ラブコメマスター

柊 季楽

まだマシな第一章

第1話 条件つきのカノジョ

 『お入学おめでとうございます。これからあなたたちには文武両道の――』


 桜の舞う春、体育館から校長先生の言葉が聞こえてくる。

 入学式と始業式を同じ日にするのはこの学校の変な習慣だ。


「よ!前坂まえさか。どうした?お前も後輩が楽しみなんだろ?」

「違えよ。初日から後輩に変な目向けるなよ?遠野とおの。お前が目立つと俺まで変な目で見られるんだからな」


 ハイハイっとケラケラ笑うのは遠野とおのじゅん、一応俺の親友だ。


「しかしまあ、二年生ってのは本当にサイコーだな。後輩でも先輩でもどっちでも選べるんだから」

 

 こういうところがなあ…なければ、まあ別に普通の男なんだがな。


「お前それは理論値だろ?周りを見ろ周りを」


 どんどん女子が俺たちから距離を取るのが足音で分かる。


「恋愛に理論値なんて言葉を使うお前に女性は寄り付かねえよ」

「はっ、恋愛どうこうの前にお前はまずこのクラスでの女子とのかかわり方を考えるべきだぞ」

「マジそれな」


 恋路に興味がないわけじゃない。それでも、平凡な理由だが、高校生で終わってしまうことを、最初から結末が決まっていることを始めようとは思わない。


「まずは体育祭で目立つところからだな。」

「いや、早いだろ。その前にいろいろあるだろ。テストとか、テストとかテストとか」


 遠野は、ぎくっと身を引き、いやそうな顔をする。それが、彼の勉強嫌いを体現していることは言うまでもない。


「そ、それはさあ、別に目立てないじゃん?」

「そうか?ランキングに入ることは、将来に自信を持てるというアピールになると思うが」


 ここは進学校であるから、体力自慢よりも、学力自慢の方が効果的だ。しかも、点数やランキングが出るから、前者よりも露骨である。あからさますぎるという点は、確かに前者よりも劣っているところでもあるが。


「う、ぐ。でも、俺が言いたいのはそういうことじゃない!ってお前わかってて言ってるだろ」

「お前が夢物語みたいなこと言うから、俺が、お灸を据えてやっただけだ」

「ひでえ」


 遠野は頬を膨らませてジト目をしてくる。悪いが、さすがに男のそれは見るに堪えないぞ。


「まあ、いいわ。俺、今日告るから」

「はっ?お前話聞いてたか?」


 さすがの俺も噴き出してしまった。この学校に通っているからには、もう少し物わかりのいい奴だと思っていたから。


「聞いてたさ。しかし俺は思ったわけよ。俺たちが今日告ってフラれる確率は確かに高い。しかし、高校人生を考えればどうだ?今日行かなければ、接点のない人とどうやって関係を持つ?もし好みの人を見つけれたとしても、全く関わりがなければさすがの俺も話しかけられるわけがない」

「要するに他の日に行けば0%だが、今日行けば成功する確率は0%以上ってことか?」


 俺はうろたえた。遠野がそこまで考えているなんて。…まあ、彼の理論は穴だらけだが。


「ああ。それもそうだが、それだけじゃない。今日フラれることはもっともデメリットの少ない接点を作る機会なんだ」

「おお!?いや、でもそれって――」

「じゃ、ちょっくら行ってくるわ」


 待て、という間もなく、彼は教室を走り抜け、廊下を駆けていく。


「死んだな、あいつ」

「そうですか。ご愁傷さまです」

「あはは、いいっすよあいつ自業自得なんで、ってええ?」


 それが、女生徒の声だと気づいたのは、一瞬の気後れのあとだった。


「ふふ、すいません。ネイバーになった篠川しのかわらんと云います」

「ね、ねい?なんて?」


 俺はしまったと思った。ヤバい人に話しかけられたかもしれない。


「ん?おバカさんですか、ここですよ」


 そういって篠川さんは俺の隣の席を指す。あ、neighborの事ね。って突然言われてもわかるわけがないだろ!!


