過ぎた時間

去年、新しくできたという喫茶店に入った。


「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」

「奥がいいかな?」

「そうだね」


一番奥の席に座る。

今走ってきた国道が見えて、その向こうに校舎があった傾斜地が見えた。


「ホットでいい?」

「うん」

「じゃ、ホット二つ」


私は、バッグからあの封筒を取り出した。


「これが届いたんだけど。信じられなくてね。突然連絡してまったの」

「いや、連絡はうれしかったよ。こんなことでもなきゃ連絡もしないだろうけどね」

「誰かに確認したかったんだけど、思いついたのが溝口君だった」

「そうだね、俺が一番、あの2人のことを知ってるかもしれない。でも、当人に確認したわけじゃないから、事実かどうかもわからないこともあるけどね」

「もう確認できないんだよね…」


運ばれてきたコーヒーを、そっと飲む。


_____誠はブラックが好きだったな


そんなことを思い出した。


優子ゆうこはどこまで聞いてる?まことたちのこと」

「どこまで…?記憶にあるのは、誠は私と別れてこっちに帰ってきて、運送屋さんで働いてたよね?旅費を貯めてブラジルに行くって言ってた。それが確か、24才くらいだったかな?」


忘れそうになっていた誠との記憶をたどる。


二十歳になった頃、私はまだ結婚したくないと誠に話した。

仕事も面白くなってきたし、何より色んな人と知り合ったことで、誠よりも魅力を感じる人がいたからだけど。

誠は、今の仕事が合わないし絵を描くことを諦めきれないと、退職してこっちに帰った。


浩美は、デザイナーの専門学校に行ってそのままデザイン関係の仕事に就いた。

けれど、人間関係がうまくいかず、心を病んでこっちに帰ってきた。


「おそらく…、2人が同じ頃に故郷に帰ってきて、そして付き合うようになった…かな?」

「あいつらが付き合ってたことは知ってたんだね」

「律儀に手紙で報告してきたもの、私には関係ないことだと思ったけどね」



「アイツは、どうしても画家になりたいって言ってさ。ブラジルにいる日本人画家に弟子入りするって言ってた。夢を叶えるためにって仕事も人の倍はやってたな」

「そうなんだ、誠らしいね」

「そうだね、アイツは思い込むと一途なとこあるし。浩美が帰ってきたのは誠の少し後だったかな?」

「心を病んでしまったと、手紙には書いてあったよ」

「そうだった、あのきゃぴってた浩美がね、生気がなくて表情がなくなってた。その少しあとにクラス会があったんだよ、地元に残ってる人間だけの小さなやつね。その時に浩美と誠は再会した。最初は浩美に寄り添うようにしてた、励ますというか見守るというか。兄と妹みたいだなって思ったよ」


「あ、私もそう思ったことある。あの2人にはそんな親密さがあったよね?昔から」

「昔?高校生の時から?」

「うん、仲良かったんだよ、でも男女としての感じじゃなくて、兄妹みたいな」

「そういえばそうだったかもな。とにかく、仕事がない時はずっと浩美の家に行って

浩美と過ごしていたみたいだよ」


浩美の家は、赤いとんがり屋根と白い壁、花壇にはいつも花が咲いていて、童話の世界みたいだと思った記憶がある。


_____そうか、あの家に誠は行ってたんだ


誠は、誠実だった。

誠は、優しかった。

誠は、正直だった。


誠は…。


でも、そんな誠のことを物足りないと感じたのは私。

私があっちで楽しくやってる頃、誠と浩美はどんなふうに過ごしていたのだろう?


どんな時間が過ぎていって、どうしてこんなことになってきまったのどろう?


テーブルに置いた訃報を知らせる封書をまた、見た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る