第9話 決闘

 学園の講義は、所属する学科によって大きく異なる。

 クリスティーナは貴族科で貴族の礼儀作法や歴史など、貴族の一員として必要なことを学ぶ。



 ただ、多くの貴族は実家ですでに学んでいる者が多くおり、貴族科は勉学より人間関係の形成が重要視されている。

 学園に通う意味があるのかと疑問に思うが、思春期に友情を育ませ、貴族間の争いを最小限にしようという意図があるらしい。



 ……クリスティーナとアンジェラを見ると、うまく言っているようには見えないが。



 他には騎士になりたいものは騎士科、魔術師になりたいものは魔術科に入る。

 オレは執事だが、クリスティーナのわがままで貴族科だ。

 平民なのに、だ。



 おかげで、貴族からも平民からもいろいろな視線を向けられる。



 貴族科でも、戦闘訓練はおこなう。

 騎士科や魔術科ほど激しいものではないが、嗜みとしてだ。



 今日はクリスティーナとアンジェラの約束通り、貴族科の実技で決闘が執りおこなわれる。

 訓練場の壁に背を預け、オリビアから貰った情報を手に、クリスティーナが悪い笑みを浮かべていた。



「いいわね、最高よ。これでアンジェラをボコボコに出来るわ」

「淑女がボコボコなどという言葉を使わないでください。そんなに良かったんですか?」



 クリスティーナに渡す前に、オレも一通り目を通した。

 そこまで悪い笑顔をするほどのことが書いてあったか、ちょっと疑問である。



「あなたが知ることではないわ。……それより、何を見ているの?」



 彼女の視線は、俺の手元……紙束に注がれていた。

 紙をヒラヒラさせ、これが何なのか説明する。



「決闘の対戦相手の情報ですよ。知らないより、知っていたほうが勝率が上がりますから」

「それは、必要かもしれないけど、対戦相手の情報は知らないほうが練習にならないかしら?」



 戦場や暗殺者との戦いでは、相手の情報を持っていることのほうが少ない。

 決闘でも、相手を調べずに戦うほうが練習になるという理屈は理解出来る。



「ここが訓練場ではなく、荒野や森であればそれもいいかもしれません。しかし、今回は対面してよーいドンですから。戦場や暗殺ではない以上、そこまで練習の効果はないでしょう。それに、決闘は負けられない戦いです。1%でも勝率を上げるべきでしょう」



