第10話 決闘Ⅱ

 学園から寮生活を強制され、何かとストレスを抱える生徒達にとって、決闘は一つの娯楽になっていた。

 時代錯誤な決闘を学園が容認しているのも、ストレスが少しでも発散すればと考えてだ。



 訓練場は五十メートル✕五十メートルのフィールドが計四つ存在する。

 五十メートルという距離は、魔術を命中させつつ、防御が可能な距離だ。

 生徒はこの距離の中で魔術に対する防御、カウンターを学ぶ。



 魔術だけで倒せると考える人間がいるが、実のところそう単純ではない。

 魔術は攻撃魔術と対を成すように防御魔術が存在する。



 たとえば、火球を放つ《ファイアーボール》という魔術を放てば、《バニッシュ》という防御魔術で魔術を打ち消すのだ。



 魔術師は、様々な魔術を駆使して五十メートルから二十メートルの距離を保って戦う。

 オレやエリオのような剣士タイプは、魔術を使って距離を詰め、必殺の剣で相手を倒すのが定石だ。


 これが、現代の魔術戦。

 魔術師のように距離を保って戦われるほうが、オレのようなタイプは厳しい。



 この戦いは、情報を握っている分こちらが有利だ。



「クリスティーナ嬢、アンジェラ嬢、前へ」



 見届人が指示を出し、両者が対面する。

 どちらもこの決闘に自信アリと笑っていた。



「覚悟はいいかしら? あなたの執事なんて、ボッコボコよ!」

「そっちこそ、腕一本で済むといいわね?」

「お嬢様、そこまでやりませんよ?」



 決闘は審判が止めるか、どちらかが参ったというまで続く。

 腕を切る前に、審判が止めるはずだ。



「お二人方、相手に要求することはなんですか?」

「アンジェラ。フレッド様とのお見合いをカナタと一緒に見守るのよ」

「わ、私のような高貴な人間に、平民と一緒に出歯亀をしろと? ど、どういうつもりよ⁉」



 アンジェラとフレッドの見合いはすでに破談になっていたことは、クリスティーナに報告した日に学園中に広まっていた。



 その際、アンジェラが大泣きして学園を欠席したことは言うまでもない。



「あなたには、影で私とフレッド様の仲睦まじい姿を見せつけ……見せてあげようと思って」

「そ、そんなものを見せられたら私は……! いえ、勝てばいいのですわ! 私の要求は、カナタ・シドウ! 彼を私の物にすることですわ!」



 ──瞬間、場の空気が凍りついた。

 自分の言ったことの影響を理解していないアンジェラは、ドヤ顔でクリスティーナを笑う。



「私、考えましたの。どうやって、クリスティーナという人間にダメージを与えられるのかを。それが、あなたの執事よ! 私の執事にして、下僕のように扱ってボロ雑巾にしてあげるわ!」



