¥金貨3枚 お金は大事だよ

 リリカと逆にシーニャの荷物はかなり少なかった。どうやら今は酒場の寮に住んでいたらしく、必要最低限の物のみ移動したっていう感じ。部屋も1部屋で収まった。

 部屋はリリカの隣。あの大量のリリカの荷物を見たとき、俺の正体を最初に知ったときくらいめちゃくちゃびっくりしてた。というかシーニャよ、俺に負けず劣らず顔に出やすいタイプですね。


 そうそう、あとは、とりあえずお互いにさん付けは止めようって事にした。同じパーティメンバーだし、もっと関係性をフラットに行こうって。それに年齢も俺とほぼ変わらなかった。19歳だってさ。俺より歳上みたいだ。


「チヒロ……!えへへ、なんか変な感じですね」


 めっちゃ可愛かった。スマホで録画したくて、初めて文明の利器が無いことを恨みましたよ。こういう時スマホ系の異世界転生者達はマジで便利だと思った。ステラに頼んだら作ってくれないかしら。

 敬語はなんか止められないみたい。それはそれで可愛いから良いけどさ。


「ふ、あーあ……」


 ということで次の日の朝。ゴーレムの体でも寝起きは辛いものだ。どういう原理化は知らないけど。

 ん?何やら美味しそうな匂いと音がする……?いつもは俺しか起きてなくて、寝坊助な2人を起こしに行くってのが流れなんだけど……


 着替えをして、眠い目を擦りながら、リビングへの扉を開ける。


「あっ、チヒロさ……チヒロ!おはようございます!」


「おはよう……」


 キッチンにはメイド服姿で朝食を作る天使がそこにはいた。窓から差し込む朝の陽ざしに照らされている姿はまさに天使と言っても過言ではない。というか天使だろ。


「マスターや他の皆様から餞別として、材料とかを頂きまして、簡単な物ですが勝手に作らせていただきました。まだ出来てないんですけどお待ちいただけますか?」


「もちろんだよ」


 とっとっと近くに来たシーニャに、コクコクと頷きまくり、テーブルに移動する。


 ……こういうのだよ。こういうのを求めていたんだよ俺は!異世界に半日間魂だけで放り込まれてゴーレムに入れられてめちゃくちゃ痛い目にあってさぁ!やっとだよ!メイドさんに料理を作ってもらってるって最高の状態じゃん!異世界万歳!

 あれ?そういえばシーニャは帽子被ったままだな。制服の一部だと思っていたんだけどそういうことじゃ無いのかな?


「お待たせいたしました!」


「ありがとう」


 そんな雑念を考えていたらシーニャがお盆を運んできてくれた。朝食の定番オムレツやスープ、ウインナー。いつも食べているパンでさえ違って見えてくる。


「それでは銀貨2枚になります!」


「えっ、金取るの……?」


「冗談です。さぁ召し上がれ!」


 加入する時もそうだったけど、結構冗談言うタイプなんだな。そんな風には見えなかった。

 うーん、食べるもの全てが美味しい。さすが元々酒場勤務。キッチンもシフトでやっていたみたいだし。家でこんなものが食べれるとは……


「そういえばシーニャはここ出身じゃないの?寮に住んでいたみたいだけど」


 キッチンで立っていたシーニャに、椅子に座るよう促して問いかける。

 ここで俺はちょっと失敗したと後悔する。こんな世界観だ、もし魔王軍に家族を殺されて孤児になってしまったとか言われたら何とも言えない。この質問はデリカシーの無い奴だった。道徳の授業もちゃんと受けていたはずなのに。


「い、いや、今の質問は無かったことに……」


「え?どうしてですか?」


 キョトンした顔で聞き返す。


「私はこの国に出稼ぎに来ておりまして、少しでも多く稼いで帰る予定なんです。だから本当は討伐クエストとかに出てバリバリ稼ぎたいんですけど……」


「けど?」


「おはよう、2人とも。なんか美味しそうな匂いがするな?」


 扉が開き、ぼさぼさ頭のステラが入ってくる。


「おはようございますステラ、今朝食を用意いたしますね」


 んー。話を最後まで聞けなかった。まあ今度でも聞けるだろう。


***


「おはようございまーす、酒場ですかークエストですかー?……あ、シーニャせんぱーい。昨日ぶりですねー」


 シーニャのパーティ加入後の初陣ということで朝一番にギルドに来た。対応してくれているのはミクっというシーニャの後輩。


「おはようございます。こちら側に立つのは何か新鮮ですね」


「ほんとですねー。チヒロさん、ステラさん、リリカちゃん。改めて先輩のことをお願いしますねー」


 なんであたしだけちゃんなのよと呟くリリカ。年齢とかその他諸々のせいだろうよ。


「先輩は行くクエスト決まっているんですかー?」


「ええ、昨日のうちにもう決めておきました!これです!」


 ポーチの中から紙を取り出し、カウンターに置く。どれどれ?ジャイアントカタツムリの討伐……かたつむり?アフリカマイマイみたいなもの?でっかいのって言ってもそこまででも無いんじゃないの?


「えー!カタツムリ!?あたし嫌よ!気持ち悪いし!」


 シーニャの方を向き、ステッキを抱きしめるようにして怖がるリリカ。


「ほう……怖いのか?カタツムリが」


 ステラの眼鏡がキランと光った気がした。お前、さてはこの前の事根に持っているな?