 アンジェラがクリスティーナに何を要求するのかわからない。

 過去の決闘では、次のテストは白紙で出すようにだの、指定の髪型にするだのおかしな要求ばかりだった。

 そして敗北し、返り討ちに合うまでがセットである



 今回の決闘も、どうせロクな要求ではないはずだ。



「あなたがそう言うなら、これ以上何も言わないわ。それで、代理人はどんな人物なの?」

「どうぞ」



 持っていた紙束をクリスティーナに渡す。

 名前、家柄、家族構成、経歴、学園の成績など、かなり細かい情報まで載っている。



「エリオ・マッケンジー? ああ、マッケンジー男爵家の三男ね。へえ、騎士科成績三位。まずまずね。今まで戦ってきた、貴族科のヘタレ共よりは強そうね」



 全ての貴族が貴族科に入るわけではない。

 跡継ぎでもない者が入っても意味がないのだ。

 ノーラのようにメイドとして働いたり、政略結婚を考えた場合は、貴族科に入っていると何かと便利だが、男子はそういうわけにはいかない。



 執事みたいに顎で使われるのが嫌な次男や三男坊共の多くは、立身出世のため騎士科に入る。

 騎士として活躍出来れば、自分で家を興せるからだ。



 久しく戦争なんて起きていないのに、己の立場のために騎士になろうとするようなヤツは非常に多い。

 きっと、エリオもその一人だろう。



「剣と土属性の魔術を使用。魔術で牽制をおこないつつ相手を削り、弱った相手を斬る……ね。どちらも高い技量があるですって。器用ね」

「器用貧乏っぽいですがね」

「愚かな人ね。アンジェラに味方するということは、即ち私に敵対するということなのに。いい加減、こういうおバカさんがいなくならないかしら?」



「この世から貴族がいなくなることと同義だと思いますが?」

「いなくなっても、変わりが出てくるものよ。人間だもの」



「ここにいましたわね?」



 聞き覚えがある声──ドリルヘッド・アンジェラとその取り巻き達だ。

 その中で一人、オレに好戦的な目を向けている者がいる。



 紙束の写真と瓜二つ、こいつがエリオ・マッケンジーだ。

 短く整えられた髪に、制服の上からでもわかるほどよく鍛えられている。



 チャラチャラした貴族の坊っちゃんというイメージを抱かせない屈強な男だ。



 エリオに気づいたクリスティーナの視線が冷たくなるのがわかった。



「あなたがエリオね? 確か、二年前のパーティーで一度お会いしましたわね?」



 エリオが明らかに狼狽する。

 さすがはウチのクリスティーナ様、二年前の出来事を覚えているなんてさすがっすね。



 パーティーがどの程度の規模かわからないが、男爵家の三男なんてただ顔を合わせて挨拶した程度だろう。

 どんな記憶力してんだ?



「まさか、私のような人間を覚えていただいているとは」

「覚えているわ。ところで、アンジェラの代理人を引き受けたということは、私……ひいてはラスト家を敵にまわすことは理解されている?」



 取り巻き達の表情が凍りつく。

 いつも自信満々な取り巻き達も、ラスト家が怖いのか。

 それとも、クリスティーナ自身がか。



 クリスティーナの圧に取り巻き達が一歩引くなか、エリオは逆に一歩前に出る。



「これは私のわがままでございます。シドウ殿を決闘で討ち果たせば、騎士団の内定をいただけるのです」

「ば、バカ、エリオ! 」



 アンジェラが慌ててエリオの口を塞ごうとした。

 悲しいかな、エリオの身長は190ほどと大きく、小柄なアンジェラでは手を伸ばしても塞げない。



「……それ、不正入団よね?」

「ハハッ! 少し、口利きをしていただくだけです」

「そうよ。騎士団長にちょっと言うだけよ」

「不正入団ですね」

「不正入団よ、それは」

「う、うるさーい!」



 騎士団の倍率は高いと聞く。

 戦争や紛争が長らくないため、軍縮で人員が削減されているそうだ。

 口利きで入れる話があれば、誰でも飛びつく。



「騎士団に入るためだけに私を敵にまわすなんて……愚かね」

「もちろん、それだけではありません」



 エリオの視線がオレに向く。

 な、何だ?



「私は、その男……カナタ・シドウと戦いたかったのです」

「え、オレ?」



「多くの決闘を戦い抜き、いまだ無敗。貴族から疎まれ、平民でありながら公爵家の執事をしていると同じ平民からやっかみを受けながらも、彼が振るう剣に曇り一つない。

これほど素晴らしく、誇りある剣士と戦えるのは、人の短い人生ではそうないでしょう」



 つらつらと小っ恥ずかしいセリフが次々と出てきて、オレの背筋が痒くなる。

 こ、これはアンジェラ側の作戦か何かか?

 エリオの澄んだ瞳がクリスティーナに向けられる。



「あなたはとてもよい従者を持たれている」

「え……えっと、ありがとう?」



 公爵家の威光の傘で圧力をかけようとしていたクリスティーナが、思わぬ形で反撃を受ける。



「ちょっと、エリオ! 敵を褒めるだなんてどういうつもり⁉」

「申し訳ありません、アンジェラ様。では、シドウ殿。後ほど」



 去っていくアンジェラ一同。

 クリスティーナから紙束を受け取り、もう一度目を落とす。

 性格の欄に『豪胆』と記載されていた。



 クリスティーナの冷たい視線を受け、ラスト家の名前が出ても変わらず話す姿は確かに豪胆である。



 さらに、正面から相手をあれだけ褒めてくるとは。

 敵ながら恐ろしい男だ。



「……私、あの人苦手だわ」



 クリスティーナがポツリと漏らす。



「アンジェラ様の取り巻き達は、陰湿で陰険な人間の集まりと思っていましたが、あのような人物もいるのですね」



「私も驚いているわ。アンジェラの幼児体型の何がいいのかしら?」

「彼女の前で言わないでくださいよ。泣き出して面倒ですから」



 講義開始のベルの音が鳴り、合わせて見届人と審判を務める講師が現れた。



「負けたら、お風呂で私の背中を流してもらうわよ」

「どんな罰ゲームだ」

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