 何だ、そっちの意味か。

 しかし……アンジェラに仕える、か。

 わがままなお子様貴族の典型例のようなアンジェラの元で仕事となると、大変な思いをすることは間違いない。



 クリスティーナのように突然脱ぎだすようなことはないだろうが、それでも想像する限り、クリスティーナのほうが幾分かマシに思う。



「両者の要求はわかりました。敗北した場合、要求を受け入れなければなりません。よろしいですか?」

「問題ないわ」

「よろしいですわ!」



 二人がフィールドから去り、残るのはオレとエリオと審判だけだ。



「それでは、カナタ・シドウ対エリオ・マッケンジーの試合を始める。両者、始祖に恥じない試合をするように」



 学園でおこなう決闘は、公平を期するために用意された武器を使用する。

 オレとエリオの剣は、刃引きされたロングソードだ。



 さきほどまでに見せた豪胆な姿は鳴りを潜め、エリオの顔は厳しく引き締まり、集中している。



「始めッ!」



 審判の開始の合図と共に魔術を発動する。



「《身体強化ブースト》!」

「《身体強化ブースト》ッ!」



 同じ魔術を発動させたオレ達の体は、青白い光に包まれた。

 攻撃力・防御力・俊敏性を高める、近接戦闘を得意とする者には極めてありがたい魔術だ。




 先に仕掛けたのはエリオだった。



「《ストーンバレット》ッ!」



 空中に四つの弾丸状の岩石が形成され、射出される。

 情報通り、土属性魔術を使用してきた。

 この魔術は事前に岩石の数、発射速度と角度を決めなければならない。



 つまり、作られたあとは真っ直ぐ飛ぶしかないのだ。

 岩石の軌道を読み切り、わずかに体を沈ませて吶喊……エリオとの距離を詰めにかかる。



 オレはそこまで魔術が得意というわけではない上、魔術を発動するのに必要な燃料である魔力が少ない。



 魔術を打ち消す魔術を発動するより、躱したり防御力を高める魔術に使ったほうがいいのだ。



「《マッドスワンプ》!」



 躱すことを想定していたのか、続けて魔術を発動し、オレとエリオの間に泥の沼を作り出した。



 これに足を取られると、粘度の高い泥のため抜け出すことは容易ではない。

 さらに上の魔術ならば、百人の人間を沼に沈めて溺死させる恐ろしい系統の魔術だ。



 強化した体で跳べば、泥の沼なんてひとっ飛びだ。

 その代わり、空中で身動きが出来ず、《ストーンバレット》で蜂の巣になるのがオチである。



 ──躱す方法がなければ、だが。



「フッ!」



 泥の沼の手前で跳んだ瞬間、案のストーンバレットを待機させていたエリオが笑みを浮かべている。



 放たれた岩石の弾丸が迫る中、オレは冷静に魔術を発動する。



「《エアバースト》」



 オレの後ろで空気が爆発した。

 けたたましい音で、場外にいる生徒の何人かが耳を防いでいる。

 この魔術は、圧縮した空気を一方向に放つものだ。

 普通は敵に使い、相手を吹き飛ばすのに使う。



 今回は威力を調整して俺の体を飛ばした。

 足元で弾丸の雨が過ぎ去るのを感じ、《マッドスワンプ》の効果範囲外に着地する。



 ──剣の間合いまで、あと少し。



「お見事。さすがはシドウ殿。《エアバースト》を自分に使うなど、本来ならば自殺行為と咎められる行為でしょう」

「お褒めいただき、光栄です。もちろん、卑怯とは言いませんでしょう?」



 上段に構えたロングソードを振り下ろす。

 魔術師ならこの時点で積みだが、剣士はここからが本番だ。



「もちろんです。そして、これを卑怯とは言いますまい?」



 振り下ろしたロングソードが空を切る。

 外した? 違う、外されたのだ。

 オレの足場は泥の沼にいつの間にか変わっており、両足とも沈んでしまっている。



 あり得ない。

 着地点は《マッドスワンプ》の効果範囲外だった。

 一度定めた範囲を拡大させるには、もう一度魔術を発動する必要がある。



 これでは、まるで連続で発動したような──。



「まさか、二重詠唱ダブルキャストか⁉」



 二重詠唱ダブルキャストは一握りの天才にしか成せない高等技術とされる。

 この技術は一度の発動で二度の効果を得る。

 岩石の弾丸を四つから八つに。

 泥の沼を一つではなく、二つ作ることが出来る。



 多くの魔力を消費する技術だが、誰もが使える技術ではないため頭から抜けていた。

 それも、魔術師ではなく剣士が使ったのだからなおさらである。



 おまけに、二重詠唱ダブルキャストほどではないが、遅延魔術という高等技術で発動を遅らせ、着地した時を狙われた。



 おいおい! 剣士のくせに、何で魔術師でも難しい技術が使えんだよ!

 情報にもなかったぞッ!