「こ、怖くなんて無いわよ!所詮虫じゃない!」


「虫では無く貝なんだが……じゃあ行けるな?」


 カタツムリって貝なんだ。初めて知った。


「いいい行ってやろうじゃない!」


 ちょろいな、ほんと。


「まあいざとなったら俺もいるし何とかなるだろ!」


「さすが『ヌシ殺し』ですね!頼りになります!」


 所詮カタツムリ。デカいっつっても拳くらいだろう。冒険者が行くより何でも屋とかの仕事だろう。今回は楽勝だな。


***


「なあ……この世界のカタツムリってこんなデカいのか……?」


「だから言ったじゃないの!!嫌なのよこいつは!」


 そこに存在していたのは異様な大きさのかたつむり。ドラゴンほどではないが、前世の乗用車くらいはあるだろう。1匹だけだが、それが森の近くにある川辺で蠢いている。うん、そりゃ嫌がるわ。苔を食うようにして生えている草花を貪り食っている。

 俺達はその蠢いている様子を10mくらい離れたところから見ている。というか近くは地面も粘液でぬめぬめしていて行きたくない。


「なんでこんなのに行こうって言ったのよ?」


 少し震えながらリリカが聞く。


「いやー、カタツムリの殻って高く売れるんですよね。無傷だと金貨1枚で」


 お金めっちゃ大好きだな。その話を聞いたステラが生唾を飲み込む。そうだよ、うちら金欠だもんな。


「……もう、とりあえずさっさと終わらせるわよ!魔核を破壊したら魔物は消える!」


 リリカはステッキを構える。


「ちょっとちょっと!ダメですよ!」


 ステッキの前にシーニャが立ちふさがって止める。


「何でよ!」


「リリカは魔法使いですよね!?巻き込んで殻壊れちゃいます!」


 魔法範囲広いしなぁ……っていうことは俺のゴーインも今回は役立たずそうだ。


「ここは私が直接!いいところ見せちゃいます!」


 シーニャがかたつむり目掛けて走っていく。が、すでに這いずり回った後の地面はよく滑り、ズテンと転ぶ。


「負けません!」


 勢いはそのままに立ち上がり、カタツムリの本体に向けてパンチを出す。

 おお、さすが戦士。速さは一級品。でも確かミクがカタツムリは物理攻撃に強いですよーとか言ってたような。


 案の定カタツムリはシーニャの拳の衝撃をその身で吸収する。


「あ、忘れてました……」


 とでも言ったかもしれない。遠いからわからないけど。


 反撃とばかりにカタツムリは粘液を口から放出する。 


「ぬめぬめしてました……」



 転んで怪我をしたところに手を当てて、自ら回復しながらとぼとぼと歩いて帰ってくる。戦士ということもあり、メリケンサックのような手甲や、インナーは着ているけど露出の高めの服はぬめぬめに塗れている。これはこれでエロいけど、そういう場合じゃない。


「チヒロ君がエロいって顔つきで見てるぞ」


「見てねえよ!それよりシーニャの能力は?通じそうなのか?」


「私の能力は至近距離用なんです……」


 シーニャの足元の影が地面から伸び上がり、影で出来たシーニャになる。先ほど聞いた話だと、これで本人の攻撃をサポートしたりする能力らしい。

 リリカはぬめぬめ嫌がって近くに行けない、ステラはそもそも支援向けだし無力そう、シーニャは打撃が効かない。あとは俺くらいしかいない、けど俺の接近も魔法も殻砕けそうだしな……


「これ結構難易度高くねえ?」


「ふっ、しょうがないな。私の魔法道具マジックアイテムを使おうか」


 そう言ったステラはリュックを下ろし、ガサゴソと中を探る。すっごい嫌な予感しかしないんだけど。


「これだ!スライム液化剤!これに触れたスライムは解けて消える!」


 蓋のしてある試験管。緑色の液体が入っている。つーか試験管そのまま入れてんのかよ危ないな。


「スライムじゃねえだろ」


「まあ似たようなもんだ。じゃ、チヒロ君、頼んだぞ」



 微笑みながら試験管を俺に押し付けてくる。

 ……俺が行くのか。


「頑張れ、男子」


 肩をポンと叩き、親指を立てる。ったくもうしょうがねえなぁ!


 地面のぬめぬめに滑らないよう、慎重に歩みを進める。どんだけ分泌量多いんだよ。うわっ、靴の中に入った。

 近くにまで来ると大きさがよくわかる。うにょうにょとしている目は腕くらいの太さがある気がする。とりあえずどうしようか、普通にかけたらまた引っ込むんじゃないか?


 悩んだ結果、食べている途中の草にかけてみる。遠くから何やってんだチヒロくーんという声が聞こえてきたけど無視。お、食べた。さてどうなるか。


 ぷるぷると震え出した。溶ける兆候か?と思いきや……


「みんな!逃げろー!!」


 目の前のカタツムリはいきなり膨張を始める。その膨張率は離れているみんなを巻き込むくらいに。

 駆け出した俺の声に反応して、他の3人も走り出す。みるみる内に木より大きくなったカタツムリ。その様子を見てリリカは気を失う。


「マジかよ!」


「私が運びます!」


 隣で走っていたシーニャがリリカを担ぎ上げた。


「あっ!帽子が!」


 混乱のさなか、シーニャの帽子が外れ、その下にあった物が露になる。

 そこにあったのは、秋葉原のメイドのような猫耳だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る