それから

保険や障がい年金で、経済的には生活はなんとかなりそうだった。


_____あとは毎日の、2人の暮らしをなんとかするだけ


朝起きて、ご飯を食べさせる。

着替えさせて洗濯と掃除。

歯磨きや顔を洗わせる。

私が家事をしている時は、テレビの前に座らせる。

おトイレも、声をかけて行かせる。

お風呂もトイレも1人ではできない。


時々、何かに突然怯えたりして、私にしがみついて来ることがある。

でも、力は男の人なので、私がしっかりしていないと倒されそうになってしまう。


毎日がずっと、闘い。

何と闘っているのかわからないけれど、気を抜くと深い闇に飲まれそうになる。



やっと、朝のルーティンを済ませたと思ったらもうお昼ご飯の時間だ。

ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。


「浩美、誠君、いるの?」


お母さんの声だ。


「うん、ちょっと待ってて」


私は立ち上がって玄関の鍵を開けた。


「ごめんね、鍵をかけておかないと、誠君がフラッと出て行っちゃうことがあるから」

「そうなの?どこへ」


お母さんは、よいしょとスーパーの袋をテーブルに置いた。


「決まってないみたい。いつもそこらへんにいるけど、信号とかの交通ルールとかわからないから危なくて」

「それは大変ね…ね、浩美はちゃんと眠れてるの?」

「う、うん、大丈夫」

「お母さんがしばらくいるから、休みなさい、ね。ご飯はお惣菜を買ってきたから、これを食べたら少し横になりなさい」


お母さんがテーブルに並べたのは、実家のそばにある中華料理店のテイクアウトだった。

美味しそうな中華料理のニオイに久しぶりに、食欲が湧いて来る。


「ほら、誠君はどれを食べる?天津飯かな?餃子かな?」


目の前に並べられた料理を、誠君は返事もせずに手づかみで食べ出した。


「あら、ダメよ、ほら、これを使って」


お母さんが慌ててスプーンを出してくれた。


「ごめんね…」


お母さんに申し訳なくて、謝ってしまう。


「何言ってるの、誠君は、浩美の大切な人でしょ?」

「そうなんだけど…」

「ほら、浩美も食べて。もうすぐにつわりが出てくるから、そうしたら食べたくても食べられなくなるんだからね」

「…うん」


久しぶりの中華料理は、お腹にずっしりと入って満腹で眠くなった。

布団で横になったら、お母さんがいてくれる安心感からか、すぐに寝てしまった。



そして夢を見た。

赤ちゃんを抱っこした誠君が、ニコニコしている夢。

私にも抱っこさせてと手を伸ばすのに、どうしても届かなくてどんどん離れていく…。


_____置いて行かないで!いやだっ!



「浩美?どうしたの?」


お母さんの声で目が覚めた。

シーツが汗でビッショリ濡れている。


「なんか、夢を見てた…」

「疲れているのよ。ねぇ、浩美、誠君を施設で見てもらうことも考えてみたら?」

「施設?」

「今はまだ、私もお父さんもお手伝いができるけど、浩美に子どもが生まれたら、このままの誠君と2人では暮らしていけないと思うよ。これは浩美のためというより、誠君と生まれてくる赤ちゃんのためでもあるから。考えてみて…」


たまに考えることもあったけど、でも。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る