「チッ! 《エアバースト》!」

「《バニッシュ》ッ!」



 エリオに放とうとした圧縮空気が打ち消された。

 泥の沼を抜けなければ、このままナマス切りになるだけだ。



 ここまでの流れは完全にエリオが握っている。

 油断したつもりはなかったが、アンジェラの取り巻きと色眼鏡で見てしまっていたのだろう。



「これで終わりですぞ、シドウ殿」



 エリオが剣を振り上げる。

 振り下ろされれば、オレの体は真っ二つ──その前に寸止めされ、決闘はエリオの勝ちだ。



「いいや、まだだ」



 オレはエリオが思いつきもしないことを実行する。

 それは、手に持っている剣を投げつけることだ。



「──なっ! クッ!」



 驚いたエリオは剣を振り払うのではなく、体をのけぞらせる形で躱した。

 視界から外れたスキを狙い、《エアバースト》を足元に放ち、泥を吹き飛ばして無理やり脱する。



 勢いがありすぎて地面に体を強く打ってしまい、かなりの箇所を打撲してしまった。

 ……ゲッ、制服に穴が開いてやがる。

 またユウナに怒られるな、こりゃ。



「武器を投げるなんて、騎士科の人間はムカつきますかね?」

「剣を振るうならば、手も出るし、足も出るでしょう」


 

