喪失

誰かの声が聞こえる。

私を呼んでる。

でもまだ眠りたい。

目覚めたくない。

起こさないで…。




_____眩しい


瞼を通して光が見えた。


「浩美!起きた?」

「えっ、お母さ…ん?」

「そうよ、ここは病院、わかる?」


ゆっくりと周りを見渡した。

清潔な白い壁と天井、消毒のにおい。


「私…」

「覚えてない?お腹が痛いって倒れて…」

「…あっ!そう!お腹、ねぇ、私のお腹は?赤ちゃんは?」

「……」


お母さんが悲しそうに私を見た。

嫌な予感がした。


「ねぇっ!赤ちゃんはっ!?」

「……いまはまだ、浩美と誠君のところには、来れないって。空へ帰って行ってしまったのよ」

「!!」


_____赤ちゃん、死んじゃった?どうして?私のせい?私がいいお母さんじゃなかったから?私のせいなんだよね?


「う、うわ、ぁ、ぁっ」


泣きたいのに、泣けない、声が出ない。

どうやって息をすればいいのか、わからなくなった。


「はっ、はぁっ、はっ、はっ…」

「浩美、落ち着いて、浩美!!」


お母さんがナースコールのボタンを押した。


「どうされましたか?」

「浩美がっ!苦しそうで」

「過呼吸ですね、お母さん、少し離れてください。先生もきますから」


_____く、くる、しい


チクリと何かの注射。

だんだん楽になってきて、頭がぼーっとしてきた。


_____そうか。赤ちゃんもういないんだ


私はそっと、自分のお腹を撫でた。


_____ごめんね…守ってあげられなくて、ごめんね…


それからまた私は眠ってしまった。



◇◇◇◇◇



パニック障害とかPTSDとか…。

いくつかの病名の説明があった。

何種類もの薬が渡されて、私は2日で退院した。


薬の副作用なのか、私はいろんなことを考えることができなくなっていた。

何かを話そうとすると涙が出るし、眠りたくてもずっと意識は起きているみたいだし。


「誠君は?」


それだけは確認しておかないと。


「うちにいるよ、お父さんと」

「そっか…」

「もうしばらくはこのまま、うちで暮らしましょ、みんなで。施設は今さがしているからね」

「…施設?そうか…」


やっと手に入れた、夢見ていた生活。


こうして私は全部を失った。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る