「あ、俺は前坂まえさか龍之介りゅうのすけと云います。これから、よろしく」

「前坂くん、私たちはネイバー同士になりましたね。とういうことで、いくつかルールを決めましょう」

「お、おう。突然だね。まあいいよ」


 篠川さんは自分の席に座って。俺の方を向く。注意深く見ると、他の人も彼女のことを見ている。やはり、彼女はヤバい人なのだろう。俺も気を引き締めないと。


「まず、一つ、私には、敬語で話してください。」

「え?は、はい!」


 全く予想してなかった言葉が飛んできて、俺の声は情けなく高くなる。なにこれ、俺、嫌われてるの?遠野にあんな偉そうにしておいて、雲行きが怪しいぞ。


「二つ、私には、必要な時以外、話しかけないでください」

「は、はい!!」


 やっぱりだ、俺、嫌われてる…。でも、なんでだ?俺がこの子に何をした?今日、今が初対面のはずだ。俺が記憶を探っている間に、また篠川さんは口を開く。


「三つ、週に一日、交流会をしましょう。前坂くんのお家に行かせていただきますので、ご両親にこのことをお伝えください」

「はい!!!ってええ??」


 これは、どういうことだ?話の落差が激しい、激しすぎる。俺はあまりにもなその条件に、形容しがたい感情を覚えていた。


「以上です。ご了承いただけますか、いただけますよね。いただいてください」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。何が何だか、俺には――」

「あ、チャイムがー」


 『キーンコーンカーンコーン』というお馴染みの電子音声が学校全体に響き渡る。


「はーい、ホームルーム始めるぞー」


 待っていたかのように、自分たちの担任になったのであろう先生がドアを開けて教室に入ってくる。


「あれ、始業式から遅刻かあ?誰だあ?そこ…あ、遠野じゃないか。でも荷物はあるな。前坂、お前遠野がどこ行ったか知らないか?」


 くそ、これ、どうするんだよ。必要な時以外話しかけるなって言われたし。てか、そもそも特別な時っていつのことだよ…。


「おーい、前坂?」

「は、はいすみません。なんでしたっけ」


 教室から、どっと笑いが起こる。くそ、こんなはずじゃなかったのに。横を見ると、篠川さんもこちらを見ながらくすくす笑っている。


「お前、遠野どこいったか知らない?」

「遠野ですか、多分体育館かと」

「はあ?あれだけ行くなと言ったじゃないか」


 また、教室に笑いが起こる。先生は頭を抱えるそぶりをする。しかし、俺はそれどころではなかった。


「失礼しまーす」


 教室の後ろのドアが開いて、明らかに落ち込んだ遠野がとぼとぼと歩いてくる。


「遠野、お前遅刻だぞー?」

「はい、すみません」


 悲しそうにはしているが、反省しているそぶりは全くない。30度ほど頭を下げると、俺より三つ前の席に座る。こういう時は、あいつの手助けも欲しいものだが、そう都合よくはいかない。


 俺は篠川さんの方に睨みを利かせる。

 しかし、篠川さんはもう前を向いて涼しげに先生の話を聞いていた。


「「もう最悪だあ」」


 俺と遠野の思考が一致する、珍しい瞬間だった。

 


  ♡♠︎



 時は進んで、休み時間。


「やっぱりフラれたのか?」

「その質問に答えるほど、俺はバカじゃないぜ」

「フラれたんだな」


 俺は白い目で遠野を見る。


「良い雰囲気だったんだけどな」

「最初はな」


 そこまでは容易に想像できた。まあ即フラれなかっただけマシだろう。


「ラインも貰ったんだけどな」

「さすがにな、ってええ?」


 俺は驚いて遠野を二度見する。俺の記憶上だと、そこまで行ったのは、これまでに三回。荷物を持って上げたお礼に80代のお婆さんから。迷っていた外国人に道を教えて上げ、そのまま一緒にホテルに泊まった40代のナイスガイから。そして、入学式初日に休んでいた俺に連絡物を届けてくれたときに俺と。