「しかし、二重詠唱ダブルキャストですか。それほどの能力なら、騎士ではなく宮廷魔術師を目指したほうがいいのでは?」



 二重詠唱ダブルキャストを使える人間はそう多くない。

 使えるとなれば即、国の中枢へ採用されるほど貴重な才能だ。



「騎士を目指しているので。騎士が二重詠唱ダブルキャストを使ってはいけないというルールはないでしょう?」

「ハッ! それは確かに」



 さて、どうするか。

 剣はないし、体の節々が痛い。

 これで騎士科第三位? あと上に二人もいるのか。



「カナタ・シドウ。まだやるかね」



 審判が決闘の途中でそんなことを言ってきた。

 彼の目線では、もうエリオに軍配が上がっているのかもしれない。

 終了の合図を出さないのは、クリスティーナに対する忖度か。

 まあ、その辺はどうでもいいや。



「もちろん、まだやれます。この体が残っていますからね」

「シドウ殿、決闘といえど後遺症が残る可能性もあります。これ以上は」

「ハッ!」



 エリオの戯言を鼻で笑い、右手は拳を作り、左手は開手にして構える。



「この程度で音を上げては、お嬢様の執事は務まりません。剣を抜いた以上、終わりまでオレは止まりませんよ?」



 オレの鋭い視線を受け、エリオもまた覚悟を決めた表情を浮かべる。



「フィールドに上がった剣士に失礼なことをしました。ならば、全力で戦わせていただきましょう」



 エリオの体が一回り、二回りほど大きくなったように感じる。

 ──本気、だな。

 骨の一本や二本は覚悟しておくとしよう。



「《ストーンバレット》、《ストーンバレット》!」



 放たれた八つの岩石。

 さらに二重詠唱ダブルキャストに遅延魔術も加わり、計十六の岩石が時間差で飛んできた。



 さっきの岩石よりも小さいが、その分速い。

 どれだけ速くなろうと、結局はまっすぐにしか飛ばない。

 見切れば問題なく躱せる。



「《アースウォール》」



 動き出す直前を読まれ、オレの左右と後ろに、地面から土の壁がせり上がった。

 このまま動けば壁に激突し、動かなければ岩石の餌食である。



 ……はあ、これだから魔術師タイプとは戦いたくない。

 拳を握り、応戦の構えを見せる。


「《上・身体強化ハイブースト》」



 通常の《身体強化ブースト》よりも上位の強化を得られる魔術を手だけに付与する。

 燃費が悪いこの魔術を全身に使えればいいが、いかんせん魔力が足りない。

 ……さらに。



「《鉄甲化アイアン》」

「なッ! シドウ殿が土属性魔術を⁉」



 エリオが学園生活で二重詠唱ダブルキャストを隠していたように、オレもまた隠していたことがある。

 それは、土属性が使えるということだ。



 人は、生まれた時から使える属性に限りがある。

 訓練をすれば増えないこともないが、基本は一属性だ。

 オレは二種、風と土を扱えるようにしていた。



 だが、属性というものは多ければいいと言うわけではない。

 一つの属性を極めたほうが、強いことがままある。



 鉄の如き硬さを得た拳で岩石の弾丸を迎え撃つ。

 ゴガッッ‼

 とても拳と岩石がぶつかったとは思えない音が訓練場に響いた。



 岩石はオレの拳で粉々になった。

 エリオが上位の魔術が使えるのかまでわからない。

 三つの魔術を常時発動させているこの状態は、もって数分といったところだ。

 早目に決闘を終わらせる必要がある。



「クッ!」



 着実に歩を進めながら岩石を砕くオレを見て、焦ったように岩石をいくつも射出させてきた。

 オレは正面から次々と砕いて砕いて砕きまくる。



 おかしいな、オレは剣を持ったほうが強いはずなんだがな。



「《マッドスワンプ》! 《ストーンシャワー》!」



 再び泥の沼がオレから見て、右前方に大きく弧を描いて出現する。

 さらに頭上から、岩が雪崩落ちてきて万事休すだ。

 逃げ道は──。



「技を見せすぎたな、エリオ・マッケンジー」



 オレには、二重詠唱ダブルキャストを破る手段がない。

 加えて遅延魔術でより手がつけられない。



 だが、結局はどんな技術とて、技術は技術なのだ。

 使い手の使い方一つで、その性能は大きく変わる。


「少し、露骨過ぎましたね。左側に遅延魔術で発動した《マッドスワンプ》があるのでしょう?」

「ッ‼」



 岩の雪崩で空中に逃げるのを封じ、あからさまに逃げ道を作られれば、誰だってわかる。

 一度通じたからといって、二度目も通じるとは限らない。



 エリオの作戦を看破したオレは、左への誘導に従わず、強引に正面突破を試みた。



「《アースウォール》!」



 オレが発動した土の壁は、エリオのように縦にせり上がるのではなく、《マッドスワンプ》を避けて床を這うように形成された。

 これは土の橋だ。


「《アースウォー──」

「《エアカッター》!」



 エリオの魔術よりも先に、オレの中で最速の魔術を発動。

 右手から空気を切り裂く刃が飛ぶ。

 魔術を中断したエリオは剣で防御し、オレは土の橋を走り切った

 捉えたぜ、エリオ!



「ここから先は、剣士と拳士の戦いですね」

「望むところです──ッ!」



 距離を縮めたとて、まだ剣の間合いだ。

 拳が届く超近接距離まで迫るには、もうひと工夫必要だ。



 振るわれた刃を右拳で受け流し、鋭い左ストレートを打つ。

 読んでいたらしいエリオは、体捌き一つで躱してみせた。



 魔術も剣術も一級品てか? 羨ましいねえ、全く。

 苦笑いを浮かべつつ、ジャブにフック、足払いを試みる。



 魔術戦になれば、オレは確実に負ける。

 勝つには、息もつかせぬ波状攻撃で押し切るしかない。



「オオオオオッッ‼」



 両手で握るロングソードでは、二つの拳の攻撃を捌くのに手数が足らない。

 徐々に、徐々にだが間合いを侵食し始めた。



 苦しそうに捌くエリオ。

 逃れようと動くが、オレが決して逃さない。



「クッ、オオオオオッッッッ!!」

「ッ!」



 ガギンッと力強い剣撃を右手で受け、拳が痺れた。

 強い攻撃を受けたせいで、《鉄甲化アイアン》の効力が切れ始めた。



 それを見て、勝機と感じたかエリオが一転攻勢。

 ──が、オレはそれを狙っていた。

 人が警戒している時にスキを見つけることは難しい。



 ならばスキをどうやって見つけるか。

 ないなら作る、作り出すのだ。

 エリオが効力切れを狙ってきたように。



 上段から必殺の攻撃を感じ取る。

 《鉄甲化アイアン》が切って少ない魔力を温存。

 だがまだ、《上・身体強化ハイブースト》が残っている。

 手に付与した魔術を別の部位、足に移し、超瞬発力でさらに詰めた。



「──なッ」


 エリオの襟を掴み、わずかにバランスを崩す。

 そこから、円を描くようにして背負投げに持ち込んだんだ。 

 キレイに決まり、背中を強く打ったエリオから苦痛の声が漏れるがまだだ。


 追撃で鳩尾に膝を打ち込み、衝撃で剣を手放した。

 さらに右手を引き──。



「そこまで! 勝者、カナタ・シドウ!」



 オレの勝利を示す合図がもたらされた。

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