第4話 糖分でも補給しておけ

 羊皮紙をいくつも使い、覚えている限りのゲーム攻略情報を書き込んでいく。


 一度、日本でメモを取っていたこともあって内容はすらすらと出てくる。


 数時間もあればすぐに作業は終わりそうだ。


「紅茶を持ってまいりました」


「置いておいてくれ」


 礼など言わず、命令だけした。


 これも貴族だからできる傲慢な態度だ。


 紅茶をテーブルに置いたルミエは、少し離れたところで俺をじっと見ているが無視する。


 作業は順調に進む。


 内容はほぼ網羅したので念のため最終チェックに入った。


 特に反乱が起きそうなイベントや味方に引き込めるだろう人物については、抜け漏れは許されない。


 早めに接触せねば……って、今はいつだ!?


「今日は、王歴何年の何月何日だ?」


「王歴647年8月3日でございます」


 ルミエの返事を聞いて一瞬にして血の気が引いた。


 すぐにでも外に出なければならない。


 持っていた羊皮紙を懐にしまうと立ち上がる。


「ジャック様、どうされました?」


「これから出かける」


「え、今からですか?」


「すぐにでも助けに行く必要があるからな」


 俺がプレイしていた『悪徳領主の生存戦略』において最強キャラと呼ばれる冒険者、アデーレがいた。


 非常に義理堅い女で、一度助ければジャックがどんな悪行を行おうとも付いてくる。ゲーム内では必ず仲間にしていたのだ。


 今回も仲間にしなければ生き残れないだろう。


 そういった人物である。


「二日は戻ってこないだろうから、留守の間はケヴィンに任せることにする。税制の件、迅速に対応しろよ」


 他人に頼るなんてしたくはないが、俺の体は一つしかない。


 戻ったら裏切ってないか入念にチェックするとして、今は任せるしかないだろう。


 急いで執務室を出ると寝室に戻る。


 頑丈だけが取り柄のアダマンタイトの片手剣とミスリル銀で作られた胸当てやガントレット、ブーツを身につけていく。


「坊ちゃ……ジャック様。何をされているので?」


 背後霊のように付いてきたルミエが質問をしてきたが、まともに答えるつもりはない。


 これから、魔物と戦うアデーレを助けに行くなんて言ったら正気を疑われるからな。


 頭のおかしい当主には付き合えないと、判断されるかもしれない。


 だから誤魔化すしかないのだ。


「文字だけじゃわからないこともある。領内をこの目で見てくるのだ」


 ルミエは口をまん丸とあけてアホ面をさらしていた。


 こういったときでも美人だと思えてしまうのだからズルい。


 将来、裏切るくせに。


 なんだかムカついてきたので、テーブルに置いてあった焼き菓子の欠片を掴むと指で弾く。


 見事、ルミエの口の中に入った。


「これから忙しくなる。焼き菓子は自由に食べていいから、糖分でも補給しておけ」


 若干むせていた気もするが、ささやかな嫌がらせをしたのだから当然だ。


 時間がないので抗議の目は無視する。


 なんせ、明日になったらアデーレは死んでしまうのだからな。


◇ ◇ ◇


 坊ちゃま……ではなくジャック様が、馬に乗って一人で出かけてしまいました。


 護衛をつけると言ったのに、無駄な金を使うなと強引に押し切ってしまったのです。


 傍若無人でお金を使うことしか知らなかったジャック様に何が起こったのでしょう?


 少し前に倒れてから、人が変わってしまったように感じてしまう。


「ルミエ、ジャック様は?」


 エントランスで立っていると、背後からケヴィンさんに声をかけられました。


「領地を見に行くと言って出かけられました」


「一人でか?」


「はい」


 ケヴィンさんは黙ってしまいました。


 当主を一人で行かせたことに対して説教があるかもしれません。


 もしかしたら、今からでも護衛を出せと命令するのかな?


「ジャック様のことをどう思ってる?」


 この質問は、今日だけのことではないでしょう。


 ジャック様が意識を取り戻してからの動きを聞いていますね。


「人が変わった。そうとしか言えません」


 子供の頃から専属メイドとしてずっと見てきたからこそ、断言できます。


 ワガママで女性にだらしないジャック様が、まともな人間に変わったのですから。


 ちょっと乱暴でしたがお菓子を私にあげるだなんて、今までだったらありえません。


 独り占めして楽しむタイプでしたからね。


 誰かにものを分け与える。


 そういった思いやりの心が生まれたのであれば、喜ばしいことです。


「やはりそう思うか」


「ケヴィン様は?」


「そうだな……衰退の一途をたどっていたジラール家の希望。とでも言っておこうか」


 仕えている家に対して衰退なんて言葉が使えるのは、初代の頃から家同士で付き合いのあるケヴィンさんぐらいですね。


 使用人だけでなくジラール家にも影響力がある上に、先代の教育係でもありました。


 ケヴィンさんが本気で怒ったときは先代も震え上がっていたとの噂。


 見たかったなぁ。


「死ぬ前にいいものが見れそうだ」


 実に楽しそうな笑みを浮かべています。


 前まで辛そうな顔をしていたのに。


「お前はどうするんだ?」


 実は私、ここで兵士として働いている弟の説得が終われば、ジラール家を離れて別の貴族様のお世話になろうと思っていました。


 貧困に喘いでいる領民の姿は、もう見たくなかったから。


 けど今はそんな気持ちはありません。


 小さい頃から見守ってきたジャック様が、これからどのような改革をしていくのか。


 領民は幸せになるのか。


 見届けたいと思っています。


「もちろん。残りますよ。これからもジャック様に仕え続けます」


「そうか……」


 それ以上は何も言わず、立ち去っていきました。


 しばらくすると馬に乗った兵が三名。慌てて屋敷から出て行きます。


 そのうちの一人は私の弟でした。


 きっと、ケヴィンさんから指示があってジャック様を探しに行ったのでしょう。

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