「それ、大成功じゃねえか!お前の人生最後のチャンスだぞ」

「だったらよかったんだけどよ。その子、めっちゃ友達多いらしくてさ、交換したときに『通知はオフで良いですかね!!』って言われちゃってさ」

「おお、そんなことあるんだな」


 その子も酷いな。悪気はあまりないんだろうが、遠野ような男にはドストレートどころかドスレートフラッシュだ。


「さすがの俺もメンタルが耐えられなかったぜ。って言うかお前はどうなんだよ」

「あ?どういう意味だ?」

「となりの席の篠川さんだよ。変な噂は聞くが、お前はなんかあったんじゃねえの?」

「ああー」


 忘れていた。いや、忘れていたかった。幸いにも、彼女は席を外している。しかし、いつ帰ってくるかわからないため、彼女を悪く言うのは気が引ける。


「変な条件を言いつけられたけど。・・・その噂ってなんなんだ?」

「やっぱりそうか。噂ってのはな、お前みたいに条件を言われるらしいんだが、それがイカレててな」

「へ、へぇ、例えば?」


 やはりイカれてるのか。俺は今回、その獲物になってしまったと言うことだろう。絶望への心構えとして、俺はその事件記録を書いておくことにした。


「何年の誰と誰に告白しろ、とか校長先生の連絡先を聞いてこい、とか金輪際話かけるなとかだな。マシな物だとアラビア語で文通をしよう、とか英検1級を一緒に受けよう。酷いやつだと助動詞でしか会話するな、とか屋上でフラダンスする動画を撮って公開しろ、などなど」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、あの人、そんなにエグい人だったのか?」


 俺は一人で震え上がっていた。どうやら、俺の条件はまだマシだったようだ。これからのことを考えると、気が重くなる。


「まだ落ち込むのには早いぜ。噂ではな、その条件をクリアしたら——」

「やめろよ。これ以上は何も聞きたくねえ」

「は?いやだから、落ち込むのにはまだ早えーんだって。この条件をクリアしたら篠川さんが——」

「私が何ですか?」


 音もなく忍び寄ってきた篠川さんが、いつのまにか俺と遠野の間に立って言った。


「「うわあ!」」


 落ち込んでいた俺も、何か言いかけようとした遠野も、ほぼ同時に悲鳴を上げる。ニコニコと姿勢よく佇む彼女は、さながら仏のようだが、俺にはその影がより深く暗く見えた。


「いや、篠川さんが綺麗だよなあって話をしてたんすよ!なあ、前坂?」

「ええ、さぞ友達も多そうだなあって言う話をね」


 テキトーに話を繋げると、篠川さんの笑顔が一瞬曇る。


「・・・嫌味ですか?」

「ん??いや、そんなわけないじゃないですか?」

「そうですか、悪気がないのであれば許しましょう」


 なんも悪いことしてないのに何故か謝られた。これはどういうことか、俺に考える余地はなかった。


「では休み時間ももう終わるので、遠野くんは自分の席に戻ってください」

「あ、ハイ」


 女生徒に振られたばかりの遠野は、いつもよりも勢いがなかった。言われるがままに席に戻る。


「前坂くん。先ほどのルール、もう一つ追加させていただきましょうか。」


 タイミングを見計らって、篠川さんはこちらを向く。


「は、ハイ。何でしょうか?」

「私には嘘をつかないでください」

「は、はい。」 


 俺はまた手の震えが始まった。嘘をついていたのがバレたこともそうだが、あえて責めないのがさらに怖い。執行猶予期間ということで、次が最後なのだろう。失敗をすれば何をされるのか、それは想像するのも恐ろしい。


 このときの俺は知らなかった。遠野が言っていた「その条件をクリアすれば——」の先を。


 その続きは、「篠川さんと付き合える」ということ。

 しかし、さえも一部であるのを知るものは、まだ誰もいない。



 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る