力してんだよ!」

「誰がエンペラーコングだッ!」

「い、言ってなッ──グゲッ!」



 子爵家の女性が、大の大人五人を相手に大立ち回り。

 オレは理解した。

 だからこの人は、今まで結婚出来てないんだろうなって。

 普通の男がこの光景を見れば、誰だって引くだろう。



***



 見るものもなくなったし、あれ以上カフェに迷惑を掛けられないのでここでお開きになった。

 愚かな男達は、噴水広場で一塊に捨てられ、子供数人に蹴られて遊ばれていた。



 もうオレ達に出来ることは、当日陰ながら見守ることだけである。

 ああ、アンジェラをふん縛る用の縄を用意しておかないとな。



 学園に戻り、直帰で寮に帰宅する。

 今日は疲れたなと、二人へのおみあげを手に寮に入ると。



「あら、おかえり。ツバメさん」

「おかえりなさいませ、ツバメ様」



 やけに怖い顔をした女性が二人、変なあだ名で呼ばれた。

 どうしてオレがツバメなのか首を傾げる。 

 クリスティーナにしては服を一切着崩すことなくきちんと着ており、より不気味な何かを感じる。



 ……とりあえず、冷静を装う。

 返答しだいでは、オレは明日にでも海に沈められるかもしれない。



「ユウナ、これはおみあげだ。カリーヌっていう店のなんだが」



 出かけて何も買ってこないのはアレだと思い、姉御にいいお店を紹介してもらった。

 カリーヌは大人気の菓子店で、油断するとすぐに売れきれてしまう。



 姉御と待ち合わせ前に店を訪れ、『クリスティーナお嬢様へのおみあげです』と言って、夕方に受け取れるようにしてもらった。



「ありがとうございます。このお店のお菓子はすぐに売り切れるので、大変でしたでしょう」

「クリスティーナの名前を使ったからな。そこは大丈夫さ」



「そうですか。ところで、ツバメ様」

「なあ、さっきからそのツバメ様って何だ?」

「どうして、ツバメ様がカリーヌをご存知なのですか? この手の物は、私が買ってくることが常で、店なんて知りませんよね?」

「…………」



 ああ、ね? そういうことですか。

 オレはようやく悟った。

 バレているのだ、姉御と出かけていたことを。

 なにも、変なことをしていたわけではない。



 お見合いを成功させるために下調べをしていただけなのだから。

 しかし、クリスティーナは姉御と二人っきりで会うことを禁じていた。



 彼女らのお怒りは、おみあげだけでは鎮まらなそうである。

 オレは黙して膝を折り、床を下にして正座した。

 魔術のおかげで、床は冷たくない。


「そこじゃいわよ。あそこに正座しなさい」



 クリスティーナに指定された場所には、奇妙な物体が置かれている。

 とても公爵家の人間が住む場所にあるものとは思えない、ちょっと変わった石だ。



 それは三角形に切り出した石で、同じ物が五つ並列に繋げているといえばわかるだろうか?

 あそこに座れというのは、そういうことなのだろう。



「いやあ、キツイっす」

「「早く」」

「はい」



 オレは三角形の石に体重を乗せる。

 少しだけだったのに、スネが折れるんじゃないかと思うほど痛かった。



「な、なあ、何でバレたんだ?」

「衣服を送るサービスを使っておいて、何を言ってるの?」



 そこかー。

 誰か見張りでもいたのかと勘繰ったが、なんてこない。

 ただただ、自分がバカだっただけだ。

 次からは変なサービス使わないでおこう。



「んっしょ、んっしょ」



 ユウナが危なげに石の塊を運んできた。

 え、何、撲殺っすか?


「さあ、始めるわよ」

「始めるって?」

「拷問よ、拷問」

「オリビア様に相談したとこら、古の時代から伝わる拷問方法を教わりました」



 あの人、人の義妹になにしてくれてんの?



「石抱という名前だとか。こうして……よいしょっ!」



 持っていた石の板を何の躊躇いもなく、オレの太ももの上に置いた。

 スネにより深く食い込み、オレの足がスライスされそうだ。



「は、話し合おう! そもそも、オレと姉御が会っていたのは、次の見合いの下見だったんだ! 決して邪な感情はない!」



「……姉、御? 何ですかそれは」

「あっ」



 ずっと心のなかで呼んでいたせいか、つい口に出てしまった。

 ユウナの目のハイライトがスーッと消えていく。

 それに伴って、ドス黒い何かとが溢れているような気がした。



「姉って何ですか年上がいいんですか年増がいいんですか妹はもういらないんですか」



 あまりの早口でうまく聞き取ることが出来なかった。

 ユウナがさらに石の板を運び出してくる。



「ユウナ、それを置きなさい。話せばわか──あああああああああッッッッ‼」

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執事と少しエッチなお嬢様 まお @1995k

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